ちょっとしたいじめ
車椅子での授業は特に何も支障がなかった。
欠席していた間の授業の遅れを心配したけれど、もともと、予習が先に進み過ぎていたので、まだここまでしかやっていないの?と、逆にびっくりしたくらい、余裕だった。
唯一、支障があったのは戦闘魔術の授業だけ。
さすがに見学させてもらうしか、ない。
まだ皆に交じって戦える体力はない。
何より、絶対にかすり傷一つ負ってはならないと、言い含められている。
「ソフィ。」
階段の下で、ジェニファーが呼んでいる。
「あ、ジェニ。」
「夕食前に、サロンでお茶しない?」
「あら、素敵。待って、今、降りていくから。」
車椅子は魔力で浮いて動く。
だから、階段もすーっと滑る感じで降りる。
階段を降りかけたとき、後ろから、小さな声が聞こえた。
「ヴェントゥス・バレット」
背中を、どん!と、つきとばされる感じ。
風の弾丸が当たったのだ。
ぐらっと、体が車椅子から離れて落ちるのを感じる。
「くっ!吹き上がれ、風よ!」
ぶわっと、下から、風が私を持ち上げる。
落下速度が緩くなり、床への激突は避けられたけれど、車椅子のことを、忘れていた。
床にゆっくり着地した私の足の上に、車椅子が落ちてきたのだ。
直撃こそ免れたけれど、車椅子の金属部分が足を掠る。
血がすーっと、流れた。
「ソフィ!怪我はない?ああ、切ったの?これくらいで済んで良かった、これくらいなら…。」
ジェニファーが青い顔をして駆け寄ってきて、それでも少しほっとしたように、そばに膝をつく。
「…ジェニ。悪いけど、スナイドレー教授を呼んできてくれる?」
「え?」
「今のわたくし…。血が止まらなく、なっているの。」
そうなのだ。
怪我をしないように、言われていたのに。
私の命をつなぎとめた薬の一つに、出血したら止まらなくなる副作用があった。
普通の治癒魔法ではダメ。止血の薬も当然無い。
その薬の副作用が消えるまで、最低2か月。
その副作用が怖いので、フィロスは3か月の休学を強く勧めていたけれど、私は怪我をするのは戦闘魔術くらいだから、それを見学することで、なんとか通学を許してもらっていた。
まさか、誰かに階段から突き落とされるとは計算外だ。
「えええ!なんで!?」
「薬の副作用、と聞いているわ。…止血できるのは、たぶん、スナイドレー教授だけ、のはずなの。」
「わ、わかったわ。呼んでくる!」
「何の騒ぎです!?」
突然、階段の上からオバレー副学院長の声が響いた。
「ソフィアが、階段から落ちて…。」
ジェニファーが立ち上がりながら説明しようとした時、
オバレー副学院長の後ろに立っていた人が、さっと階段を駆け下りてきた。
スナイドレー教授だった。
オバレー教授と一緒だったらしい。
「ソフィア!ちっ!あれほど、怪我には気を付けるようにと言ったのに!」
「ごめんなさい。」
「話はあとだ!」
抱き上げられ、あっという間に転移させられていた。
転移先は、ソル塔の、学院長の部屋。
「学院長!頼む。治癒魔術を!」
「ソフィア。出血したのか。困ったもんじゃ。…」
学院長が小声で何やら唱える。
足の傷が赤い光で覆われる。
傷口が焼かれるように痛い。かなりの激痛に、気を失った。