深夜の帰宅
深夜の寝室で、はっと、目を覚ました。
隣室…、フィロスの部屋で音がしたような、気がする。
ガウンを羽織り廊下に出れば、フィロスの書斎から明りが漏れている。
帰られた?
書斎の扉をノックする。
「入れ。」
入っていくと、背中を向けていたフィロスが、シャツを脱ぎながら、早口で指示を出す。
「フィデリウス、湯をこっちにくれ。」
フィデリウスと勘違いされたようだ。
「フィロス?」
思わず、声をかけると、ぎょっとしたように、フィロスが振り返る。
悲鳴を上げそうになって、口元に手を当てる。
「フィロス!また、怪我を!」
左肩から二の腕にかけて赤く染まっている。
出血は止まっているようだけれど、腕に固まった血がこびりついている。
「大した怪我じゃない。切り合ったときに、かすっただけだ。」
「フィロス様。」
後ろから、フィデリウスの声がして、振り返る。
お湯の入った盥を持っている。
フィデリウスから盥を受け取り、自分が手当てするから下がって休むように、言う。
フィデリウスがうなずいて下がっていく。
「ここに、座って?」
ソファにフィロスを座らせ、盥の湯にタオルを浸し、こびりついた血をぬぐっていく。
湯の中にはすでに薬が溶かされており、フィデリウスが主人の怪我に慣れていることを思わせる。
血をきれいに拭い、傷をあらためれば、確かに肩から二の腕にかけて表面が切れただけのようだ。
出血が意外と多かったのは、魔術剣で打ち合った際、魔力がぶつかったためだろう。
「癒しを!」
治癒魔術を傷にかける。
白い光が、フィロスの肩から腕全体を覆う。
光が消えたとき、傷跡は完全に無くなっていた。
「…起こしてしまったな。すまない。」
「そんなことより!なんで、また、怪我なんて…。」
「大した怪我ではない。」
「でも!」
「心配ない。奴らは全員、始末した。」
「奴ら?」
フィロスが、はっとしたように、口をつぐむ。
「…そんなことより、留守中、何も問題なかったか?」
フィロスを見つめる。
フィロスの瞳には強い意思が宿っており、何を言っても、何も教えてくれないことが、よくわかった。
腹立ちまぎれに、フィロスの手の甲をつねる。
「つっ!」
「心配をかけた罰です。」
ぷいっと、そっぽを向く。
と、ふわっと、抱きしめられる。フィロスの顔が、私の首筋に埋められている。
「すまない。」
その一言にいろいろな意味をくみとって、小さなため息をつきながらも、フィロスの背中に手をまわした。
「…お疲れ様、でした。帰ってきてくださって、うれしいわ。」
背中に回した手で、フィロスをやさしく、なでる。
こわばっている身体が、ほぐれていくのを感じながら。