休みの日の外出
学院での最初の1週間はあっという間に過ぎ去り、日曜日、エリザベス、ジェニファーと一緒にサピエンツィアの街にお出かけした。
学院から街のにぎやかな通りまで、歩いて15分くらい。
まず銀行に行き、エリザベスとジェニファーはお小遣いをカードに入れてもらった。
銀行を出てからどんなお店があるか、3人で商店街を歩いて見て回った。
学院都市だから学生相手かと思ったら、そうではなかった。
この街はとてもたくさんの人が過ごしている普通の街だった。
普通の街と違うのは、他の街と交流がないことだろうか。
何しろここに入るには、あの炎の円環をくぐらないといけないそうで、魔力を持っていない人は入れないのだそうだ。
この街に生まれた魔力を持たない住民達は一生、この街にいるしかない。
先祖代々そうなので気にしていないらしいけれど。
外部からどうやって物を運んでくるのだろうと思ったら、ジェニファーが教えてくれた。魔術師が経営している商会が行き来をしているのだそうだ。
そのジェニファーはどのお店を見ても、ワクワクを隠しきっていない。
「首都ランズに負けず劣らぬ品ぞろえね!しかも、良いものがすごく多いわ。この街に住んでいる人たちは富裕層が多いとみた!うちの商会も私が魔術師になれたら、私の名前でここに支店を出せないかなあ。」
エリザベスも宝飾店のウィンドウを見て嬉しそうだ。
「本当に。ランズでは見かけないような細工の宝飾品もありますわ。休暇で帰るときは、お母様に何か買っていったら喜ばれそう。わたくしも欲しいデザインがいっぱいあって、困ってしまいますわ。」
私は魔術道具のお店に気をひかれた。
首都ランズでは魔術道具のお店は魔術庁が経営する店が1つしかないと、ジェニファーが教えてくれたけれど、この街には何軒もある。
何に使うのか見当もつかないような道具がウィンドウに飾られていて興味がつきない。
もっとも、お値段もそれなりに高く、100万ドールを超えるものがたくさんあった。
ベリル先生の、給与が少ないと嘆く学生がいるという話を思い出してしまう。
私もこれらの100万ドール以上する物を欲しいと思う日が来るのだろうか…。
「おなかがすきません?」
エリザベスが軽く汗ばんできた額をハンケチで押さえながら、声をかけてくる。
ジェニファーもうなずく。
「私もすいたわ。隣室の先輩から学生向けの安くておいしいお店教えてもらったから、そこに行かない?」
ジェニファーの先輩お勧めのお店は、すぐ見つかった。
かなり大きなお店で、お昼時だからか数人がすでに順番待ちをしている。
行列に並ぼうとしたところ、
「ダングレー。」
と後ろから声をかけられた。
「あ、ライドレー先輩…でしたっけ。」
「ライドレーなんて堅苦しい。リュシューで良いよ?」
「あら、リュシュー。」
「やあ、リズ。と、クリスだっけ。」
リュシリュウ・ライドレーが立っていた。
「ここで食事?」
「はい、そのつもりで並んでいます。」
「並ぶ必要ないよ。良かったら、僕らと一緒に食事しない?マークがここの個室を予約しててもう来てるはずなんだ。」
「え、でも、せっかくお友達とのお食事に急に割り込んだら申し訳ないですし。」
「いやいや、きれいな女性3名と一緒の方が食事がおいしくなりそうだし、ぜひ。」
ジェニファーが横から口を出してくる。
「私、マークさんとまた話をしたかったので、お誘い受けたいわ。」
エリザベスも、
「そうですわね。リュシューが一緒なら、わたくしもよろしくてよ。」
リュシュー先輩に連れられて店内に入る。
ウェイトレスがリュシュー先輩を見て、「皆様、いつもの部屋にいらしてますよ。」とお辞儀してきた。
「リュシューは、ここによくいらっしゃるの?」
と、エリザベス。
「そうだね。日曜日に外出したら、お昼はここで食べるかな。だから、常連ってことで、個室をいつも押さえてくれているんだ。ここの料理は絶品だよ。あまり知られていないけれど、ランズの一流ホテルで料理長まで務めた人が経営しているところなんだ。」
「遅いぞ、リュー、あれ?君たち。」
