当主夫人の部屋
「ねえ、グレイス。この屋敷について、一つ聞いていい?」
「わたくしめが知っていることでしたら、何なりと。」
「この部屋を知っていれば、構造的に主寝室がフィロスの寝室とわかるけれど、ここは隠されているでしょう?でも、主寝室に夫人部屋がくっついていなければ、主寝室に夫人部屋の隠し扉があるのでは?と侵入者に怪しまれなかったの?」
「もともとは、当主の寝室には普通に夫人部屋に続く扉がありましたでございまするよ。」
「え?」
「今、ソフィア様がお使いの部屋と当主の寝室は扉でつながっていましたのでございまする。」
「ふさがれた、ってこと?」
「その通りでござりまする。1200年ほど前の当主夫人が当主を嫌っておりましてね。彼女の独断で、ドアを塗り固めて壁紙を上から張ったのでございまするよ。壁紙をはがした後、その下の下地をはがせば、塗り固められた扉が見えるかと。普通の壁紙の張替えでは下地までははがしませんからねえ。扉の存在に気付かなくても、全然おかしくはございません。」
「えっと。つまり、フローラ様の時代は普通の屋敷らしく、ちゃんと当主と当主夫人の部屋が寝室でつながっていたけれど、それは敵をあざむくためで、本当の夫人の部屋がグレイス、あなたのいる、ここ、ということ?」
「その通りでございまする。…まあ、扉をふさいだ夫人には、わたくしめが、ちゃあんと嫌がらせをして、この屋敷から追い出しておきましたけれどね。うふふふ。」
「そ、そうなの?」
怖い。
グレースの嫌がらせって何だろう?気になるけど、聞かないでおこう。
それにしても、私の部屋にはフィロスの寝室につながる扉が、元々、あったのか。
それはそうだ。
学生の私でさえ、主寝室はどこ?という疑問を持ったのだ。
当時の侵入者が、普通の屋敷にあるべき部屋がなければ、当主の寝室に何かがあると疑って、おかしくない。
主寝室がちゃんとあったのなら、フローラ様が夫人部屋で見つからなければ、屋敷のどこかに隠し部屋があると考えて、屋敷中を捜索したはずだ。
後日、フィロスに、その話を伝えた。
「君は、どうしたい?今のままでも良いし、扉を元通りに使えるようにしても良い。君の望み通りにしよう。」
「わたくしは、フィロスのそばにいつも居たいから扉が欲しいです。…フィロスが嫌でなければ、ですけど。」
「嫌ではない。…では、結婚後、ふさがれた扉を探して元通り使えるようにしよう。」