1年生のオリエンテーション3
午後、教室に向かうと、入り口にベリル教授が立ち、生徒が誓約書を渡したら入室させていた。
私とエリザベス、ジェニファーも誓約書を渡して入室させてもらう。
クラスメートは24名。
何人くらい集まってくるんだろう?と思っていたけれど、すぐに全員入室してきた。
ベリル教授が教卓に立つ。
「うん。全員、誓約書を出してくれて、私はうれしい。
あらためて、ようこそ。ランドール魔術学院へ。魔術師の卵たち。」
「では、オリエンテーションを始める。」
「授業は、明日からだ。時間割は、後程配る。」
「授業は、45分が、1時限の枠になっている。」
「1時限が8時から8時45分。
2時限が9時から9時45分。
3時限が10時から10時45分。
4時限が11時から11時45分。」
「昼休みが、11時45分から13時で、
5時限が13時から13時45分。
6時限が14時から14時45分。
7時限が15時から15時45分。
8時限が16時から16時45分。で、終わる。」
「夕食は19時からなので、それまでは、クラブ活動なり自分の自由時間。」
「消灯時間は決まっていないが、寮室には22時までに戻っているように。一応、門限ということになっている。夜間にうろつくのは禁止だ。見つかったら、罰則もあるので注意すること。」
みんな、うんざりした顔をしている。8時から16時45分まで詰め込み授業?
「それから、教科によっては1時限だと短いので、2時限連続のものもある。例えば、戦闘魔術、薬学魔術など、魔術関連の授業だな。」
一瞬、びくっとする。
魔術薬学。
フィロス・スナイドレー教授。
彼はなぜ、私を見るとき、憎悪を向けてくるのだろう…。
「あとは、教授の都合で自習になることもある。その時は課題を出されるだろうが、課題が早く終われば、好きなことをしていて良いぞ。」
「ただし、あまり、さぼらないように。長期休暇に入る2週間前から試験が始まる。この試験で後期のクラスが決まる。1学年の後期と2学年以上は、成績別のクラス編成だ。
4段階で、上からA、B、C、Dと分かれる。
クラスの人数は決まっていない。点数で割り振るので、学年によっては数人しかいないクラスも出てくる。
学期末の試験は、翌年のクラス分けと同時に進級できるかできないかも判定される。
進級できない場合、留年だ。しかし、留年は1年しか許されない。進級できない場合は、強制退学になるから注意するように。」
「授業を受ける場所は、基本、各教科の教授が持つ教室で受ける。通常は休み時間に歩いて移動するが、それが大変な場所もある。そういう時は時間割に嵌め込まれている魔石に触るように。魔石に触ると次の授業を受ける教室前の廊下に転移できる。」
「魔石が稼働するのは、毎時、45分から00分まで。つまり、休み時間だけだ。その時間を逃すと自分の足で移動しないといけないから気を付けるように。
さらにいえば、今いる、この学院の校舎の中でしか稼働しない。寮室で寝坊した!と騒いで魔石に触っても何も起こらないからな。」
「あと、時間割の裏は学院内の地図になっている。自分が今居る場所は赤く点滅し、行きたい場所を3回トントントンとたたくと、そこまでの道筋が光るようになる。目的地に着いたらその光は消えるので、慣れるまでは地図を見ながら歩くといいだろう。あ、これも、校舎内のみだからな。」
校舎内に限定されているとはいえ、時間割が魔術具なんだ。
なんてすごい学院だろう。
「続いて、学院生活についてだが。」
「教材と制服一式は年に2回、支給される。制服は各自の寮室のクローゼットに1月と7月の入寮初日に配られ、教材は勉強部屋の机の上に置かれるはずだ。万一、足りない、あるいは破損した、など不具合があったら、オバレー副学院長に申し出るように。」
「クローゼットに洋服をかけておけば、常にきれいにクリーニングされる。クローゼット自体が魔術具だからだ。したがって、面倒でも服や靴は室内にほっておかず、きちんとクローゼットに片づけるように。」
うわー、洗濯不要なんだ。なんて便利なクローゼットだろう!
