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魔術師ソフィアの青春  作者: 華月 理風
侯爵家にて
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魔術学院への入学案内

ぱらり、ぱらりと本をめくる音だけが静寂の中に響く。

白い肌、光の加減で薄い青がかかる金色の目。

背中の真ん中まである梳き流した濃紺の髪は鏡のような光沢をもっている。

しかし、強く抱きしめたら折れそうなくらい細いその身体を包んでいるのは、飾り気のない、色褪せた喪服。何代前の服を引っ張り出してきたのかと思うほどに古臭い。


突然、「リーン!リーン!」と甲高いベルの音が室内に響き渡った。


私、ソフィアは、ハッとと本から顔を上げて目の前の透明な壁から自分の部屋を見、誰も室内にいないことを確認してから透明なドアを潜って自室に戻る。


「おばあ様が呼んでいるから、急がなくちゃ!」



祖母であるダングレー侯爵夫人の部屋に行くと、彼女はティーテーブルの横に座っていたけど、明らかにその表情は静かに怒っている。


ティーテーブルをちらっと見れば、おそらく怒りの原因と思われる開封された手紙が載っていた。


「お前に、魔術学院への入学通知が届きました。」


さっと頬に朱が走るのを感じた。

きっと来ると思っていたけど。やっぱり来たんだ。うれしい!


でも、その表情の変化はダングレー夫人を怒らせた。

彼女は眉を吊り上げ、手紙をひっつかんで、びりびり引き裂き、すっくと立ちあがる。

手紙の代わりに堅い木の枝でできた鞭を持ちながら。

「…手をお出し。」


逆らったらもっとひどい目に合う。

唇をきゅっとかみしめながら、両手のひらを上に向けて祖母に差し出す。

その手のひらには細長いみみずばれの傷がたくさんついている。

そこへおかまいなく、ダングレー夫人は鞭を何度も振り下ろし、叫んだ。


「お前のような出来損ないに!わたくしのリディアナは魔力を持っていたけれど、それで、わたくし達は不幸になったのに!魔力は遺伝しないのに!お前は魔力を持っていないはずなのに!」


