夏季休暇
2週間の試験が終わると、みんな疲れて青い顔をしていても、長期休暇で勉強から解放されることと、家族に会えることで、大喜びしながら次々と帰宅していく。
エリザベスもジェニファーも嬉々として、
「また、7月に会いましょう。」
と、炎の円環をくぐって帰っていった。
…帰りたくない。侯爵家に。
侯爵家に帰ったらまた閉じ込められて、学院に戻ってこられなくなるんじゃないだろうか。
炎の円環をくぐりたくなくて、みんながどんどん円環の中に消えていくのを、ぼんやりとたたずんで見ていたら、とうとう誰もいなくなり、一人でぽつんと立っていた。
「ダングレー、どうした?」
見回りに来たのだろう、グレー教授が私を見て、驚いた顔をする。
「グレー教授。…帰りたくなくて。ここに残ることはできませんか。」
「規則だからな。学生は休暇の期間、サピエンツィアに残ることはできない。なぜ、帰りたくないんだ?」
「帰宅したら閉じ込められて、ここに戻ってこられなくなりそうだから…。」
「なるほど、だが、その心配は無い。一度入学したら、学院に戻ってこれる日になれば、戻ることを念じるだけで目の前に入り口の門が出現する。心配ない。」
「でも、魔術封じの札が…。」
「ああ、それか。…少なくとも、ダングレー侯爵家にもう札は無いはずだ。君が閉じ込められていた地下室の調査のために監察院が多くの監察官を送り込み、侯爵家を徹底的に家探しした。結果、札はあの地下室のドアに貼られていたものだけだった。」
「新しく、購入されていたら?」
「ありえない。札はそもそも流通してはならないもので、ダングレー侯爵夫人が手に入れるのは非常に難しい。仮にもし手に入れ、君を閉じ込めたとしても、後期授業が始まって、君が戻ってこなければ、また、私か他の人間が迎えに行く。前回の調査で札が無かったことはわかっているので、そうしたらダングレー侯爵夫人が手に入れたという明確な証拠になるわけだ。そのような愚かな真似を侯爵夫人が侵すとは私には思えない。だから、安心して帰りなさい。」
グレー教授が私を炎の円環の門におしやる。
「では、また7月に会おう。」
どうしても残ることができない。
深くため息をつきながら真紅と青白の炎をくぐった。
くぐった先はダングレー侯爵家の玄関の前だった。
びっくりだ。
後ろから、小さな悲鳴が響く。
ベッキーが立っていた。買い物に行っていたらしい。
「ああ、夏休みだから…。」
ベッキーが思い出したようにうなずき、ぎゅっと目をつぶったあとで、私の腕を強引にひっぱる。
「お前の部屋に行きなさい。そこから出るんじゃありません。」
「あの、おばあ様に、ご挨拶は…。」
「必要ありません。」
自室に引っ張っていかれ、部屋に突き飛ばされた後、鍵がかかる音が聞こえた。
また魔力封じの札を貼られるかと思ったけれど、その心配はなかった。
自室でこっそり、「ビビリオテーション」とつぶやいたら、図書室に移動できたから。
ちなみに、この図書室については、学院でも誰にも話をしていない。
絶対に秘密にするとお母様に約束したから。
夜、昨日の残り物だろう固いパンと冷めたスープを持ってきたメイドから、おばあ様は今、屋敷にいないと聞いた。
体調を崩して療養院に入院しているのだそうだ。
夏の暑い気候がからだによくないとのことで、首都ランズから少し離れている北方の街まで療養に行っているそうだ。
夏が終わるまではここに戻ってこないだろうとのことだが、おばあ様が不在の屋敷をうろつかれたら困る。だから、とじこめられたらしい。
でも、追い出されたり危害を加えられることはなさそうで、ほっとする。
夏休みの1か月半、自室にとじこめられていたけれど、いつでも行ける図書室があったので退屈はしなかった。
実は、壁を抜けるくらいの魔術は使えるようになっている。
でも休み前に、命にかかわる重大な局面以外は魔術の行使を禁止する。という指示が学院長から出ていた。
事故の防止、誘拐など、身の危険を防ぐため、だそうだ。
守れなかった者は最悪、退学になるそうなので、ビビリオテーション以外は、お母様に教わった魔力の効率化訓練だけをして、他の魔術の練習は我慢した。
せっかく付けた体力が落ちるのも心配だったので、遭難しそうなほど広大な図書室の中を毎日たくさん走ったし、剣の素振りも欠かさなかった。
普通の図書室だったら、司書に叱られるだろうが、この図書室内には私一人しかいないから、問題ない。