21話:ギルバードの作戦
「さて、そろそろ帰ろうか、作戦会議もあるしね」
ギルバードは周りのメンバー達にそう伝えると、席から立ち上がった。その時、周りから声が掛かる。
「ギルバード、一ヶ月後の『隻眼の竜』との全員参加のフラッグ戦、勝機はあるのか?」
酒場を出ていこうとするギルバードに、周りの冒険者がそう問いかける。
ギルバードは、その言葉を聞き周りを見渡すと、右手を天に突き上げ、拳を強く握りしめる。
「ああ、もちろんだとも。そして宣言しよう、僕がこの街のトップ冒険者になる事を!」
そのギルバードの姿は、まさに威風堂々という言葉のままだった。
そして、その自信満々な雰囲気と言葉に、酒場は熱狂する。
「うおぉーよく言ったなギルバード! 俺はギルバードに500ゴール賭けるぜ」
「流石、若手No.1にして、15歳で特別級になった男だな! 俺はギルバードに1000ゴール」
「俺は400ゴールだ」
「じゃあ、俺は『隻眼の竜』に300ゴールだ』
「俺も隻眼の竜に2000ゴールだ」
冒険者たちは既に、クラン戦でどちらが勝利するか、賭けを始めているようだった。ちなみにゴールというのはこの国の貨幣だ。1ゴールで食事一回分ほど、市民の平均月収は500ゴールほどである。
盛り上がる酒場の中、ギルバードに引き続きながら『ランカーズ』のメンバー達も立ち上がり、クランハウスへの帰路についた。
――――
「さて、作戦会議を始めようか……勝つためにはまずは戦力強化が必須だ。流石に今の『ランカーズ』の戦力で『隻眼の竜』と総力戦をしても、勝つのは難しい」
クランハウスに帰ると、ギルバードはクランメンバーたちと作戦会議を始めた。俺は空気に徹しながらも、しっかりと話を聞いていた。
「確かにね……でも、なんで全員参加のフラッグ戦なんていう馬鹿げた条件を受け入れたの?」
メリッサの質問にギルバードは答える。
「それは魔力のためだよ……『ランカーズ』は一ヶ月前のゴーレム討伐の影響で、ほとんどのメンバーが特別級にあと一歩及ばないまでも、多くの名声を手にした……つまり、あと一押しで特別級の試練を受けられる魔力量に手が届く――」
俺はギルバードの言葉を聞いて驚いていた。
(こいつはまさか、ティリスのように世界の真理を知っているのか?)
ギルバードが魔力量についての秘密を知らないのであれば、彼の口からこのような発言は出ないだろう。
「――そのために敢えて不利な条件のクラン戦を受け入れたんだ。そして開催までの期間を一ヶ月間設けたのも、皆が特別級の試練を受けるためだ。そうする事で、皆が特別級に昇格してからクラン戦が出来る。」
俺はその後の話も聞き、その疑問が確信に変わった。
(こいつは知っているな、魔力が神に認められることで増えるのではなく、周囲の人から期待を向けられることで増えることを……何故知っている? もし、自力で知ったとすれば、こいつはティリスと同等の天才だ)
この世界では、神に認められる偉業を成し遂げることで魔力が増える、と一般的にはそうされている。そしてこれを疑う市民はほとんど存在しない。しかし、今のギルバードの発言は、魔力量が神に認められることで増えるのではなく、周囲の人に認められる事で増えるということを明らかに知っているようだった。
「なぁ、魔力量って神に認められて増えるもんじゃないのか?」
俺は何も知らない素振りを見せ、ギルバードにそう問いかける。
「それは私も思ったわ」
同様にアンリも疑問に思ったようだ。
ギルバードは俺とアンリを正面から見定める。
「その情報は正しくない……この世界の一部の情報は正教会によって操作されている、偽りの情報だ。そして、魔力量もそのうちの一つだよ……魔力量というのは本来ならば、周りから認められること、つまり名声値を稼ぐことで増えるんだ」
「じゃあ、なんでその魔力量の真実をギルバードが知っているんだ?」
俺は魔力量のことを知らない設定を装い、純粋な質問をし、探りを入れる。
「それは秘密さ」
しかし、ギルバードは惚けた。
(やはり、こいつは……こいつらは何かを知っている……でもどこまで知っているんだ? ティリスが調べてもこいつらに怪しい繋がりは無かった……何故知っている?)
