生活能力皆無な妹系幼馴染みの後輩が、家庭の事情で一人暮らしをするらしい。
するらしい、というお話。
詳しくはあらすじ参照ですが、あとがきにお知らせ書いておきます。
俺には二つ下の幼馴染みの女の子がいる。
幼稚園の頃から一緒で、毎日のように遊んでいたことから本当の妹のような存在だ。そんな彼女も今年からは同じ高校の後輩となる。
少しばかりおっとりとした部分もあるが、可愛らしい容姿をしているのですぐに人気者になると思われた。そのことに、ちょっとだけ寂しい気持ちがある。
だけど、これも時の移ろい。
俺たちの関係は、こうやって少しずつ変わっていくのだろう。
――などと、センチメンタルになっていた時だった。
「……え、比奈の両親が海外出張?」
「そうなのよ。なんでも、夫婦揃ってのことらしいんだけどね?」
春休みも半ばに差し掛かった頃。
夕食を摂っていると、母さんがそんなことを言った。
俺はみそ汁を啜りながら、ぼんやりと幼馴染みのことを考える。
「比奈は、どうするんだ?」
「あら、比奈ちゃんのことが一番に気になるのね。本当に仲良しなんだから!」
「バーカ、そんなんじゃねぇよ。……で、アイツも海外に?」
「ううん、比奈ちゃんは残るそうよ?」
「へぇ……」
これは、少し意外だった。
俺はてっきり高校入学も白紙になって、一緒に海外に行くのだと思ったから。
しかし、それとなると心配なのは比奈の今後の生活だった。彼女はどこか天然なところがあって、こちらから手助けをしていることが多い。
そのたびにヘラヘラと、蕩けた顔をするのだが。
果たして、それで良いと本人が理解しているのかは疑問だった。
「うーん……」
これは、入学式当日に迎えに行く必要がありそうだな。
俺はそう思いながら、自分で作った豚の生姜焼きを口に運ぶのだった。
◆
そんなわけで、当日。
俺は比奈の家――朝倉家の前に立っていた。
母さんの話によると、ご両親はすでに海外に出立しているとのこと。だから、この中にいるのは比奈一人だけ、というわけだが……。
「……おかしい」
俺は思わず、そう呟くのだった。
何故かというと――。
「さっきから、チャイム連打してるのに出てこない……」
そういうことだった。
先ほどから、十秒間隔ほどでチャイムを鳴らしている。しかし、幼馴染みが出てくることはおろか、返事すらなかった。俺はしばし考えてから、ドアに手をかける。
すると――。
「おい、待て……」
鍵が、かかっていなかった。
すんなりと開いたドアから中をそっと、覗き込む。
そうすると、いの一番に視界に飛び込んできたのは予想外の光景だ。
「な、なんだよこれ……!?」
そこにあったのは、物がめちゃくちゃに散乱した玄関。
それだけではなかった。あらゆる物が無造作に打ち捨てられているのは、ここだけの話ではない。進んでいくと分かったのだが、リビングも台所も、ほぼすべての場所が散らかっていたのだ。それらのことから、俺の脳裏には最悪の事態が思い浮かぶ。
「比奈……!!」
俺は大急ぎで、二階にある幼馴染みの部屋へと向かった。
走りにくい階段を駆け上がって、すぐ右手。そのドアを力強くノックした。
「お、おい……嘘、だろ?」
――反応は、ない。
ただ、鍵は開いているらしい。
俺は自分の喉が恐ろしいほどに乾いているのを感じながら、ドアノブに手をかけた。そして、ゆっくりとそれを開く。
すると視界に飛び込んできたのは、ある意味で想定外の光景だった。
「………………は?」
思わずそんな声が出る。
何故なら、取っ散らかった部屋の片隅にいたのは――。
「すぴー……ふにぃ……」
幸せそうに寝息を立てる、朝倉比奈の姿だったから。
肩までの長さで揃えられた栗色の髪。長いまつげに太めの眉。俗に言う可愛い系とされる整った顔立ちをした彼女は、苺がプリントされた可愛らしいパジャマをややはだけさせながら、眠っていた。比喩でもなんでもなく、そのままの意味で眠っていた。
「…………おい」
「ふにぃ……」
俺は苦笑いを浮かべつつ、声をかける。
だがしかし、比奈は一向に目を覚ます気配がない。なので、
「――おいこら、起きろ比奈!!」
「ぴえぇ!?」
耳を思い切り引っ張りながら、大声で彼女の名前を叫んだ。
そうするとようやく、比奈は天地がひっくり返ったかのような声を上げながら起きる。それでもまだ、どこか蕩けた顔をしているが。
俺はひとまず、そんな彼女に向かってこの惨状の説明を願おうと――。
「……あー……! マサ兄だぁ……!」
「ちょ、おま……!?」
したところで、寝ぼけた比奈に抱きつかれた。
俺は思わず尻餅をついたが、彼女にケガはさせずに済んだらしい。とにもかくにも、比奈がさっさと目を覚ましてくれないと話が進まない。
そんなわけで、そこからしばらく。
俺と比奈による攻防が始まるのだが、今回は割愛しよう。
◆
「えへへー……ありがとうね、マサ兄」
「いや、ありがとうじゃねぇよ……」
ようやくマトモに会話が可能になった幼馴染み。
そんな彼女が間抜けた笑みを浮かべているのを見て、俺は大きなため息をついた。パジャマ姿のままな相手に、若干気恥ずかしさがあるが話を進めなくては……。
「……で、この惨状はなんだ?」
俺は周囲の地獄絵図を見回しながら、そう訊ねた。
すると、比奈は不思議そうに首を傾げて。
しかしすぐに、頬を掻きながら笑って言うのだった。
「えへへ、お母さんいなかったらこうなっちゃった」――と。
…………は?
