1年生のオリエンテーション2
「静粛に!今説明したように、この誓約書は、『ランドール国への忠誠』だ。国王ではない。厳密には、魔術師のトップに君臨する魔術師団長、学院長、魔術庁長官でもない。彼らがランドールの益にならないことをしようとした場合は、命をかけて止めねばならぬ。それほどに重い忠誠だ。」
クレイドル・ミレーが再度挙手し、発言を求める。
「それほどの重い忠誠を誓わされるのは、若干12歳の私には荷が重すぎるように思われます。それほどの忠誠の見返りは何ですか。」
「魔術師になることだ。」
「はあ?」
「君たちは魔術師を何だと思っている?魔術師になるということがどれだけ人生を豊かにしてくれるか、君たちはわかるか?」
「まず、君たちは知っているかどうかわからないが、魔術師になると、平均寿命が300年ほどに延びる。長命だと500年生きる者もいる。
まあ、事故や戦争で命を落とす場合もあるが、何もなければ、病気にもかかりにくい。」
教室内がどよめきに包まれる。
「ちなみに、学院長は何歳だと思う?もう400歳を超えている。正確な年齢は私も知らないが。」
この国の平均寿命は、60歳くらいだ。
魔術師になったらその5倍は生きられる、ということだ。
「それから、魔術師は知っての通り、無からいろいろ生み出せる。それぞれの魔術師によって得意不得意あるが、自分の望むものを作り出せる喜びは、そうそうないぞ。」
「しかし!」
クレイドル・ミレーが不満そうに割り込む。
「ランドール国への忠誠が優先されるということは、たとえば、戦争がおこり、魔術師団に入れ、前線で戦え、という命令が出たら、戦いたくなくても戦わねばならない。といった制約に縛られるのではないのですか?」
「何か、勘違いしているようだね。ミレー。確かにそういうこともあるだろう。前線に出たら、運悪く死ぬこともあるだろう。しかし、それは魔術師だけの話なのかね?魔術師でなくても、国民は徴兵制度がある。徴兵されたら、同じ立場ではないのかね?」
「…貴族なら、徴兵を拒否する権利がある。」
「なるほど、要するに君は貴族だ。で、戦争には出たくない。ということだね?」
「そうです。私は人を殺したくないんだ。血を見るのが大嫌いなので、誓約したら、従軍しなければならなくなるなら、誓約できない。」
「ふむ。誓約できないなら魔術師になる資格はないので、退学してもらおう。」
ぐっと、唇をミレーがかみしめる。
…退学してしまうの?
だが、ベリル教授は、ふっと苦笑いを浮かべ、ミレーにやさしく話す。
「ミレー。前回の戦争は、いつ起きた?」
「500年くらい前です。」
「その通り。なぜ、500年も戦争が起きなかったか、考えたことはあるか?」
「…魔術師団が恐れられているからです。」
「うん。それはあるね。でも、それだけではない。」
「魔術師たちは基本、君のように戦いたくない人間がとても多い。理由は人それぞれだけれどね。だから、彼らは戦争にならないように動いている。戦争にならないように魔術を行使している。」
「つまりね、ミレー。君は魔術師にならなければ、貴族特権で血を見ることはないままに一生を終えられるだろう。たとえ、戦乱の火が起きようとも。
しかし、魔術師になれば、戦争自体を引き起こさないように自分で何かができる可能性がある。ということだ。その可能性に目を向けるつもりはないのかね?」
ミレーは、はっとしたようだった。
「ベリル教授。私は間違っていたようです。謝罪します。そして、ランドール国に忠誠を誓います。忠誠の心は同じでもやり方は違う。私は、私のやり方で忠誠を尽くすでしょう。」
ベリル教授は破顔した。
「うん。ミレー。君はきっと良い魔術師になるだろう。期待しているよ。」
「さて。他に質問はあるかな?ただ、誓約するということは、とても重いことだ。
ミレーに戦争回避の話をしたが、100%これから回避できるという保証はどこにもない。また戦争でなく内戦が起きることもあるかもしれない。つまり、君たちが戦わないで済む保証は全くない。
命をかけることも、家族を捨てることも選択しなければならないかもしれない。
だから、悩んでいるなら、今日この場でのサインは不要。ただし、サインするまで授業に参加はできないので、なるべく早く決めてほしい。」
教室内でまた、ひそひそ話が始まる。
「悩んでいる者には申し訳ないが、今日の午後、オリエンテーションを行う。誓約書にサインをした者だけが参加してくれ。オリエンテーションはこの教室で。入室時に誓約書を出してもらう。」
「いったん解散。昼食は食堂でとるように。食堂はこの教室のほぼ真上。3階だ。」