手のひらが裂け、血が滴る。

それに構わず、何度目かに鞭を振り下ろした瞬間、その血がダングレー夫人の顔にぴしゃっと飛ぶ。


「!」


ダングレー夫人は顔をしかめ、鞭をティーテーブルの上に投げ出して、命じる。


「ベッキー!この子を地下室に閉じ込めなさい!入学の日が過ぎるまで!この子を学院へなどやるものか!」

「承知しました。奥様。」


ベッキーは慣れた手つきでソフィアの腕をねじりあげ、地下室へ引き立てていく。


子供のころから何度も地下室に閉じ込められているので、いつもなら大人しく従うけれど、今度ばかりは抵抗した。

「待って!お願い、ベッキーさん。私は魔術学院へ行きたい!お母様とお父様の学んだ学院に行きたいの!」


その瞬間、ベッキーはソフィアの頬をひっぱたいた。


「奥様が行かせないとおっしゃったのです。お前には選択肢はありません。」


地下室への階段をひきたてられて行く途中、私は地下室の扉に今までは無かった護符のようなものが貼られているのを見る。


「まさか…・・」


ベッキーは無造作に慣れた手つきでソフィアを地下室に突き飛ばし、扉を勢いよく閉め、ガチャンと閂をおろす。


「入学式まで1週間。1週間過ぎたら出してあげます。食事も運んであげます。おとなしくそこにいなさい。」


「待って、待って、ベッキーさんっ!お願い、おばあさまにお願いして!私を学院へ通わせて、と!」


返事はなく、遠ざかっていく足音のみ響く。


本で読んだ国立魔術学院のことを、思い出す。

「たしか、この国では魔力を持つ子供が12歳になる年の12月に、学院から入学の案内が届くのよね。」


自分に魔力があるのを知っている。

亡き母リディアナが、私に魔力があることに気付いて教えてくれた。

そして、約束した。

おばあさまの前で、ううん、このダングレー侯爵家にいる誰にも魔力を持っていることを知られないようにする。と。


「えっと、、入学の案内が届いたら、どうなるんだっけ。この国は魔力を持っている子は、一度は必ず、学院に連れていくはず。」

「学院を嫌って子供を行かせようとしない人もいるから、そうそう、入学式の日までに、学院から誰かが迎えに来るって書いてあった。」


迎えに来てくれれば、祖母が反対しようが、学院へ行くことができるだろう。

でも、地下室に閉じ込められてしまった。

地下室まで迎えに来てくれるはず…いや、おそらく、無い。

「だって、だって。」

「扉に貼られていた、あの護符みたいなの。あれ、魔力封じの札だ…。多分。」


魔力封じの札を扉に貼ると、魔術師が魔術で探そうとしても、その扉の部屋は見つからなくなる。

また、その部屋に魔術師を閉じ込めれば、魔術師は魔術の行使ができなくなる。

それほど強力なので、魔力封じの札は作ったり、買ったりはもちろんのこと、持っているだけで重罪人となり、下手すると死罪になるほどの代物だ。


「魔力封じの札かどうか、確認してみよう…」

「ルクス。」

いつもなら、光の玉が浮かびあたりを明るくてらしてくれるけれど、何も起きない。

「イグニス!」

火が燃え上がらない。

「インベル!!」

水が…降り注がない。

「ビビリオテーション!!!」

何も起こらない。


「だめだ…間違いなく、魔力封じの札みたい。」

「おばあさまは私に魔力があるとは知らないはずだから、この札はやっぱり、学院から迎えに来た人に対しての目くらましなんだ…」


目から涙が零れ落ちる。

「12歳になって学院に入学できるのを楽しみに、我慢してきたのに…・」


12歳で学院に入学できなかった魔力持ちの子がどうなるか、本で読んで、知っている。

「魔力が無くなっちゃう…」


そう、このランドール国は魔術によって国を守り、国を発展させてきている。

しかし、魔力を持つ国民の数は圧倒的に少なく、毎年、学院への入学者は100人いるかいないか。

しかも、遺伝することがめったにないので、誰に魔力が顕現するか予想できないし、自分に魔力があることに気付かない人もいる。

また、貴族はともかく、平民たちは魔力が自分の子供にあることを嫌がる。

なぜならば、魔術師となった者は国が決めた仕事に就き、自分たちの元には戻ってこないから。

ほとんどの親は、自分の跡を自分の子供に継いでもらいたいと考えている。

何よりも、この国の人間は家族愛が深いので、成人しても自分の近くに住んでもらいたがるし、実際、住む。

子供が12歳になる時は魔術学院からの召喚状が来ないことを祈り、来なかったら大喜びしてお祝いする。


偉大な魔術師でもあった建国の初代王の時代は、魔力持ちの子供は貴族にしか生まれなかった。それが、数百年経つ頃から、少しずつ、平民の中にも生まれるようになり、当初、魔力持ちが生まれると大喜びしていた国民も、魔術師として国に我が子を差し出さねばならなくなると、戦などで生命を散らすことも多くなる。

そのため、平民たちは我が子が魔力持ちとわかっても隠し通し、国に連絡しなくなっていった。

それは魔術で国を発展させてきた我が国にとって停滞あるいは、ゆるやかな凋落を意味する。


2000年ほど前、初代王の生まれ変わりだと言われたほどの大魔術師の国王、ドラコ12世王が立ったとき、彼は魔術師を確保するために、魔力を持つ子供が12歳になったら、その子供のリストを書き出す魔術具を作り上げた。