個室には先日、リュシュー先輩と一緒にいた2人、ケンドル先輩とクックレー先輩が座っていた。
「悪い、思ったより手間取った。そのかわり、このきれいな3人の後輩と出会えたんだから、許せよ。」
「おお、確かに。お嬢様がた、こちらにどうぞ。」
大げさにお辞儀をして、ケンドル先輩が私達が座れるように椅子を引いてくれる。
個室は10人くらいが座れるテーブルだったので、私達が加わっても大丈夫そうだ。
「食べたいもの、ある?ぼくらはいつも、シェフの本日のお任せコースを頼むんだけど、君たちはどうする?」
と、クックレー先輩がメニュー表を渡してくれる。
「初めてのお店でわからないし、シェフのお任せだと、おいしいのが食べられそうだから、それがいいわ。」
3人ともうなずく。
シェフのお任せコースはお昼なのに、けっこう豪華なフルコースだった。
わいわいとみんなで楽しく食べる食事はおいしく、お値段は気になるけれど、少し高くても入学祝いだと思うことにする。
ジェニファーはケンドル先輩と意気投合したようで、2人で熱心に話をしている。
どうも果物に対しての魔術の影響について、のようだが、園芸用語を連発しており、さっぱりわからない。
エリザベスはクックレー先輩と東方の小国サハラから視察団が来ている話をしていた。
クックレー先輩の父親は外務省に勤めているそうだ。
サハラの視察団のメンバーの一人に、エリザベスの知り合いがいるらしく、クックレー先輩に彼らの様子を聞いていた。
「ダングレーはあまり食べないね?」
突然、リュシュー先輩に声をかけられて、ちょっと困った顔をする。
子供の時からパンとスープで生きてきたから、本当に少ししか食事が入らない。
「子供の時から小食だったので…。」
「痩せすぎだ。ちゃんと食べないと、そのうち、倒れそうで心配だ。」
リュシュー先輩が間近に顔を近づけてくる。
濃青の瞳に、私が映っている。
思わず、後ろにのそげって椅子ごとひっくり返りそうになった。
「男性に免疫がなさそうだね。」
くすっと、リュシュー先輩は笑って、離れる。
「そんなに緊張しなくても、取って食いはしないよ。…ところで、街を散策していたんだろう、何か気になるものはあった?」
リュシュー先輩が離れてくれたことにほっとしながらも、魔道具のお店が気になったことを話す。
「ああ、魔道具は確かに高いなあ。でも、ウィンドウに飾ってあるやつは僕らには必要ないかな。あれらは魔力を持っていない人向けの道具だからね。」
「魔力を持っていない人向けの道具ですか?」
不思議に思って聞いてみる。
「うん。たとえば、そうだなあ。このスープを作るにあたっては、おそらく、何日もダシをとるために鍋を火にかけると思うんだけど、その火を絶やさないように、焦がさないようにするため、誰かがつきっきりになるよね?でも、僕ら魔術師はついている必要はない。なぜなら、魔術で時間短縮して一気に煮込んだり、あるいは、火が絶えないようにすることが可能だから。だけど、普通の人でもそういうことができればいいな、という要望はあるわけだ。それができるような魔道具をウィンドウに展示して売っているんだよ。」
「なるほど…。」
「ただ、魔道具ってやつはほとんどが1点物でね、大量生産ができない。だから、どうしても高額になる。大量生産が可能になって巷で普通に使われているのはランプくらいだろうね。」
うなずいた。
確かに、お母様と暮らしていた家でも、侯爵家でも、照明はすべて魔道具だったから。
暗くなれば点灯し、明るくなれば自然に消灯する。
街中にもそれらの照明が多く設置され、夜でも意外とこの国は明るい。
「ただ、魔道具のお店は中に入ると、ぼくらが欲しいと思う魔道具もけっこうあるよ。たとえば、鍋に入れると永久にかき回してくれるかき混ぜ棒とか。魔術薬を作る時って、できあがるまでかなり長時間、かき混ぜないといけないモノもあるんだよねえ。少し高いけど、魔道具のかき混ぜ棒があるとすごい楽になるんだ。」
「自分でそのかき混ぜ棒を作れないのですか?」
「かき混ぜ棒の作り方は公開されていないからね。それを研究するほど、暇でもないし。」
