それぞれの道
「3256年度卒業式を行なーう。まずは、国王陛下の祝辞をいただき、その後、名前を呼ばれたものから壇上へ!魔術師の資格を示すバッジを授与するー!」
国王陛下が壇の真ん中に進み出て、お祝いの言葉を述べ始める。
私の隣には、入学式と同じく、エリザベスとジェニファーが座っている。
今日、私達はランドール国立魔術学院を去り、魔術師としてそれぞれの道を歩いていく。
エリザベスは近日中に、宰相オークレー公爵と結婚する。これからは、宰相夫人として、公爵を補助していくことになるだろう。
ジェニファーは、魔術庁の魔道具流通管理部に希望通り、就職が決まった。
魔術庁の園芸改良研究部に所属するマーク・ケンドルと婚約しているけれど、結婚は数年後だそうだ。当分は仕事に集中するとのこと。出自が平民だけれど、卒業とともに伯爵に叙勲される。これは戦時中、貴重な薬草をどんどん作った功績による。
リチャード・モントレーも希望通り、魔術師師団に入団する。入団前から次期師団長候補と噂されているようだけど、きっとそうなるだろう。彼の強さはすでに学生の域を超えている。将来はモントレー公爵を継ぐので、地位的にも問題あるまい。
1年生の時、戦いたくないと言っていたクレイドル・ミレーは、なんと、魔術師師団に入った。ただし、騎士としてではなく、後方支援部隊に。防衛の魔術陣を極め、国への侵略を防ぐ研究をするそうだ。ある意味、彼らしい。
アンドリュー・ドメスレーとライザ・サレーは来月、結婚するそうだ。アンドリューは荒れた領地の再建を図ると聞いた。平民に歩み寄る姿勢を見せていることに私は驚く。そして、そのライザは、私に、
「社交界に出たら、わたくしを頼りなさいな!あなたより、わたくしの方が社交界に詳しいんだから!エリザベスは宰相夫人になるから多忙すぎてあなたをかばうことができないけれど、わたくしは4大公爵夫人になるから、同じ4大公爵のよしみで、あなたをかばってあげられてよ!」
と、顔を真っ赤にして、宣言してくれた。
北方の隣国プケバロスとの戦争は戦争を計画した魔術庁長官マジェントレー公爵の死を持って、幕が完全に引かれた。
好戦的だったプケバロスの国王は退位し、穏健派といわれていた皇太子が即位した。当分、プケバロスとは友好を深めていけるようになるだろう。賠償金の額が大きかったこともあり、他国にちょっかいを出す余裕もなさそうだ。
マジェントレー公爵の遺体は見つかっていない。
あの爆発のあと、国内の、彼に縁がある場所を徹底的に調査し、かつ1年に亘る監視で、何の動きもないことから、ごく最近になって、ようやく正式に国が死亡を認定した。
マジェントレー公爵の爵位は、第二王子が継ぐ。
我が国の王太子には第一王子が選ばれたために。
前マジェントレー公爵が暗殺を企んでいた時期、第一王子はなんと、前マジェントレー公爵の娘、第二王子妃の里帰り用の屋敷に匿われていた。
この屋敷は前マジェントレー公爵の持ち物だったので、完全に灯台下暗し、だったのだ。
第二王子妃は父親の言いなりという評判だったけれど、子供を産んでからその子の行く末を考えているうちに、自分なりに国の在り方を考えるように変わっていって、父親のやり方に密かに心を痛めていたのだと、いう。
第一王子と第二王子はもともと仲が良く、2人の間では第一王子が次代の王を継ぐことを約束していたらしい。
そのため、第一王子の暗殺の噂を聞いた第二王子が、妃に、第一王子の隠れ場所を相談した結果、第二王子妃自らが自分の里帰り用の屋敷を提供したそうだ。
公的には、第一王子と第二王子の仲は良くないとされていたので、さすがの前マジェントレー公爵も、まさか娘が自分の屋敷に匿っているとは、思いつかなかったらしい。
前マジェントレー公爵が死亡してから、魔術庁長官の席は空席で、実は、私の婚約者、フィロス・スナイドレー公爵が最有力候補になっている。
ただし、彼は激しく拒否しており、説得のため、王宮から使者が何度も足を運んでいるとか。
魔術庁の人財管理部の、裏の顔を持つ部署は残念ながら、当面、そのままだそうだ。
魔力を持つ子供の親の管理は今後も続けられる、とフィロスに聞いた。
さすがに、2000年かけて築かれたシステムをすぐに変えることは難しい。
でも、少しずつ、実の親の元で育つ子供を増やし、長い年月がかかるけれど、いずれは、子供のすり替えを無くすように変えていくそうだ。
