誘拐5
「私が、昨夜、学院長と話をしているときに、突然、君に渡した危機を知らせるためのネックレスが砕かれたのを感じた。」
そう、私はフィロスに、危機に即したら石を砕くようにと魔道具のネックレスを渡されていて、服の下にいつも装着していた。
石を砕いたら、フィロスにそれがわかるようになっていると。
意識を手放す前に、その石を砕いたところまでは覚えている。
「たまたま、寮に帰っていく生徒の一人が、君はまだ図書室に残っていると教えてくれたので、図書室に飛び込んだら、眠りの香の残り香が残っていた。君が攫われたか、危害を加えられたのが、明確だった。」
眠りの香、を使われたのか。匂いは覚えた。他にもあるか、調べておかなくちゃ…。
「眠りの香の残り香を学院長と辿っていったら、学院の門の外で途切れていた。ここで、転移魔術が使われたことまではわかった。サピエンツィアで転移できる場所はサピエンツィアの中だけ。だが、転移先まではわからない。」
「ところが、学院長の手の者。入学するとき、『案内者』という魔道具に会ったと思うが、覚えているか?『案内者』は学生の案内をするだけでなく、サピエンツィアの街を看視する魔道具になっている。何体もいるが、詳しい数を私は知らない。学院長の管轄だからな。」
「この、『案内者』に学院長が夜中に動いた人間がいないか、問い合わせた。」
「そうしたら、そのうちの一体からすぐ学院長に連絡が来た。リュシュリュウ・ライドレーの別荘に、リュシュリュウが、誰かを抱えて連れてきた。と。」
「リュシュー先輩が!?」
「学院長がそれを知らせた『案内者』に、ソフィアの命が危険になったら突入を、そうでない場合は、目を離すな、と命令し、さらに、その別荘につながる転移の魔法陣を展開するように命じた。」
「私は学院長が用意した転移の魔法陣で、ライドレーの別荘に突入した。君はちょうど、ライドレーに犯される直前、だった。」
息ができなくなりそうだった。
「直前…?本当ですか?わたくしのことを心配して、嘘をついて、ませんか?」
「嘘はついていない。本当だ。そうだ、君の時計を見なさい。」
「?」
震える手で、スカートの中の懐中時計を取り出す。まだ、夜の11時にもなっていない。
時計には日付も表示されている。今日だ。意識を失ってから1時間も経っていないことに、驚く。
「君が攫われたのは、門限の10時近く。それは、わかるな?私がライドレーの別荘に突入したのは、10時15分くらいだ。たったの15分で何ができる?本当に、間に合ったのだ。それに『案内者』が見張っていた、と言っただろう。その『案内者』に聞けばいい。未遂だったと証言してくれるだろう。それでも信じられないなら、今すぐ、君を抱こうか?処女の標が、シーツにつくはずだ。」
私の喉がひくっと痙攣する。
「それに、ソフィア。言っておく。仮に、今後、君が凌辱されることがあったとしても、私は君を離さない。君が汚れることは、絶対に、無い。」
だんだん、落ち着いてきた。
攫われてから1時間くらい。もし、凌辱されていたら、絶対に何かしら、身体に違和感があるだろうし、それなら、上半身を脱がされたあたりで、助けてもらえたのか。
未遂で終わったということが、ようやく信じられて、脱力する。
「フィロス、フィロスぅ…。」
ぼろぼろと涙を流しながら、彼の胸にしがみつく。
「わたくし、わたくし、あなた以外に触れられるのは、嫌。」
「わかっている、わかっているから、落ち着きなさい。」
唇がふさがれる。と、何か流し込まれるのが、わかった。眠気が襲ってくる。
「少し、休みなさい。そばについているから。」
やさしい声に、ほっと小さなため息をついて再びの眠りに落ちた。