誘拐8
「死んだ?」
フィロスは、学院長に問いかける。
「ああ。魔術師団の地下牢に入れて数時間後に尋問官が行ったら、すでに死亡していたそうじゃ。」
苦々しげに、学院長が言う。
「自死しないように、処理していたはずでは?」
「自死ではない。心臓を一突きして殺されていた。」
「馬鹿な。今、魔術師団の地下牢に近づける者は限られているはず。」
「魔術師団の建物にいた全員を洗っているが、おそらく、犯人は見つかるまい。…意外と我らの近くに敵が忍んでいるようだ。厄介じゃな。」
「私が調査に行きますか?」
「いや。動くな。…リュシュリュウが死んだことは、ライドレー侯爵にもすでに伝えられておる。息子が死んだのは、お前の、しいては、わしのせいだと、わめいていた。恐らく、ライドレー侯爵はマジェントレー公爵に取り込まれる。…敵がまた、増えた。」
ハッカレー学院長の表情は、久しぶりに、暗い。
「図書室で眠りの香を使ったアンドリュー・ドメスレーも命の危険がある。わしから言い含めて、実家の公爵家に一時的に帰した。父親の公爵には、マジェントレー公爵の手の者が彼を狙う可能性がある、と伝えてある。」
「ドメスレーは何か情報を?」
「わしらが知っていること以外は、何も知らされていなかった。リュシュリュウ・ライドレーが死んだことを話したら、錯乱状態に陥ったが、その後、おびえて、今度は自分が殺される、と、わしに縋り付いてきた。どうやら、失敗したら殺されると思っている節がある。助ける代わりに、知っていることを話すように言い、念のため、お茶に自白剤も入れてみたので、間違いないじゃろう。…マジェントレー公爵はリュシュリュウが卒業してからサピエンツイアに来ていない。街に入る許可を出さなかったからな。だから、直接、アンドリューは会っていない。そういうこともあって、情報を制限されていたんだろう。」
「リュシュリュウが死んだことはソフィアには黙っていてくれ。」
「もちろんじゃ。…さて、学院内の生徒の安全についてじゃがな。」
学院長は、気持ちを切り替えるかのように、軽く、頭を振る。
「教室と闘技場以外は魔術を使えぬようにしようと、思う。校舎内だけでなく、校舎の外もじゃ。学院を覆う結界の中全体、じゃな。それと日曜日の外出は当面、全員禁止。必要なものは、学院内で購買部に申請。購買部が取り寄せる。どうじゃ。」
「ふむ。…ぐっと、危険が減るな。だが、それだと、普通の金属の武器を持って襲われたら、防衛ができぬな。魔術の武器が出せぬのだから。」
「そこは、校舎内に金属の武器の持ち込みを禁止させる。金属の武器を持って校舎に入ったら、警報が鳴り響くようにしておこう。」
学院長は直ちに動き、全生徒に対して、隣国プケバロスのスパイが学内に侵入したこと、1人の学生がそれで危険に陥ったことを話し、教室と闘技場以外で一時的に魔術を使えなくする、と通達した。
危険に合った生徒の名前は伏せられていたのだけれど、おそらく、アンドリュー・ドメスレーだろう、という噂が学院内に駆けまわった。
なぜなら、彼は自宅に帰っていたから。この学期は休学するとも聞く。
アンドリューの噂のおかげで、私が攫われたことは全く知られていない。