贈り物のピアス
2週間目には、支えてもらえれば立てるようになった。
フィロスの手を借りて、歩く練習をする。
ところが、転びそうになるたび、すぐ抱き上げられるので、練習にならない。
「ちょっと、大丈夫だから、降ろして!」
「無理しないでいい。もう練習は十分だ。」
「まだ1メートルも歩いてないのよ!」
マーシアがそんな私達の言い争いをうれしそうに見ながらお茶を入れてくれる。
マーシアにも、ずいぶん泣かれてしまった。
一人ぼっちだった私はもういない。
多くの人に愛されて、家族と呼べる人がたくさんいることを、しみじみとありがたく思う。
それでも、リハビリの甲斐があり、3週間目に入るころにはようやく1人でゆっくりとでも、歩けるようになった。
そこでそろそろ学院に戻りたい、と訴え、車椅子…魔石に魔力を籠めれば動く…を使うことを条件に、学院へ戻れることになった。
明日は、学院に戻る日。
私はフローラ様の部屋の書斎に来て、書き物机の抽斗をあける。
フィロスも一緒だ。
フィロスは私が戻ってきてから、全く片時もそばから離れない。
マーシアが私の身体を拭いて着替えさせてくれる時だけは廊下に出ているけれど、それ以外は、どこに行くのでもぴったりくっついてくる。
だから、フローラ様の部屋に行く時も、手を握って離してくれなかった。
フローラ様の部屋に、何か私がまたどこかに行ってしまうようなものが無いか、警戒しているかのようだ。
この机の抽斗。フローラ様に言われていたのだ。
ここにピアスを送っておくから。と。
フローラ様が言ったとおり、2つの真紅のダイヤモンドのピアスが抽斗の奥で光っている。
そのピアスを取り出して、フィロスに差し出す。
「これは?」
「これが、わたくしの、欲しかったもの、なの。」
「君の、命の代償か?」
フィロスの顔が、険しくなる。
「守りの、魔術具。」
フィロスに、微笑む。
「どうしても、あなたに、死んでほしくなかったから。」
「だからといって、君が死んだら、そんなもの意味がない。」
フィロスの左耳にそっと手を伸ばす。
左耳に嵌まっている銀のピアスを外し、代わりに真紅のダイヤのピアスを付ける。
「ソフィア!」
「…わかるでしょう?」
フィロスが、沈黙する。
「すべての魔術攻撃を、相手に返す…?」
「そう!」
もう1個のピアスをフィロスに渡す。
「わたくしの左耳に、付けてくださる?」
私の耳にはピアス穴が開いていない。
開けてもらわなければならないのだ。
「これは?守りの魔術具ではないようだが?」
「対の、石。」
「うん?」
「あなたのそのピアスは、あなただけに効果があるもの。そして、あなたが亡くなったら、砕けるもの。…わたくしのピアスは、あなたの石と対なので、あなたの石が砕けたら、わたくしの石も砕けるの。…そうしたら、わたくしはあなたのところにすぐ逝けるわ?」
「ソフィア!」
「止めても無駄よ?フィロス。あなたになら、わかるでしょう?あなたのピアスの石はレッドダイヤモンドじゃ、ない。わたくしの生命が籠って赤くなったダイヤモンド、だと。…わたくしの命はあなたと共にある。」
フィロスが、唇を噛む。
「ああ、わかる。君の魔力に全身を包まれている、感じがするから…。」
フィロスが私の左耳にそっと触れる。
「少し、痛むぞ?」
うなずく。
微かな痛みがして、穴をあけてくれたことがわかる。
そこに、ひんやりとした金属の感覚。ピアスが嵌まったのだ。
「あ…。」
フィロスも、はっとしたように、うなずく。
「このピアス、砕けるまで、はずせない、ようだな。」
次回からまた学院へ、舞台が移ります。