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魔術師ソフィアの青春  作者: 華月 理風
魔術学院5年生
158/172

開戦



 10月20日、あと10日もしたらアムールの日というその日に、ついに隣国プケバロスとの間に開戦の火蓋が切られた。


私達学生からも、魔術師団に、この日のために作りだめしておいた治癒用のポーションが送られ、授業も半分以上が休講となった。

もっとも、ほとんどの授業は駆け足の講義でほぼ終わっていたけれど。


戦闘魔術を教えてくれていたグレー教授も本来の魔術師団副団長として戦場に向かい、学院長初め、他にも何人かの教授を見かけなくなった。


フィロスも学院から姿を消した。

どこに行くかは教えてくれなかったけれど、必ず帰る。という約束を信じて、私は学院で待つ。

…少なくとも、魔術による攻撃は彼に当たらない。

以前よりずっと、危険は少ないだろう。


それでも、亡くなったときは。

そっと、左耳のピアスに触れる。

このピアスが砕けたら。

フィロスがいない、この世には未練がないから。

そこまで考えて、ふっと、口元をほころばせる。

「だめよ。2人で、よぼよぼになるまで幸せに生きる未来以外を、考えちゃ。」


 薬学教室まで速足で移動する。

休講になった時間、私は治癒用ポーションの改善研究会のメンバーと一緒に治癒用のポーションを作っている。

はじめは、薬学教室でエリザベスに手伝ってもらって作っていたのだけれど、それを聞きつけた研究会のメンバーが私達も入れて!と加わってくれたのだ。


彼らだけではない。

私達がやっていることを聞いた多くの学生たちは、みんな自分ができるやり方で後方支援を始めた。


「ソフィ、頼まれていた薬草、また採ってきたわ!」

「わあ、ありがとう、ジェニ。…すごいわ、さすが、ジェニ。園芸魔術はジェニに敵わないわね!最高の薬がこれで作れるわ。」

「成長を早める魔術陣をソフィが作ってくれたからよ。毎日、採って届けるから。」

「助かる。」


ジェニファーもポーション作りにとても協力してくれている。

ジェニファーと彼女が集めてくれた園芸魔術が得意な生徒には非常に助けられているのだ。

学院の森に自生している薬草より治癒効果が高い薬草を成長を早める魔術をかけてどんどん手分けして、作ってくれているのだ。

材料がなければ、ポーションは作れない。

そこで、私はジェニファーに成長を速める魔術を教えたのだけれど、これは魔力が多く必要だった。それで、補助の魔術陣を使うことで少ない魔力でも成長を速めるように改善した。

今、ジェニファーたちはその補助の魔術陣を使って、薬草をどんどん栽培してくれている。


それだけではない。

薬草以外の貴重な材料は、アンドリュー・ドメスレーが実家からドサッと送ってきてくれた。ライザ・サレーにポーション作りの話を聞いた。学院に居ないので何も手伝えない、せめてこれくらいは。という手紙付きで。