俺は『ランカーズ』と過ごす時間が長くなれば長くなるほど、疑問が増えていた。
「さて、話が逸れたが、これからの予定を話すことにしよう……僕以外のメンバーも、特別級魔法師なるため、数日後からネオとアンリを除く16人でダンジョンに行くことにする」
「俺たちはどうするんだ?」
「それも考えてあるから、少しだけ静かにしていてくれ」
ギルバードは話の腰を折られ、少し不機嫌そうに言う。
「ごめん」
「いや、いいんだ……ただ、いちいち質問はやめてくれ、君は黙っていればいいんだよ。周りに情報を流さない限り力を与えてやる約束だろ?」
(これ以上質問をして、機嫌を損ねるのはまずいな)
そのようなギルバードの雰囲気を感じ、俺は少しの間探りを入れるのを控えようと誓う。
「うん、そうだったね、これからは気をつけるよ」
「わかればいいんだよ……それで、属性ごとにグループ分けをしようと思う……各々のリーダーは、火属性はアレン、水属性はメリッサ、風属性はメリエル、雷属性はボブ、そして地属性だが、僕がリーダーになる。もう僕は特別級に昇格したから、聖のダンジョンに行く必要はない。それにこのクランには聖属性は僕とネオの二人だけだからね」
ギルバードは既に特別級になっているので、聖のダンジョンに行かなくてもいい。そしてネオこと、俺も、魔力量がまだ足りていない設定のため、ダンジョンに行かなくてもいい、つまり今は聖属性のグループを考える必要がない。
そして、ギルバードはクランメンバーのグループ分けを終えると、俺たちの方を向く。
「そして、残ったネオとアンリは、二人でグループを作ってもらうことになるけどいいかな?」
「もちろん、俺はむしろ嬉しいね」「……まあ、大丈夫よ」
俺が嬉しそうな演技をしながらアンリを見ると、彼女は嫌そうな顔をしながらも頷いた。
「よし、これからはこのグループごとにダンジョンに行くことにする。そして各自、特別級になってくれ」
どうやらギルバードは、同じ属性ごとのメンバーをグループに分け、それぞれ対応する属性のダンジョンに行かせるようだ。俺はこの作戦には合理的な理由が二つあると考えた。
一つ目は、一ヶ月の期間内に全員を特別級にするためには、グループに分かれて試練を行わなければ、時間的に間に合わないということ。
二つ目は、普通級以降の試練を受ける場合、それに対応する属性の加護を持っていれば、加護により対応する属性の耐性が身につくため、クリアが楽になるということ。つまり、同属性ごとにグループ分けをして、試練に行かせるのは効率的なことである。
例えば、火のダンジョンの希少級試練を受けるとする。その場合、敵のボスモンスターは火の希少級魔法を使ってくる。その時に火の普通級の加護を持っていれば、火の耐性がある分、敵の魔法の威力軽減に繋がる。その結果、少し楽にクリアすることが可能になる。
――加護を強化すると、その属性の根源自体に近づく。故に、属性を魔法として使うこともでき、その属性の耐性も上がるのだ。
(こいつはやはり頭が回るな……危険だな)
俺はニコニコしながらもギルバードを見つめた。
「そして、アンリとネオには闇のダンジョンに行って貰おう」
その言葉を聞いて、俺とアンリは「え」と驚く。
「待ってくれ、まず、前に教えられた闇のダンジョンの存在は知っている。でもそれはどこにあるんだよ。それに二人だけで行くのは危険じゃないか?」
しかし、俺の言葉を聞きつつも、ギルバードは「大丈夫だ」と言う。
「教会に支配されていない闇のダンジョンの位置は、僕が把握しているから、それを教える。そして、二人でダンジョンに行くことに関しても大丈夫だ……」
ギルバードはそう言うと俺に指を刺す。
「ネオ君はもう聖魔法をある程度は扱えるようになったのだろう? 闇属性に特攻がある聖属性ならば、普通級ならば楽にクリア可能だ」
確かに、聖魔法の普通級魔法である回復《ヒール》や光付与《エンチャントホーリー》が使えれば、闇の普通級ダンジョンを楽にクリアできるだろう。だが、
(それは俺が本当に聖魔法を使えればな!)
俺は声に出してツッコミたい気持ちを抑えて、心の中でツッコむ。
そして、解決策をギルバードに提示する。
「だったら、ギルバードも一緒に闇のダンジョンに行った方がより安全なんじゃないのか?」
俺の言葉を聞いて、ギルバードは「その通りだ」と頷く。
「だが、このクランには地属性が一人しないないんだ……流石に一人で特別級のダンジョンクリアは不可能だ。だから僕は地属性のダンジョンに着いていかなければならないんだ……」
ギルバードの言う通り、『ランカーズ』には地の適性を持つ人間は一人しかいない。それに着いて行かなければならないのはもちろん承知だ。だが、たとえその試練を終えてからでも、普通級の試練をクリアする時間は十分にあるだろう。
「でもさ、地の特別級の試練を終えたあとでも、闇の普通級くらい、パパッとクリア出来るんじゃないのか?」
俺の提案に、ギルバードは「確かにそうだ」と呟く。
「でも、クラン戦の時にアンリには闇属性でやってもらいたいことがあるんだ……」
その言葉を聞いて、アンリは首を傾げる。
「私にやってもらいたいこと?」
「ああ、そのことはまた後で話すよ……だから、そのためにアンリには、なるべく早く加護を手に入れ、魔法を使えるようになって欲しいんだ」
俺は質問をするために手を上げる。それを見て、ギルバードは「どうぞ」と言った。
「だったら、先にギルバードが手伝って闇のダンジョンをクリアしてから、地のダンジョンに着いていけばいいんじゃないか?」
ギルバードは顎に手を当て、「確かにそうだね」と言った。
「でも、普通級くらいなら、君たち二人でも充分にクリア可能だと思うんだけど、それでもダメかい? それとも、何か闇のダンジョンに行きたくない理由でもあるのかな?」
ギルバードの優しいそうな雰囲気が一変し、鋭い目が俺を射抜く。
(これ以上粘るのは面倒だな、ここらで食い下がることにしよう)
「そうだよな! まあ、俺に任せておけ!」
俺が納得したのを見て、ギルバードはニコニコしていつもの優しい雰囲気に戻った。
「うん、頼んだよ」