なるほど。作り方が公開されていない魔道具なんだ。
かき混ぜ棒のお値段を聞いてみたら、やっぱりすごく高かった。5万ドール。
お給料、まじめに貯めないとなあ…。
「とはいえ、魔道具を魔力を持っていない人間に販売するのは反対なんだけれど。」
リュシュー先輩が突然小さい声で独り言のように言う。
「魔力は選ばれた者だけが使うべきだ。そう思わない?」
考え込む。
「…でも、選ばれた者だから、他の人に還元すべきだとも思います。」
「リュー、よせ。」
低い小さい声で、クックレー先輩がリュシュー先輩の袖を軽く引く。
リュシュー先輩は、軽く肩をすくめ、それ以上は何も言わなかった。
その話が蒸し返されることはなく、全員でいろいろな話が弾み、気が付いたら夕方近くになっていた。
ウェイトレスが申し訳なさそうに、夕食の予約が入っているので、と声をかけてきたので慌てた。
急いで支払いのためにカードを取り出したけれど、リュシュー先輩が首を振る。
「誘ったのはこっちだし、女性に払わせるなんてみっともないことはできないよ。」
エリザベスは当然ね、という顔をしていたし、ジェニファーも笑顔でお礼を言っている。
先輩方とは、この後行くところがあるからと言われて、お店の外で別れた。
寮に帰る道すがら質問した。
「ねえ、リズ。さっきの料理って、いくらくらい?」
「メニュー表を見なかったの?5千ドールよ。」
くらくらと眩暈がしそうになった。
「ご、5千ドール?」
「何言ってるのよ。コース料理で5千ドールは激安よ。首都ランズだったらその3倍は取られるわ。」
ジェニファーも不思議そうに私を見る。
「おごってもらって良かったのかしら。やっぱり自分の分は払わないと?」
エリザベスとジェニファーが呆れたように私を見る。
「男性陣に恥をかかせる気?」
2人の説明によると、貴族や上流階級では男性が食事に誘った場合、代金は男性持ちなのがマナーなのだそうだ。
「それに5千ドールなんて、彼らには安い金額のはずよ。」
リュシュー先輩の父親のライドレー侯爵は広大な領地を持っている大貴族。
ケンドル先輩の父親は国内でも有数の広大な農園の経営者。
クックレー先輩も父が子爵で地位は高くないが代々、外交官の家系でお金に困っていないはずだという。
「わたくしは毎月の給与以外に収入がないので5千ドールは高く感じるわ…。」
思い切ってそう話すと、はっとしたように2人が顔を見合わせる。
「ごめんなさい。ソフィはおこずかいをもらえていないのね?」
「ええ。祖母は学院へ来るのを反対していたし。」
「ああ、いるのよねえ。魔術を拒否する人間が一定数。そうかあ。それじゃ、大変よね。」
とうなずくジェニファー。
でも、すぐに不思議そうに聞いてきた。
「ソフィは、両親の遺産がないの?」
「遺産?」
「母親の方はダングレー侯爵が管理していたとしても、父親の方は誰が管理しているの?」
遺産。
全く考えたことが無い。
「わからないわ…。」
ジェニファーが眉をひそめる。
「でも、おかしいわね。おそらく、このカード。」
きらっと光る銀色のカードをバッグから引き出して、ひらひらさせながら言う。
「このカードは魔術を持つものしか使えない。だから、ソフィのご両親の遺産はそのまま銀行に凍結されていると思わなくて?」
「銀行、もう閉まっていますわねえ。…来週、聞きに行ってみません?」
エリザベス。
遺産。
あるのだろうか。
…あったら、助かるけれど。
「ありがとう、リズ、ジェニ。来週、銀行についてきてくれる?」
「もちろん。」
笑顔で答えてくれる。
「でも、来週から外食するなら、学生向けの単品の料理にしましょうね。そちらだと500ドールくらいからあったと、わたくし、記憶していますわ。」
「賛成!基本的に、私も安い方がいいので!クリス家の銘は、『値切られるな、しかし、値切れ』だもの。」
「何それ?」
思わず、エリザベスと私は笑ってしまう。
3人で笑いながら、夕食の時間までに急いで戻らないと!と足を速めるのだった。
リュシュリュウ先輩が、ソフィアにちょっかいを出しています?