そうなると、貴族が魔力を独占することになるので、今から政治の仕組みを変えていき、その時に備えていく必要があるのだと、説明してくれた。
そういうこともあって、いずれ、フィロスが魔術庁長官を引き受けざるをえなくなると、私は思っている。
最後に、私は。
明日、フィロスと結婚する。
結婚したあとは、半年ほど、各国を旅行する。
自分が生まれた首都ランズさえ歩きまわったことがない私の狭い世界が大きく広がるだろう。
旅行から帰ってきたら、ポーションの研究に生涯をかけるつもりだ。
でも、ポーションの研究は、きっと、後回しになる予感がする。
フィロスに、たくさん、家族を作ってあげたいから。
私の、もともとの希望。
フィロスの笑顔、が、私の第一の望みだから。
国王陛下の祝辞の後で、学院長の呼びかけに姿勢を正す。
「卒業生首席、リチャード・モントレーおよび、ソフィア・ダングレー!」
前の席に座っていたリチャードが壇上に歩きだし、けれど、すぐ足をとめて、私にエスコートの手を差し出す。ちょっと迷ったけれど、素直にその手を取った。
壇上に座っている教授たちの席から、ものすごく厳しい視線がつき刺さる。
ふふ。フィロス。怒っている。ごめんね、今日だけ許して?リチャードは、私の戦友だから。
「ソフィア、君と過ごせた6年間、僕はとても有意義だった、ありがとう。」
「私もよ。リチャード。私こそ、友達でいてくれて、ありがとう。」
堂々とエスコートされて、私達は壇上に上がる。
ちらっとフィロスを見たら、目をつぶって、口をへの字にしていた。
…ごめんね。
ハッカレー学院長がニコニコしながら、リチャード、私の順で、マントの襟にバッジを止めてくれる。
「2人とも、おめでとう。君たちの頑張りには脱帽した。良い友達、良いライバルとして、切磋琢磨してくれたことを、教育者として、誇りに思う。君たちの残した精神は、後輩に受け継がれるだろう。」
私達は学院長と握手を交わす。講堂全体から拍手が巻き起こる。
席に戻るとき、フィロスと目が合った。
先ほどの鋭い眼光は光を抑え、穏やかになっていて、口元に微笑みが浮かべて、拍手してくれている。
…スナイドレー教授、ありがとうございました。
そっと、胸の中でつぶやく。
スナイドレー教授も、今日で、いなくなる。
私が卒業して師弟の立場で無くなるから、という意味ではなく、退官するのだ。
フィロスも、学院から、去る。
全員にバッジが一人ずつ、授与される。
バッジが授与された後は、一斉に立ち上がり、校歌斉唱だ。
我らの誇り たぐいなき力
我らは学ぶ 力の制御
我らは望む 楽園の創造
我らは捧ぐ
力与えし神に 感謝と忠誠を
ランドール ランドール
魔力の満ちる国
「君たちは、たぐいまれなき力をしっかりと学び取った!これからも、その誇りを胸に、素晴らしい世界を創っていってほしい!君たち、魔術師の未来に、栄光と幸あれ!」
閉会の挨拶とともに、一斉にグラディエイトキャップが講堂に舞った。
エリザベス、ジェニファー、リチャードと抱擁を交わし、またの再会を約束して、みんな、真紅と青白の炎の円環の門をくぐって、帰宅していく。
この門を学生としてくぐるのは、最後。
門をくぐったら、屋敷の前に、愛しい人が待っていてくれた。
いつの間に抜け出したやら?
「お帰り、ソフィア。卒業、おめでとう」
「ただいま。」
フィロスの胸に飛び込む。
フィロスに抱き上げられて、屋敷に向かう。
屋敷の玄関前には、執事のフィデリウス、女中頭のマーシア、をはじめとして、召使い全員が並んで、拍手してくれていた。
「フィロス。」
「ん?」
「愛しているわ。」
彼の唇が、私に、重なる。
長い期間、おつきあいいただき、ありがとうございました。
短編を数編、掲載させていただいています。
行方のしれないクリスタルネックレスや、8家会議の話がでてきます。
またお付き合いいただければ、うれしいです。
また、本編の続編を掲載しました。
「魔術師ソフィアと魔術師の国」です。
サピエンツイアの魔術師の世界しか知らなかったソフィアが、各国を旅行して、魔力を持たない民の考えを知り、悩みながら、これからの生き方を決めていきます。それは、ランドール初め、各国を大きく巻きこんで?
その続編で、ソフィアシリーズは完結します。(本稿の半分、約12万文字を予定しています)