22話:アンリの優しさ
「ねぇ、ほんとにこっちで合ってるの?」
アルゲース領からだいぶ離れた山の奥を二人で進んでいると、アンリが不安そうに聞いてくる。
「うん、ギルバードに渡された地図的には、こっちで合ってるはずだけどな」
俺は地図を見ながら、そう答えた。
「でも、なんでギルバードはこんな場所にダンジョンがあるなんて知っているのよ」
アンリは疑問をぶつけてくるが、俺もそれは分からない。
「俺も知りたいよ、アンリは能力とかで考えとかは読めないのかい?」
「わからないわよ! 私がわかるのはちょっとした感情を読むことくらいよ……何を考えてるかまでは分からないわ」
そりゃそうだ、考えまで読めたら、俺がクオンだと言う事も分かると言う事だしな。
だが安心した、やはりアンリは強い感情や感情の揺らぎが分かると言った、心の表層の部分しかわからないらしい。
「そうなんだ、相手の考えていることまで、分かれば便利なのにな」
「便利なことじゃないわ……相手の心が分かるっていうのは……」
俺の言葉を聞いて、何故かアンリは悲しそうな顔をしていた。
(やべ、余計なこと言ったか?)
俺はやってしまった、と頭を抱える。
「ハハハ、そうだよな、そんな便利なもんじゃないよな……」
俺がそう言うが、アンリは無言だった。アンリの纏う空気は重く、暗い。何か地雷を踏んでしまったようだ。
「……と、とりあえず目的地に向かおうか」
それから俺たちは無言のまま、目的地の闇のダンジョンに向かった。
――――
地図に書かれた場所に行くと、そこには祠のような建物があった。祠の近くには、数人が入れそうな穴があり下に続く階段がある。
「ほんとにあった」
「そうね、早く行きましょう」
俺の言葉にアンリは返事をする。
時間が経ったのもあったのか、いつも通りのアンリに戻っている。
「うん、そうだね」
俺とアンリは穴の下に続く階段を下りていく。そして大広間に出ると、そこには5つの扉が合った。
闇のダンジョンに入るのは初めてだが、普通のダンジョンと同じならば一番右の扉から順に難易度は、普通級、希少級、特別級、伝説級、神話級だろう。つまり、今回、俺たちが行くのは、一番右の普通級のダンジョンだ。
「準備はいい?」
俺が一番右の扉に手を掛ける。
「ええ、大丈夫よ」
アンリがそう言うのを確認すると、俺は扉を開けた。
瞬間、空気が重くなり、呼吸がしにくくなる。負の魔力の影響だ。
しかし、いつものダンジョンよりも負の魔力が強いような気がした。闇のダンジョンであるこのダンジョンは特別なのだろうか?
「アンリ、息苦しいとかはないかい?」
俺が後ろに居るアンリに声を掛ける。
「ええ、大丈夫よ……それよりも、いつもよりも体調がいいような気がするわ」
普通の人ならば、負の魔力は身体に悪影響を及ぼす。
魔力の少ない人などはダンジョンに入ると死んでしまうほどだ。なので冒険者ギルドでは、ダンジョンに入ることを許可されるのはD級以上の冒険者のみとされている。
つまり、負の魔力の強いダンジョンに入って体調がいいというのはおかしい。
(これもアンリの持つ『原初の魂源』の力か? まあ、今は考えても仕方がない。とりあえず、奥に進むとするか)
俺はそう考えて、アンリに話し掛けた。
「それならよかった。じゃあ、とりあえず奥に進もうか」
「うん、わかったわ」
俺たちは奥に向かって進んでいった。
そして、少し奥に進むと、そこには黒い体の一mほどの人型のモンスターがいた。頭からは二本の羊のような角が生えていて、背中には小さな蝙蝠のような羽が生えている。まさしく悪魔と言った見た目をしている。
「初めて見るモンスターだな」
「ええ、そうね、でもあまり強そうではないわね」
アンリは言う通り、あまり強そうではない。そして、試練のボスモンスターではないため、魔法を使うことも出来ないだろう。
