籠城戦2
マジェントレー公爵は、のっそりとスナイドレー公爵の屋敷の前に立っていた。
屋敷に向かって手をかざせば、結界が薄く光る。
「ふん。かなり、強固な結界を張りよるわ。」
この屋敷のどこかに、自分の計画をめちゃくちゃにしたソフィア・ダングレーがいる。
「結界のう。隠し部屋のう。」
マジェントレー公爵は、笑う。
「わしが隠し部屋を探して、ウロウロする愚か者と一緒だと思うのかのう。」
結界があって、入れないのなら。
入っても、どこに隠れているか探すのが大変なら。
屋敷丸ごと、破壊すれば、良い。
隠し部屋にこもっていたとしても、それは屋敷の中。
屋敷が崩壊すれば、瓦礫の下。押し潰されて、死ぬだろう。
死ぬのが嫌なら、魔術で抵抗するか。
魔術を使えばどこにいるか、すぐ、わかる。
いかに優れた魔術師としても、まだ、学生。直接、戦えば、負ける気はしない。
「大地の怒り」
いきなり、足元が揺れる。
不気味な地響きが足下から這うように昇ってきた。
マジェントレー公爵は、過ぎ去りし、若かった日々を思い出す。
ランドール国立魔術学院のことばかり聞かされたからだろうか、耳元に突然響くランドール魔術学院の校歌。
我らののぞみ 楽園の創造
「楽園の、創造、か。わしの思う楽園は。」
ランドール国を魔術師だけの国にすること。
幼い頃から、魔術の研究が大好きだった。
魔術の力の持つ無限の可能性に惹かれた。
魔術庁長官になってから、彼は魔術とは関係ない、政治に多大な時間を取られざるを得なかった。
魔力を持たない民人を意識した政策の数々に、何度、彼はイライラしただろう。
魔術師なら当たり前にできることが、大多数の民人にはできない。
そして、多数を占めるが故に、彼らのために政策は作られていく。
若いころ、彼はいろいろと便利な魔道具を世間に広めることを提言した。
たとえば、魔術師なら誰でも利用できる常設の転移陣。
だけれど、多数を占める魔力を持たない役人どもに却下された。常設されたら、魔術師だけが瞬時に自由に移動できる。魔力を持たない民が何日もかけて行かなければならない場所に。それは不公平だ、と。
そう、魔術師にとって便利な社会を作ろうとしても、公平ではないという理由で、ことごとく潰される。
そして、彼はもう一つの可能性に行き当たる。
この国の魔術師が罪を犯した場合、「収監された上で、魔力を魔石に籠めさせる」ことが罰となる。そう、魔石に魔力を籠めれば、魔道具を動かすことが平民でも可能なのだ。
それは、「いずれ、魔術師は便利な道具を動かすための部品に過ぎなくなる」のではないか、という恐れをはらむ。
強力な魔術師が減れば、魔力を持たない者が支配する未来は確実にあり得るのだ。挫折と恐怖、それらが、彼の心を少しずつ、蝕んでいった。
自分は魔術庁長官になるべきではなく、魔術の研究者として生きるべきだったと、今は、思う。
だけれども、彼ほどの魔力を持ち、魔術に精通していた者を国が放っておいてくれるはずもなく。
ならば、自分が王になり、魔術師の国を創ろうではないか。
王になる資格が無いのならば、魔術師の国を認める王を立てれば良い。
今の国王、第一王子、第二王子は、彼の望みを無理な事を言わないでくれ、と歯牙にもかけない。
わしの妻も子どもたちもみんな、わしの理想をバカにして、誰も彼もわしのそばから居なくなっていった。
であれば。
第二王子のところに嫁いだ我が娘の子。
王の孫。
この子を次代の王とする。まだ、3歳にもならない幼子に、魔術師の国の素晴らしさを教えることは容易だろう。
孫が成長するまでは、わしが摂政となり、魔術師の国を創っていくのだ…。
魔術師以外は国民として認めず、奴隷階層とし、魔術師を養うためにのみ存在を許す。
魔術師達には我々の楽園を創るために、好きなように生きてもらおう。
彼は、ほろ苦い笑みを浮かべる。
もう少し、だったのに。
戦争となれば、王宮の警固は確実に緩くなる。
普段、王家に張り付いている魔術師師団はほぼ全員、戦場に出払うはずだからだ。
王宮に残すほどの余裕がないほど、今は傑出した魔術師が居ない。
それも、彼を焦らせていた原因の一つ、だったけれど。
愚かな8家。
8家以外の貴族が自分達より強くなることを嫌い、貴族の血に流れる魔術師の血をどんどん薄めていった弊害。
魔力持ちはドラコ王の血を継ぐ者達からしか、生まれぬものを。
その血を薄めていったなら。いずれ、魔力持ちは生まれなくなる。
この素晴らしい無限の可能性を持つ魔術師達が消滅するのだ。
許せることでは、ない。
それなのに。
ソフィア・ダングレーが学院の全生徒を巻き込み。手厚い後方支援をやりおった。
おかげで、戦は終始、優勢だった。
戦が劣勢になれば、魔力が強いハッカレー学院長やスナイドレー公爵が戦場に出なければならなくなる。
わしは、そうなれば、国王一家の警固を任される、はずだった。
戦場には高齢を理由に行かないつもりだったからな。
念には念を入れて、王宮をさらに手薄とするために、反乱まで起こさせたのに。それさえ、あっという間に鎮圧された。
反乱軍に向かうためには、戦場から兵を割くか首都に残って王宮を守る兵を向かわせるか、どちらかしかない。
戦場から兵を向かわせれば戦は劣勢になり、いずれは応援のために首都の兵が行かざるをえない。
首都から人を出すなら、反乱軍が首都を占領する確率が高い。首都防衛に残っている軍は、わずかだったから。
どちらにしても、王宮が手薄になるチャンスが遅いか早いかの違いがあるだけで、必ず、来るはず、だった。
それが、どの反乱軍もあっという間に鎮圧された。
一般兵士はともかく、魔術師達はそれなりに強く、訓練を受けた騎士ばかりだったのに。
調べさせれば、全てスナイドレー公爵が関わっていた。
スナイドレー公爵が優れた魔術師であることは認めている。
しかし、彼ひとりで複数の魔術師騎士をこれほど容易く倒せるものだろうか?
今まで、何度も襲撃し、暗殺者を放ってきた。
何度かは、奴に重傷を負わせている。確実に死んだと思えたことも何度もある。
特に、魔毒剣が彼に刺さったと報告を受けた時は、死んだことを疑わなかった。
だから、王宮で向こうから彼が歩いて来たのを見たときは、魔毒剣が刺さったなど嘘を吐きおって!と、報告した魔術師を激昂のあまり殺してしまったほどだ。
その後で、他の魔術師達から確かに刺さっていたのです、なぜ助かったか、我らも知りたい、と言われた時は、わしも心底、驚いたものだ。
その、スナイドレー公爵を苦しめるには、彼が溺愛しているソフィア・ダングレーを殺すこと、が一番じゃろう。
リディアナに続き、ソフィアも失えば、奴は立ち直れまい。確信がある。
「大地の怒り。」
奴の屋敷ごと、破壊し、奴の愛する女の血で、その屋敷の瓦礫を染めてやろう。
明日で、完結します。残り4話です。