これらもどれだけポーション作りに助かったことか。


作られたポーションを瓶に詰め木箱に入れて魔術師団に送る作業は、下級生が立候補して、手伝ってくれている。

学院のホールに魔術師団が用意した転移陣があって、そこから、どんどん転送しているのだ。


 絵画魔術が学院一と言われる平和主義者のクレイドル・ミレーも、今は守りの魔術陣の作成に張り切っている。

バリアを張ると攻撃ができなくなるので、戦場でバリアが張られることはほとんどない。

そのかわり、守りの魔術陣を身につけるという方法がある。

この守りの魔術陣は1度だけ、相手からの魔術攻撃を無効化する。魔力が大きい場合は無効にならないこともあるけれど、即死は免れる。

さらに、物理攻撃、例えば、弓矢などは数回はじいてくれる。

ただ、この守りの魔術陣は永続的でなく、魔術攻撃ならたったの1度、物理攻撃でも数回受けたら、消滅する。

それなら、何十枚と用意しておけばと考えるところだが、難しい。

この魔術陣は1枚作るのが大変なのだ。

この守りの魔術陣は非常に細かな文様で、線ひとつ歪んでも発動しない。

また、描ける魔術師は一握りしか、いない。

なぜなら、魔術陣は書くときに魔力を籠めながら書くから陣が発動するのであって、このような複雑な魔術陣を書けるのは、ある程度、魔力が高くないと難しいのだ。

何日かに分ければ、魔力が低くても書けないことは無いけれど、平均的な魔力の魔術師が1枚書くとしたら、1週間くらいかかる、と聞いている。

その場合、集中力が切れる方が早く、現実的に作られることはほとんど聞いたことがない。したがって、魔術師師団といえど、そう何枚も持てる物ではない。

平時に、暗殺を怖れて持つならともかくとして、戦場では持っていないのが当たり前なのだ。


 そこで、私はその守りの魔術陣を1枚、最高の品質で作り上げ、ミレーに模写を頼んだ。

ミレーは絵画魔術に秀でている。

私の書いた魔術陣の上に魔紙を置き、彼の作った魔道具の筆でそれをなぞってもらう。

もともと、その魔道具の筆は魔術絵を描くとき魔力を節約するためにミレーが発明したもの。

これだと、魔道具にミレーの魔力を載せるだけなので、少し効力は弱くなるけれど、守りの魔術陣が作れることがわかったのだ。

ミレーは絵画魔術が得意な生徒にも声をかけて、彼らと一緒に魔道具の筆を使って、その魔術陣を書き写してくれている。

守りの魔術陣はこれもまた下級生が、10枚単位で箱に詰め、転送陣を通じて魔術師師団に送ってくれている。


私を階段から突き落としたあと謝ってくれたけれど、いまだによそよそしいライザ・サレーも、「私だって、何かしたい」と、相談しにきてくれた。

何が得意か聞いたら、趣味がお菓子作りだと聞いたので、「薬膳菓子のレシピブック」を見せたら、俄然、やる気を出してくれ、彼女を中心に女生徒が多く集まり、戦場で必要とされそうな効能のお菓子を大量に作ってくれている。

特に「栄養補完バー」は、少ない魔力で作れるうえ、ほぼ、普通のクッキーを作るような手軽さのため、毎日、次から次へと作られて、これまた魔術師師団に送られている。

ポーションや守りの魔道具は使う者の魔力に反応するため、魔導士向けの支援だ。一般の兵士達への支援とはならない。

もちろん、一般の兵士達の怪我を治す薬も作ろうと思えば作れるけれど、それらの薬は魔力を持たない普通の医者や薬師でも作れるものだ。だから、私はそちらにまでは手が回らなかった。

それに比べ、薬膳菓子は、一般の兵士達にも十分、効果がある。

ライザ・サレー達の活動は全軍への後方支援として最大の力を発揮している。


戦闘魔術に長けている、リチャードやその仲間たちは、サピエンツイアの街と学院の警護を買って出てくれた。

開戦と同時に、サピエンツィアは閉鎖されたけれども、閉鎖前にスパイが入り込んでいる可能性を考えて。

スパイや私達の邪魔をする者が居たら、排除すると。

そして、なんと実際に彼らは、数人の怪しい動きをする人間を捉えて、魔術学院の地下牢に閉じ込めた。戦争が終わったら首都の騎士団に引き渡すそうだ。

その上、転送の魔術陣を壊そうとした数人の生徒も捕まえて自室に軟禁させている。彼らは自分の親から魔術陣を壊すように指示されたと言っているけれど、なぜ指示されたかは、わからないそうだ。

だから、リチャード達は交代で昼夜連続、魔術陣の見張りもしてくれている。

おかげで、私達は安心して私達ができることに専念できる。


 オバレー副学院長に言わせると、こんなに学生が後方支援をしているのは初めて、だそうだ。



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