誘拐計画
「襲撃は失敗したか。」
苦々しい声が、広い部屋に響く。
「とんでもない結界が屋敷の周りに張りめぐらされておりまして。攻撃を通さないどころか、人も入れない、状態でございました。」
「スナイドレー公爵の古い屋敷には、2000年前から結界を張る魔石が埋め込まれていると聞くからな。」
「それだけ、婚約者に執着している、ということですね。」
「屋敷への襲撃はあきらめざるをえないかと…。」
「とすれば、学院で狙うしかないな。リュシュリュウ。アンドリュー・ドメスレーに連絡を取れ。同じクラスの生徒だ。眠らせて学院外に連れ出すように指示しろ。」
「承知しました。閣下。」
リュシュリュウはすぐに、ドメスレー公爵家にやってきた。
同じ8家の者同士、気安く普段から行き来している。
「リュー先輩!ご無沙汰しています。」
笑顔いっぱいに現れたアンドリューに、リュシュリュウも笑顔を見せる。
「元気そうだね、アンディ。変わりない?」
「もちろんです。」
と、アンドリューは声を潜めて、そっとたずねる。
「閣下も、お変わりございませぬか?」
「ああ、お元気だ。今日は閣下からの命令を伝えに来た。」
アンドリューの顔が、引き締まる。
「何でしょうか。」
「学院が始まったら、ソフィア・ダングレーを学外に内緒で連れ出せ。」
「無理です。」
アンドリューは即答し、唇を噛む。
「僕は、彼女に嫌われている。誘ったって、来るわけがない。」
リュシュリュウは根気良く話す。
「人気がないところで、昏倒させて連れ出すとか、できないか?」
「無理です。彼女、強いんです。モントレーと互角に戦えるんです。女のくせに!残念ながら、僕は彼女に勝ったことが無い。」
悔しそうに、彼はうなだれる。
「そんなに、強く、なったのか…。」
初めて会った時、自信なさそうな、ちょっとおどおどして、引っ込み思案だった彼女。
学院で少しずつ自信を付けていって、笑顔がきらきらしていて。
一度だけ見かけた模擬試合での彼女は、銀のレイピアを持って舞っているかのようで、凛として美しかった。
「まいったな。私が学院に入れればよいけれど、今、学院はよほどの理由がない限り、卒業生も入れなくなっている。君に頼るしか、ないのだけれど…。」
「僕も閣下のお役に立ちたいのですが…。あの、ちなみに、なぜ、彼女を?」
「こちらに取り込むためだ。連れ出したあとは私の妻に迎える。」
「リュー先輩の。そうでしたか。うーん。じゃ、何人かと協力して、傷つけるわけにも、いかないですね。」
「ふむ。…彼女は、あいかわらず、図書室に行っているか?」
「ええ。行ってるようですよ。以前にもまして、勉強熱心になってますから。」
「だったら。眠りの香を使えるかもな…。」
「香?」
「図書室で、彼女の近くに行くくらいは可能だろう?」
「それくらいなら。熱心に読んでいるので、隣に立っても気づかないって、エリザベスが呆れていたことがありましたから。」
「うん。なら、近くに行って、香をかがせろ。即効性だ。眠りに落ちるから抵抗されない。それなら、連れ出せそうか?」
「そうですね。図書室は試験前でなければ生徒が少ないし、彼女はかなり遅くまで残っていたはず。それなら、大丈夫そうです。」
「よし。決行日が決まったら、連絡しろ。学院の門の外で待っている。」
「承知しました。やってみます。」