「ああ、だけど油断はしないほうがいいぜ」
「言われなくてもわかってるわ」
アンリはそう言うと、槍を構える。その姿は上級者のようで様になっている。
(この一か月でかなり上達したものだな、やはり才能はかなりのものだな)
悪魔が急にアンリの方向に向かって動き出した。
「気を付けろ!」
俺がアンリに注意をする。その瞬間、悪魔は頭から真っ二つになった。
アンリが槍を振り落としたのだ。
魔力を纏い魔力浸透をした槍の一撃は、黒い閃光のようだった。
「心配されるまでもないわよ」
「どうやら、そうらしいな……俺よりも実力は上なんじゃないか?」
「あら今更? もう、あなたに教わることも無いわよ」
アンリは俺にそう言うと、奥に進んでいった。
(注意する必要は無かったようだな、だが、流石に傲慢が過ぎるよな……どうしようかな)
俺こと、ネオの実力じゃ、もうアンリに教えることが無くなってきていたのは事実だ。彼女は天才だったからだ。
だが驕り油断することはダメなことだ。
強くなり、驕り始めてしまう気持ちは分かっている。俺も戦争の時は、傲慢であった。敵の実力も分からないうちに中隊長挑み、仲間を失ったことがあるからだ。
「アンリ、少し強くなったからって、上には上がいるんだぞ」
俺の言葉を聞いて、アンリは振り返った。
「確かにそうかもね、でも今の私はネオよりも強いわ……それに私は今の実力じゃ満足していないわ、あなたに言われなくても、そんなことは分かっているつもりよ」
どうやら、アンリは驕りはあるが、油断はないようだった。
「それならいいけどさ、なんていうか酷くないか? 俺一応師匠だぞ?」
俺はこの一か月の間、暇なときはアンリに槍や魔力操作の修行をしてあげていたのだ。それなのにアンリには全く尊敬と言うものが無い。
確かに演じている俺自身でも、ネオは頼りにならないとは思うが、それでもあんまりだと思う。
「あら、でも、もう私よりも弱いのだから師匠とは呼べないわね」
アンリはそう言うと俺に「ふふ、冗談よ」と微笑みかけた。
どうやら今までのは冗談を言っているだけだったらしい。
「これでも、あなたには感謝はしてるのよ」
「それならよかった」
「でも、私より弱いのは事実だしね」
アンリはそう言って笑った。確かにネオの実力は今の彼女よりは無い。だがそれは演技だしな。
「ハハハ、そりゃないだろ! でも実は俺って強いんだぜ?」
アンリは俺の言葉を聞いて、「はいはい、自信家なのは分かってるわよ」と言って笑いながらも、呆れていた。
「でも、あなたはいつまで私の護衛をするつもりなの? 私よりも、もう弱いのだから、もっと上の実力を持ったクオンとかが来るべきじゃないの?」
そのクオンが俺だと言ったら、アンリはどんな表情をするのだろうか。まあ、俺がクオンとして、表舞台に顔を出し過ぎると、教会の動きがわからないため、それは出来ないことだ。
だけど、アンリに教えるくらいはデメリットではないだろう。
「まあね、だから実力を持った俺が君を護衛しているんだけどね」
アンリは俺の言葉を聞いてため息を吐く。
「はぁ、だから、その自信はどこからくるのよ……そんなんだからギルバードとかに馬鹿にされるのよ」
「ギルバードが?」
俺が聞き返すと、アンリはハッとした顔になる。
「あ、なんでもないわ、気にしないで、……馬鹿にするって言うよりは、あいつは面白いなって笑っていただけだと思うわ」
どうやら彼女は、俺が陰口を言われているのを知っていないと思っているようで、俺が傷つかないようにと気を遣っているようだった。だが俺はそれを知っているし、それを気にしていない。
「なるほどね、俺はイケてるし、最高に面白いからな」
「きっとそうね」
(アンリは優しいんだな……こんな少女を不幸な目に合わせるわけにはいかないな)