さらに、そのリストに載せられた子供が学院で学ぶ法律を制定し、学院を卒業した者だけが魔術師となれるような大規模魔術を発動させたという。

学院に何らかの形で入学できなかったり(国外にいるとその仕掛けは発動しないそうだ)、卒業できなかった者は魔力が18歳になるまでに無くなって、二度と使えない。

魔術師が国に反乱を起こさないように、国が管理できる仕組みを彼の王が作り上げたのだ。


「魔術はね、無限の可能性があるの。」

ふいに母の楽しそうな声が蘇る。


目をゴシゴシこする。

「泣いてなんかいられない。なんとかして、入学式の日までに、この地下室から脱出しなくちゃ。」



地下室には子供の時から何度も閉じ込められていたけど、脱走しようと思ったことが無かったので、あまりよく知らない。


「とりあえず、部屋の隅々まで見てみましょう。隠し扉とかあるかもしれないし…」

地下室は数十年前まで、ワインや干し肉を貯蔵していたみたい。でも、今は使われていない。私を閉じ込めるときくらいだ。

壁と床は石が隙間なく埋められ、壁にはランプが1つあるだけなので、薄暗い。

扉は金属製。どんなに頑張っても、魔術を使えない以上、壊せないだろう。

隠し扉が無いか、石壁をぐるっと回りながらたたいてみたけれど、それらしい箇所は見つからず。

ワインの貯蔵樽や食品を置いていただろう棚には石を削れるような物も見つからない。


「だめだ…。」

この部屋からは脱走ができそうにない。

「チャンスがあるとしたら、食事を持ってきてくれる時…。扉を開けないと食事は入られれないもの…。」


結局、食事の時も、脱走はできなかった。

扉が開いた瞬間、ベッキーの横をすり抜けて階段を駆け上ったまではよかったけど、階段の上の地下への入り口の扉には鍵がかかっていて、追ってきたベッキーに地下室まで突き落とされた。

「お前が逃げるかもしれないって、ちゃーんとお見通しだよ。奥様は。」


突き落とされた時に足を捩じった。

痛みで立ち上がれないソフィアを上から見下げて、ベッキーは言い放つ。


「今度逃げようとしてごらん。両手両足を縛るからね。」





「ベッキー」

「はい、奥様、どうなさいました。」


「あの子は、地下室から出てこれないでしょうね?」

「もちろんでございます。」

「明日は、学院から迎えが来る日。地下室が見つからないといいのだけれど。」

「大丈夫でございます。地下への入り口の扉は扉があることに気付かれないよう、タペストリーをかけました。その前には飾り机も。地下室自体の扉には魔封じの札。地下への入り口が見つからない限り、地下室があることさえ気付かれません。」

「そう…」


ダングレー侯爵夫人は膝に置いた手を握りしめる。


「リディアナの時に、そうしていたら、良かったのに…」

「奥様…」

「リディアナ、わたくしの可愛い子。学院に行かさなければ、今、わたくしの元でわたくしと一緒にいつまでも幸せに暮らしていたはずなのに!」

「奥様…」

「それなのに!それなのに!学院で、あの下賤な男に引っかかって!わたくしの元に戻ってこなくて!戻ってきたときは、もう亡くなってしまって!」

「奥様…」

「わたくしの宝物だったのに!それに引き換え、ソフィアはリディアナに全く似てない!そのうえ、あの男と同じ髪の色。瞳の色!耐えられない!」

「彼女を引き取った侯爵はもうおられません。ここから追い出せば…。」

「…少なくとも彼女が16歳になるまではだめよ。

夫は、わたくしがあの子を嫌っていたことを知っていた。

だから、遺言で、あの子が16歳になるまでに養育を破棄するか、あるいは死亡したら、財産は夫の弟に譲らると遺したから。

だからこそ、16歳になったら結納金を山のように積むけど女癖が悪いので嫁の来てがない下級貴族の誰かに嫁がせて追い出す予定だったのに。

そうしたら、わたくしはあの汚らわしい娘を見なくて済むようになる…。

それまでの辛抱だと思っていたのに、まさか、魔力を持っているなんて!」


魔力を持っているものは、この国のエリートだ。

学院を卒業してしまったら、ソフィアに自分が干渉することはできなくなる。


「リディアナを不幸にしたくせに、あの子が幸せになるなんて、わたくしは絶対に認めません!」


ソフィアは果たして、無事、学院へ行くことができるのでしょうか。

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