消えたソフィア
フィロスは屋敷に向けてペガサスに乗って天空を駆けていた。
「なんだ?あの光は?」
屋敷までもう少しのところで、彼は屋敷の真ん中…内庭があると思しき所から、金色の光の柱が天に向かってそびえているのを目にした。
「何が、起こっている?」
内庭には、フィロスも知らない結界が張られ、空からは直接、降りることができないようになっている。
そもそも、上空から見ても、内庭は見えず、屋敷の屋根しか見えない認識阻害がかかっている。だから、屋敷の屋根から光の柱が立っているように、見える。
屋敷の玄関前にペガサスで降りると、皆を起こさないよう、そっと速足で自室に向かい、寝室にとびこめば、タペストリーが上がっていることに気付く。
「ソフィアは、ここか?」
魔力を通して、扉を開けた瞬間、
「旦那様!大変でございます!」
グレイスが涙をぼろぼろこぼして、フィロスの腕をつかむ。
「お願いでございます!ソフィア様を連れ戻してくださいませ!」
グレイスが、すごい力で、フィロスを引っ張っていく。
「グレイス?ソフィアがどうした?」
書斎まで引きずられてくれば、窓の外は真っ暗なはずなのに、金色の光がまばゆい。
腕をつかんでいるグレイスの手を振りほどき、書斎のドアから内庭に飛び出せば、地面に魔法陣が浮かび、金色の光の柱が天に向かって立ち上がっている。
そして。
ソフィアの姿は、無い。
「グレイス!ソフィアは、どうしたのだ!」
「あの魔術陣の中に、消えました。ああ、あの、魔術陣。ああ、フローラ様のお命を奪った、魔法陣!」
「グレイス?」
「ソフィア様も、死んでしまいます。フローラ様のように、真紅に染まって。」
「グレイスっ!?」
「連れ戻してくださりませ。お亡くなりになる前に!」
グレイスは泣き崩れて、それ以上、話を聞けそうにない。
フィロスはぎりっと歯ぎしりして、魔法陣に近づく。
その光の中に入ろうとして、バチッとはじかれた。はじかれた場所のマントが焦げている。
マントを脱ぎ捨て、光の柱に手をそっと伸ばせば、同じく、バチっとはじかれて、手袋が焦げ、指が火傷したように赤くなっているのがわかった。
「グレイス。この中に入る方法は、わかるか?」
「ぞ、ぞんじませぬ。」
フィロスは、舌打ちをする。
魔法陣の文様を光の柱ごしに見るも、今までに見たことが無い文様だ。
「フローラ様と同じ、と言ったな?」
もしかしたら、フローラの書斎にあった本の中に、魔術陣の情報があるかもしれない。
彼は書斎に飛び込み、そこの机の上に自分の名前が書かれた封筒を見つけた。
ソフィアの文字、だ。
*****
フィロスへ
帰ってくる予定ですけれど、帰れる確率がとても低いので、わたくしはこの手紙をあなたに残します。
わたくしはどうしても欲しいものがあるので、異世界に行ってきます。
フローラ様のメモから、あの世界がとても危険な場所とわかっているけれど。
この手紙を読んだ時、わたくしの生死が不明でしたら、少しだけ、そう、少しだけ、わたくしを待っていてくださいね?
でも、ひと月経っても戻ってこなかったら…
あるいは、わたくしが命を落として戻ったときは…
あなたに黙って勝手なことをした、わたくしを忘れて、
どうか、あなたにふさわしい方と新しいご縁を結んで、くださいね?
きっと、そういう方が、必ずいるから。
そして、幸せになってくださいね?
わたくしの望みはただひとつだけ。あなたの幸せ。
わたくしの生命も、愛も、すべて、あなたのために。
全身全霊かけて、あなたを愛する、ソフィアより
*****
フィロスは、ソフィアの手紙をぐしゃっと握りつぶす。
目が血走っている。
「ソフィア!私を置いて死ぬなど、絶対に、許さぬぞ!」
棚に残っている本を取り出す。目を通す。
最悪だ。
どこに、あの魔法陣があるのか、わからない。
文字は流し読みし、魔法陣が描いてあるページのみ、目を通していく。
どれもこれも、該当しない!
置かれている本は10冊ほど。
しかし、どのページにも、庭に浮かび上がっている魔法陣らしきものは見つからない。
「グレイス!ここ以外には、ソフィアが調べていた本は無いのか?」
「ここにある本だけ、と存じまする。…あ、ソフィア様は、ここの本を持ち出せないから、とメモを取られていました。そのメモはこちらにございませぬ。」
フィロスは舌打ちし、普段用のソフィアの部屋へ駆け込む。
あちこちの抽斗をあけても、メモらしいものは見つからない。
綺麗に整頓されているので、メモがあれば一目でわかるはずだ。
見つかったのは、大量、かつ、あらゆる種類のポーションと、魔力を回復する虹色のお菓子が詰まった瓶。
彼のために用意されたものだと、すぐにわかる。
こんなもの。
ソフィアが居なければ、無用の長物なのに。
「学院の、寮室か?」
ぎりっと、歯ぎしりの音が、しんと冷えた部屋の中に響き渡る。
学院の寮室は、その持ち主が卒業または退学、または、死亡するまで、持ち主以外、誰も、学院長であろうとも、入れない。
フィロスは壁に両手の握りこぶしを激しく打ち付ける。
すーっと壁につたいおちる、血。
壁に頭をつけたまま、フィロスは慟哭する。
「頼む。帰ってきてくれ、頼む…。」