内乱ののろし
開戦してまもなく、我がランドール国内で、国王への反旗を翻す内乱が数か所で勃発した。
反乱軍は首都を目指して進軍中だという。
その知らせに、学院内も大騒ぎになった。
「なぜ、今!今は、外敵に一丸となって向かうべきだろう!」
リチャード達が、怒りまくっている。
そして、反乱を起こした貴族の子供が魔法陣を壊そうとした学生であることをつきとめ、彼らに、今は矛を収めるよう手紙を書いてくれ、と頼んでいた。もちろん、自分たちも、書いている。
さらに、首都に進軍する反乱軍を迎え打つには、首都を守っている王国騎士団だけでは守り切れないのではないか、という噂が、伝わってくる。
なぜなら、ほとんどの兵を国境に移動させていたから。
しかも、王国騎士団の騎士たちは魔力は持っていない。もちろん、反乱軍の兵士も魔力を持っていないと思われるけれど、王国騎士団の騎士よりも人数が多い。
だから、プケバロスと戦っている一部の軍を割き、首都に向かわせたという噂も。
軍を2つに分けたら、共倒れになる可能性もある。
首都に家族がいる学生は多い。みんな、家族を気遣って、不安がっている。
そんな彼らを鼓舞するのが、エリザベス。
「心配いりませんわ。首都には王国騎士団長も残っています。人数の上では不利かもしれませんが、籠城戦に持ち込んで国境から戻ってくる軍と挟み撃ちするはずです。王国騎士団長は優れた軍略家と聞いています。絶対に、首都は陥落しませんわ!」
王国騎士団長を父に持ち、宰相を婚約者に持つエリザベスの鼓舞は、多くの学生を勇気づけた。
「そうですわね。わたくし達も戦場だけでなく、首都に向けて支援を増やさなくては!」
私はエリザベスが独りでいるとき、辛そうにしているのを知っている。
本当はとても怖がっていることも。
それでも、エリザベスは皆の前では毅然とした態度を崩さない。
将来の宰相夫人としての矜持を、すでに彼女は持っている。
*****
首都進軍中の反乱貴族の一人、ウルレー伯爵はマジェントレー公爵が派遣してくれた5名の魔術師騎士に前後左右を護られて、首都ランズへ続く街道を駆ける。
ランドール国の西方に小さな領地を持つ彼は決して、豊かではない。
それでも賭博が好きな彼は年に何度か首都ランズに出てきて、賭博場で遊ぶのが唯一の楽しみだった。
若い時は負けたらそれが切り上げ時と諦めて領地に帰っていたのに、年々、諦められなくなり、少しずつ借金が増えていった。
最初は返せる額しか借りなかったため、きちんと返していけたから、気がだんだん大きくなっていったのだろう。今、彼の借金は数年かかっても返せないほど、膨れ上がっている。
頭を抱えていた彼に助けの手を差し伸べてくれたのがマジェントレー公爵だった。
「貴公ほどの方が小さな領地でくすぶっているのは嘆かわしい。確か、貴公は魔術学院で、6年間、Aクラスに在籍した優れた魔術師ではありませんか!」
伯爵は確かに学生時代、優秀だった。けれども、伯爵を継いで領地を経営してみれば、その知識はあまり役に立たず。その鬱屈もあって賭博に手を出してしまったのかもしれない。
「わしが国王を倒したら、魔術師が大いにその力を奮う国にするつもりなのじゃ。貴公のその力もぜひ貸してもらいたい。もちろん、そのための援助もする。とりあえず、借金はわしが全て支払おう。」
そう言われて、心が動いた。
つまらない領地経営はもう、したくない。
学生時代のように、華やかに、魔術を行使してこれからは生きるのだ!
「首都ランズまで、後、2日ほどか?」
ウルレー伯爵は隣で並走する魔術騎士に尋ねる。
「そうですな。ですが、首都ランズには他の反乱軍が揃って一斉に攻めることになっています。その約束の日は7日後。なので、今夜の宿泊所で3日ほど休むことになっています。」
「おお、そうか、了解した。」
自領は山が多いため、魔獣の住処でもある。
彼の引き連れている私兵たちは日頃、魔獣と戦っている猛者ばかりだ。普
段、魔獣と戦うこともない王国騎士団など、簡単に蹴散らせるだろう。
その夜。
野営地に轟音と同時に悲鳴が響き渡り、ウルレー伯爵は跳ね起きる。
「敵襲!」
「何?人数は、どれくらいだ!?」
「それが、…1人!?」
外に飛び出したウルレー伯爵の目が驚愕に見開かれる。
彼が連れてきた私兵の数は約3000人。その半数近くが地に倒れ伏している。彼らが休んでいただろうテントは、跡形もない。
「雷の嵐。」
低い声がどこからか聞こえ、残り半数のいるテントめがけて、バリバリバリ!と、竜巻が襲い掛かる。ただの竜巻ではない。その竜巻は青白い雷光を纏っていた。
竜巻が過ぎれば、テントは1つも残っておらず、私兵たちも地に倒れている。
うめき声が聞こえるので全員死んだわけではなく、生きている者も多いようだが、今すぐ戦える者は残っていなさそうだ。
ウルレー伯爵のそばに、マジェントレー公爵から派遣された魔術師騎士が彼をかばうように構える。
「平民どもは戦力として、やはり、役にたちませんな。」
ウルレー伯爵は唇を噛む。
魔力を持たない民は魔術師に敵わない。
それはわかっていても、自領の民であり、魔獣を共に倒してきた仲間でもある。
役立たず、と罵られるのは辛かった。
感傷に浸る間もなく、前方に黒づくめの男が銀白色に光る剣を片手に下げて、近づいてくるのが見えた。
「ステラの光。スナイドレーだ。お下がりください。伯爵。」
魔術騎士が5人とも、伯爵の前に飛び出して身構える。
「スナイドレー!たった一人で来るとは、愚かなり!」
「風の刃!!」「爆発せよ!!」「火の弾丸!!」「「大地の牙!!」」「氷の弾丸!!」
魔術騎士5人が一斉に彼に向けて、彼らの持つ最大の魔力を籠めて攻撃する。
先手必勝の、一撃必殺だ。
大魔術師として知られるスナイドレー相手にはそれしかない。
「「「ぐあっ!!!」」」
ウルレー伯爵は何が起こったか、わからなかった。
魔術騎士5人の放った攻撃は正面のスナイドレーを直撃した。
彼は避けるために動こうとして間に合わないように見えた。
勝った、と思った瞬間、魔術騎士5人が全員、血を噴き出して倒れたのだ。
震えながら、彼らを見れば、死んでいるのがわかる。
彼は尻餅をつく。
スナイドレーが剣の切っ先をこちらに向けて、ゆっくり歩いてくる。
「投降しろ。そうしたら、命までは取らん。」
ウルレー伯爵はがっくりと、うなだれる。
「残りの反乱軍はあと4か所か。…こき使ってくれるな、学院長は。」
フィロスの声が夜空に消える。