グレイスに洋服を
フィロスの不在は1週間に及んだ。夏休みの残りも10日ほど。
フィロス不在中、ずっと、ソフィア様の部屋で本を解読して過ごした。
単なる写本ではなく、自分で理解できる形でメモを作りながら解読していったので、進み具合は遅いけれど、夏休みが終わったら一度中断しなくてはならないのが嫌で、わからないところは学院に戻ってから調べることにして、必要と思われる個所をどんどんメモしていく。
特に、どうしても知りたい、「反射機能を付けたバリア」に関しての情報を優先的に探して。
「お茶を入れましてございまする。一休みなされませ。」
グレイスが、ワゴンを押して入ってくる。
「ありがとう、グレイス。」
グレイスの入れるお茶は、マーシアに負けないくらい、とてもおいしい。
「ねえ、グレイス。あなたは、お茶を飲めない?」
「飲食はできませんです。わたくしめは、人形でございますので。」
「では、他の魔道具同様、魔力で動いているの?」
「さようでございますよ。」
「わたくし、あなたに魔力を注いだ覚えがないのですけれど?」
グレイスが、ふふっと笑う。
「この部屋自体が、一種の魔道具で、この部屋に居る人の魔力を少しずつ、吸い上げるのでございます。…ですから、公爵や夫人が入室されたとき、吸い上げた魔力で、わたくしめは、眠りから覚めるのでございます。」
なるほど、それで、フィロスと私が入室したとき、グレイスが起きてきた、というわけだ。
それにしても、魔力を吸い上げられているとは全く気が付かなかった。
グレイスにそれを話すと、おかしそうに笑われる。
「ほんの少しずつですから。…でも、この部屋で暮らして魔力切れを起こすような魔術師は、この部屋にそもそも入れませんよ。」
代々のスナイドレー公爵夫人は魔力が強い、ということなんだろう。
「ねえ、グレイス。あなたは白いお洋服がお好きなの?」
そう、グレイスは、真っ白い帽子、真っ白い洋服、かつ、髪の毛も肌も真っ白のため、全身真っ白なのだ。目の色も銀色なので、色味が全くない。
グレイスは不思議そうに、自分の姿を見る。
「フローラ様が、わたくしめを作られたときのままなので…。」
「フローラ様は、グレイスに、着替えの洋服を用意されなかったの?」
「そう言われれば、着替えはございませんね。」
ため息をついた。2000年間、ずっと、この洋服のまま?
「グレイス。あなたのサイズ、測らせてもらうわよ。」
一度、自室に戻って、メジャーをとってきてから、グレイスの体のサイズを測っていく。
「グレイス、あなたは、何色が好きなの?」
「好きな色、でございまするか?」
「ええ。洋服をプレゼントしてあげる。だから、何色が好きなのか、教えて?」
グレイスの目が、大きく見開かれる。
「わたくしめの、服を?」
「ええ。グレイスはとても美しいので、何色でも似合うと思うけれど、どうせなら、好きな色の方が良いでしょう?」
グレイスが泣きそうな顔をする。しばらく黙っていたが、
「…青と金、でしょうか…。」
「青と、金?」
「フローラ様の眼が青で、その眼の色をずっと見てきましたので。あと、金は、ソフィア様、あなた様の眼の色です。わたくしめに、再び、仕える喜びを与えてくださった、あなた様の。」
「えっと、他の色は?」
グレイスは、ふっと、目をそらす。
「わたくしめの世界は、ここだけなので、多くの色を…存じませんのです。」
はっとした。
「ごめんなさい、グレイス。わたくしの考えが足りなかったわ。…そうだ、ちょっと待っていて?」
自室には初めて屋敷に来た翌日にドレスを注文したときの、色見本帖がある。
分厚く、重いので、自分一人で持ち上げるのは大変だけれど、魔術を使えば持ち出せる。
「グレイス。こちらに、わたくしがドレスを作ってもらったときの色見本があるの。見てみて?そして、気に入った色があったら、教えて?」
グレイスが、机に置かれた色見本帖を見ながら、目をみはる。
「…世界には、これほどたくさんの色が、あるのですね…。」
私はグレイスに、急がないから、ゆっくり選んでほしい、とお願いする。