ライドレー侯爵2
いきなり、前方で騒ぎが起きた。
自分の前に一直線に兵士がなぎ倒されて、一本の道が開けている。
開けた視界の前方に立っているのは、今、考えていたスナイドレー公爵。
銀白色に輝く長剣を引っさげ、黒ずくめの立ち姿は死神を思わせる。
兵士たちは魔力を持たない。
だから、我が国でもトップクラスの魔力持ちのスナイドレー公爵が魔術剣を振るえば、固まっている数百人の兵士など、あっさり吹き飛ばすのは想定できた。
「スナイドレー公爵、お覚悟をっ!」
自分の周りを囲んでいた魔術師の護衛が、モントレー侯爵の前に彼を庇うように出て、それぞれが得意な魔力を魔術剣に籠めて全力でスナイドレー公爵に攻撃を放す。
一度に、5人の、属性もバラバラな攻撃。
一つふたつ凌いでも、必ずどれかの攻撃が当たる、はずだった。
スナイドレー公爵に向けて放たれた攻撃が、突然、公爵に当たるか当たらないかの距離で、ふっと消滅する。
目を疑うその瞬間、
「グワッ!」「ウギャア!」
攻撃をした5人全員が頭から胸にかけて血を吹き出し、倒れる。
「何が、起きた!?」
倒れた魔術師を見やれば、それぞれが放った属性で殺傷されていることに気づく。
炎を放った者は、焼け焦げていた。
風を放った者は、全身、ズタズタに切り裂かれていた。
水を放った者は、氷の弾丸が、あちこちに、食い込んでいた。
「これは…。」
モントレー侯爵は、気づく。
「攻撃を反射、したのか!?」
しかも、放たれた攻撃をより強化して。
そんな魔導具や魔術は聞いたことがない。
しかし、現実問題として、5人の魔術師は攻撃した瞬間に、倒されている。
スナイドレー公爵が、モントレー侯爵の前に開かれた道をゆっくり、歩いて近づいてくる。
ほとんどの兵士は腰が抜けて動けず見ているか、ヨロヨロ後ろに下がっている。
何人かは勇気を振り絞って、公爵に切りかかったもの、あっさり返り討ちに合っている。
「グラディウス。」
モントレー侯爵は覚悟を決めて、大剣を構える。
彼とて、戦闘魔術は自信があった。
息子を鍛えたのも、彼だ。
彼の属性は水。
けれど、彼はあえて魔力を纏わせず、大剣をスナイドレー公爵に振りかぶった。
魔力を放ったら、一撃で死ぬ。
それがわからぬほど、モントレー侯爵は馬鹿ではない。
スナイドレー公爵の長剣とぶつかり合い、白い火花が散る。
火花が掛かった兵士たちは鎧がジュウッと溶けて、皮膚を火傷し、悲鳴を上げて逃げ惑う。
魔術師同士の戦いに巻き込まれては、命はない。
四散していく兵士には目もくれず、モントレー侯爵はスナイドレー公爵に剣をふるいつづける。
「貴様がっ!私のっ!息子を!」
モントレー侯爵の絶叫が響き渡り、スナイドレー公爵の頬を、大剣がかする。
赤い血が飛び散る。
その血を拭うこともせず、表情も変えず、スナイドレー公爵の剣が今度はモントレー侯爵の左手の籠手を弾き飛ばし、侯爵の左手の甲からも血飛沫が舞う。
「貴様の息子、リュシュリュウを殺したのは、マジェントレー公爵の手の者、だぞ。」
「ふざけるなあ!今更、嘘を聞かせるか!」
「嘘ではない。証拠も、ある。」
「今更、そんなもの、聞くかああああ!」
モントレー侯爵の大剣がスナイドレー公爵の頭上に振りかぶる。
「ちっ!」
とっさに、スナイドレー公爵が横に飛んで避けるも、肩から血飛沫が飛ぶ。
双方、息を切らして、少し離れて、睨み合う。
「貴様さえ、居なければっ!」
先に動いたのは、モントレー侯爵。
「ぐっ…。」
振りかぶった大剣が刺さったのは、スナイドレー公爵の左腕。
そして、スナイドレー公爵の長剣は、モントレー侯爵の心臓近くを貫いていた。
スナイドレー公爵が長剣を引き抜く。
モントレー侯爵は、どうっと、地に倒れ伏す。
目が霞んでいく。
「リュシュリュウ、すまない。お前の敵を、父は、討てなかった…。」
「これで、反乱軍は、最後…か?」
スナイドレー公爵は魔術剣を消し、そっと左耳の赤いピアスに手を触れ、呟く。
ちらりと自分の血に染まった身体を見て、帯剣ベルトのポーチから、薬瓶を取り出し、一気に飲む。ソフィアの、最高の、薬。
…また。命を助けられた。
「首都に、戻るか。」