俺はそれを聞いて、一瞬だけ思考が凍った。
そして、改めて周囲を見て思い出す。
彼女の両親が海外へ発ったのは、一昨日の夜のはず。
つまり、ほぼ一日の間にこのような状況になったわけだが……。
「いやいやいやいやいや」
俺はそれを考えて、思わず首を左右に振っていた。
そんなこと、あり得るのだろうか。玄関のドアに鍵をかけず、家のあらゆる場所をこれでもかと散らかし、当の本人は健やかな寝息を立てているなど。
あり得ない。
普通なら、まずあり得ない。
「どうしたの? マサ兄」
「…………」
それなのに目の前の幼馴染みは、円らな瞳で見上げてくる。
小首を傾げて、ややはだけたパジャマ姿で。
俺は思わず手で目を覆いながら、深くため息をつくのだった。
そして、こう提案する。
「比奈……お前、飯はまだか?」
「うん! 昨日の夜から、なにも食べてないよ!」
「元気に言うなよ。……待ってろ、なにか作ってくるから」
なんだかんだ、登校時刻までは少しばかり余裕がある。
手早く食事を済ませて、比奈を高校に連れて行こうと思うのだった。
◆
「んーっ! おいしぃ!!」
――で、簡単な朝食を作った。
食パンと卵があったので、トーストとスクランブルエッグ。
相も変わらず散らかりまくっている台所は使いにくかったが、ついでに整理しながらどうにか時間内に完成させることができた。
朝からずいぶんと疲れたが、比奈の蕩けるような笑顔を見ると変に嬉しくなる。
もっとも、周囲に散乱した物が現実に引き戻してくるのだが。
「……それで、今日の準備はできてるのか?」
「うん、それは昨夜のうちに!」
「よかったよ……」
「どうしたの、マサ兄? そんなに安心した顔して」
「誰のせいだ、誰の……!?」
ひとまず、入学式の準備はできているらしい。
俺はそれに心の底から安堵して、空になった皿を手に取った。そして、
「それじゃ、さっさと制服に着替えろよ? もう行くぞ」
「うん、分かった!」
そう、言った瞬間だ。
「――ば!? なんで、いきなり脱いでんだよ!?」
「ふえ?」
比奈の馬鹿が、その場でいきなりパジャマを脱ぎやがった。
俺は思わず視線を逸らし、駆けるように部屋の外へ。
すると中から、彼女の声が聞こえた。
「あー、ごめんね。マサ兄だからいっか、って思って」
「良くねぇよ!?」
どうにも反省したのか分からない、そんな幼馴染みの声。
俺は顔が熱くなるのを感じながらしゃがみ込んだ。
そして、不意に脳裏に浮かぶのは――。
「…………!?」
子供の頃より明らかに成熟した、比奈の身体。
俺はその記憶を必死に頭の中から抹消し、どうにか立ち上がった。
アイツをそんな目で見るなんて、あり得ない。それに、あってはならない。
そう考えながら、俺はどこか浮ついた気持ちで台所へ向かったのだった。
◆
「……はぁ、ホントに一時はどうなるかと………」
「あはは~! どうしたのマサ兄、そんなため息なんかついて!」
「…………お前のせいだけどな、これ」
そんなこんなで、高校へ向けて出発。
どうにか間に合いそうなので、ゆっくりと歩いていると比奈がこう言った。
「それにしても、嬉しいなぁ……」――と。
それが、どのような意図を持った言葉なのか。
俺には分からなかった。
新生活への期待か、それとも……。
「ところで、さ」
そう考えていると、ふと忘れていた疑問が浮かんだ。
それを比奈にぶつけることにする。
「どうして、比奈は親御さんと海外に行かなかったんだ?」
俺の幼馴染みは、一人暮らしが壊滅的にできない。
これはきっと彼女自身も、薄々ながら感じていたことだろう。
それだというのに、どうして比奈は海外出張について行かなかったのか。俺にはそれが、疑問で仕方がなかった。
だから、それを彼女に訊いたのだが……。
「え? あ、えー……っと、ね?」
どういうわけだろう。
比奈は途端に耳まで真っ赤になって、うつむいてしまうのだった。
俺は答えを急かすことなく、じっと待ち続ける。しばしの沈黙が続いてから、ようやく幼馴染みは面を上げた。
そして、どこか蕩けるような笑みを浮かべてこう口にする。
「ひみつ……っ!」――と。
幼馴染みは、少し小走りで先を行く。
こちらを振り返って、また笑顔。
俺はそれを見て、つい小さく笑んで思うのだった。
「まぁ、いっか……」
これから、こんな日々が続くのだろう。
少し大変かもしれないが、どこか心地良い気もした朝だった。
※ご報告
あらすじと内容が被りますので、手短に。
物語の先が気になるというご意見を鑑みまして、作者は現在、大慌てで連載版の準備を進めています。おそらく本日(2021年9月8日)の19時にスタートしますので、よろしくです。
投稿開始いたしましたら、下の方にリンクを貼っておきます。
よろしくお願いいたします。
――――
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