「さて、最後に。
君たち生徒は誓約書の提出と同時に、ランドール国魔術庁に見習い職員として登録された。したがって、毎月30日に給与が支払われる。これは長期休暇期間も同様だ。そして、君たちは先月、在籍していなかったが入学祝金という扱いで、1か月分が本日、支給されている。」
教室内にわっと喜びの声があがる。
「この給与だが、1年生の前期は全員同額の10万ドール。後期以後は、成績順に支給額が変わる。1学年から4学年までは、最も優秀なAクラスが20万ドール。Bクラスが17万ドール。Cクラスが14万ドール。最低のDクラスが10万ドール。」
「5学年と6学年になると、Aクラスは50万ドール。Bクラスが30万ドール。Cクラスが20万ドール。Dクラスが15万ドールだ。」
みんな、大騒ぎだ。
この国の平民の平均月収は4人家族で、20万ドールくらいと聞く。
だから、学生の身でこの額は破格としか言いようがない。
まして、住居費、食費、など生活に必要なものがすべて与えられているのだから、使い道が無いのではないだろうか。
「喜んでいるところ、悪いが。高学年になればなるほど、給与が少ない、足りないと、嘆く生徒が多いことを伝えておこう。」
なぜですか、とあちこちから不思議そうな声があがる。
「学院から支給されるるものは、あくまで最低限だ。高学年になればなるほど、優秀であればあるほど、自主的に学ぼうとする。そうすると、自分で購入しなければならない参考書、魔術具、薬品、などが増えていく。それらは決して安くない。低学年のうちはまだあまり必要なものはないだろうから、なるべく貯めておくことを、推奨する。」
ベリル教授の忠告を胸に刻んだ。
この給与以外のお金が私には無い。
本当に必要なもの以外は、買わない方がいいだろう。何かのときのために。
「給与はこのカードに振り込まれる。」
ベリル教授が銀色のカードを頭上に掲げた。
その瞬間、私たちの目の前の机に1枚ずつ、銀色のカードが現れる。
つるつる、ぴかぴかしていて、模様は何もない。一見、鏡みたいだ。
「カードに、所有権を今からつけてもらう。」
「アクス!針!」
先生の手にきらりと光る15センチくらいの細い針が現れる。
「これから、君たちの指をこの針でつついて血を出させてもらう。血が出たら、カードの表面に押し付けなさい。それによって、カードは本人にしか使えなくなる。」
えー!と、生徒みんなが嫌な顔をする。
それはそうだ。血が出るのは誰だっていやだ。
ベリル教授は容赦なく生徒たちに手を差し出させ、親指の腹を次々刺していく。
ぷくっと血がもりあがったら、カードに押し付け、カードを見た途端、歓声をあげている。
私もベリル教授に針を刺してもらい、ぷくっと出た血をカードの表面に押し付けた。
指をはなした瞬間、カードの表面に「ソフィア・ダングレー」という文字が浮かび上がり、そして、ゆっくりと染み込むように消えた。
…すごい。
全員の登録が終わると、ベリル教授はまた説明を続ける。
「カードは好きな場所にしまいなさい。万一落としても、盗まれても、本人以外には使えないし、だいたい翌日には何らかの形で手元に勝手に戻ってくる。例えば、拾った人が届けてくれるとか、外に出たら鳩のフンと一緒に落ちてきたとか、戻ってくる方法はいろいろだが。」
くすくす笑いが教室に広がる。
「そして、このカードは一生使える。ただし、学院を卒業できない場合、このカードは、自動的に消滅する。なぜならば、持ち主の魔力が無くなったら、カードの効力を無くすからだ。ああ、そうそう、本人が亡くなった場合も消滅するな。」
「質問です。このカードはどこで使えるのですか。また、現金を引き出せますか?」
「カードは、この学院都市サピエンツィアであれば、どこででも使える。支払う時に、カードで。と言えば、問題ない。カード読み取りの魔術具にカードを当てて引き落としされる仕組みだ。
現金を預けたり引き出す場合は、ランドール国立銀行の窓口に申し出る。国立銀行は、サピエンツィアにも支店がある。また、この支店のみ、学生のために日曜日も営業している。」
「カードにいくら入っているかはどうやって調べるのですか?」
「カードを額に当てなさい。そうしたら頭の中に金額が浮かぶはずだ。」
みんな、カードを額に当て、またもや、歓声をあげている。
私もカードを額に当ててみた。
100000
という数字が浮かぶ。
10万ドール…。生まれて初めて、自分のお金があるということになんだか涙が出そうになる。
「学院にいる間は現金を持つより、カードを持つ方が安心そうですわね。」
と、エリザベスがカードを額からおろしながらつぶやく。
「そうね。私、おこずかいをもらってきているけど、盗まれたらいやだし、今度の日曜日、街に出て国立銀行でカードに全額入れてしまおうと思うわ。」
と、ジェニファーも、カードを手でくるくる回しながら言う。
「あら、良い考えね。わたくしもそうしますわ。日曜日、ご一緒しても?」
「一人で街に出るのは不安あるもの。喜んで。ソフィも行くでしょう?」
銀行に預けるお金は無いけど、でも、銀行というものを見てみたい。
「ええ、わたくし、銀行って行ったことないので見てみたいわ。よろしくお願いします。」
最後に時間割が配られた。
時間割は、B5くらいのサイズで薄いけれど、固い石のようなものでできていた。
時間割の一番上に、
「1-1 ソフィア・ダングレー」
という文字が刻印され、1-1の後ろに小さな青い魔石が埋め込まれていた。
説明が長くなりました。次回から、いよいよ、授業が始まります。