20話:隻眼の竜クランマスター
ギルドに隣接する酒場、『ランカーズ』のメンバーたちは酒を片手に騒いでいた。
「俺たちのマスターは、貴族の生まれでもないのに、たった15年で特別級魔法師だぜ!」
「そして、俺たちは希少級魔法師だからな! やっぱり俺たちはそこら辺のモブキャラとは違うね」
「『ランカーズ』万歳」
メンバーたちが、周りの冒険者たちに自慢するかの如く大声で話す。それを聞いて冒険者たちもざわめき出した。
「チッ、なんだよ、あいつら、ぽっと出のガキの癖に調子乗りやがって」
「でも、実力は本物だから、誰も文句は言えないよな」
「『隻眼の竜』に負けちまえばいいのにな」
「『隻眼の竜』は最大規模で数百人が所属するギルドだが、それに対してあいつら一人一人がめちゃ強くて少数精鋭だって噂だぜ、それにA級二体を同時討伐している」
「『隻眼の竜』に勝ち目はあるのか?」
「『ランカーズ』は特別級一人に、残りはほとんど希少級だ。『隻眼の竜』は特別級一人に、希少級は数人、残りは普通級、もしくは魔法無し。『隻眼の竜』が質で勝つのは難しいだろうな」
どうやら、周りの冒険者たちは、もう既に『隻眼の竜』と『ランカーズ』がクラン戦をするのを知っているようだった。
そんな大騒ぎの中、急に酒場の入り口が開いた。
「おうおう! 俺様のお通りだぜ」
右目には傷があり隻眼、赤色の髪を刈り上げ、坊主の2m近い、大男、その後ろには数十人の冒険者たちを引き連れている。
「おい、『隻眼の竜』のクランマスターのリンドだぜ」
「『ランカーズ』もいるのにどうなるんだよ」
「ここで乱闘が始まるのか?」
周りの冒険者たちが、『隻眼の竜』のクランマスターでもあり、冒険者の実質的なトップと言えるA級冒険者にして、火の特別級魔法師のリンドを見て驚きの声を上げる。
そして、酒場に入ってきたリンドは『ランカーズ』が居る方向を見て、ギルバードを見つけると、彼の方に向かって歩き始めた。
リンドの歩みと共に、酒場の空気が緊張感に包まれる。
「よう、久しぶりだなクソガキ」
リンドがギルバードの目の前に行くと、ギルバードを睨みつけ胸倉を掴んだ。リンドからは怒気が溢れる、しかし、対照的にギルバードは飄々とした態度だった。
「久しぶりですね、リンドさん。三年前はクランに入るのを断ってすみません。ですが、あなたたちの『隻眼の竜』はこれ以上成長はしないと思ったのです。当時の僕の目には魅力的に映らなかった」
その煽るような言葉に、リンドのこめかみに青筋が立つ。
「てめぇ! 特別級になったからって調子に乗ってるなよ! どうせまだ特別級魔法を使えこなせていないはずだろ」
その言葉をギルバードは鼻で笑った。
「ハッ、面白いこと言いますね、確認してみます? 数年間成長していないあなた以上に、特別級魔法を使いこなせる自信がありますよ」
「てめぇ、ぶっ殺す」
リンドはついに我慢出来なくなり、ギルバードの顔を殴りつけた。
しかし、その攻撃はギルバードの顔を通り過ぎて、後ろのテーブルに当たる。
テーブルが粉砕され、木片が飛び散る中、リンドは呆然とする。すると後ろから声が聞こえた。
「これがあなたとの差ですよ……クラン戦をするのでしょう? その時にこれ以上の証明して上げますよ」
リンドが後ろを振り向き、コケにされたことで殺気を見せる。
「クソガキ!!!! 今のは聖の特別級魔法の『幸福』かぁ!……いつ使った!?」
その問いかけに、ギルバードは手を上に挙げて惚ける。
「さぁ? そんなことよりも、決めなくてはいけない事があるでしょう? あなたはクラン戦を申し込んで来ましたよね、さて、いつ、どのような形式でやりますか?」
ギルバードの食えない態度に、リンドは頭が怒りに支配されそうになるが、ここに来た本題を思い出し、ぐっと我慢をして話し始める。
「クソガキが…………フラッグ戦でどうだ? クランメンバー全員参加型のだ、場所は冒険者ギルドに決めてもらう」
リンドの言うフラッグ戦とは相手の陣地にある旗を取った方が勝ちというルールのクラン戦だ。そして、必然的に人数の多いクランの方が有利だ。しかも、全員参加型なので、『ランカーズ』は18人のクラン、『隻眼の竜』は数百人規模のクランだ。18対数百人。『隻眼の竜』側が、圧倒的に有利なのは目に見えている。
「はぁ? その条件が通ると思っているの?」
しかし、ギルバードの隣に居るメリエルが、その不条理な条件に声を上げる。しかし、リンドはニヤっとして、反論をする。
「まさか、自信満々で、新進気鋭の『ランカーズ』様が条件にいちゃもん付けないよな? そんなことしたら、クランの名声に傷が付くもんな」
「あなたたちこそ、そんな不条理な条件を出して、名声に傷が付くのはどちらかしら?」
「傷ならお前らに充分付けられているぜ、そして、お前らを潰せば、アルゲース領で俺様たちに盾突く奴らはいなくなる。そうすれば名声なんて、また自然に俺様に集まるようになるさ」
卑怯なリンドの考えを見て、メリエルは嫌な顔をした。
「うわー、所詮序盤のモブキャラだね、きもすぎ……ギルバードもこんな奴の言う事なんて聞かなくていいんだよ?」
「調子に乗るなよ? ギルバードの糞でしかない雌ブタがよ……お前らを潰したら、男は奴隷に落して、女は俺様たちが便器に使った後に、娼館に売り払ってやる」
「はぁ、私は別にギルバードが居なくても強いしな? それにそんなことほんとに出来ると思っているの?」
メリエルとリンドの言い合いを聞きながらも、ギルバードは顎に手を当て、思考をしている。
「……リンドさん、別にその条件でクラン戦を受けてもいいでしょう」
そのギルバードの言葉に、酒場内は盛り上がる。
「「「おお!」」」
「やるじゃないか、『ランカーズ』!」
「流石は若手の癖して、ゴールドクランなだけあるな」
そして、リンドはニヤつく。
「ガハハハ、馬鹿かお前は、そういうプライドがあるやつは潰されるんだよ、黙って三年前に俺様のクランに入っていればいいものの」
「ギルバード! 流石にリスクが大きすぎる」
「……ただし、開催時期と報酬は決めさせてもらいます」
ギルバードの言葉にリンドはニヤつきを抑え、真剣な顔になり思考をする。
「俺たちがどうせ勝つんだ、その条件でいいだろう……ただし、開催が一年後とかは無しだ」
リンドは負けるリスクは少ないと思ったのか、ギルバードの条件を呑んだ。
「ああ、大丈夫です……開催時期は一か月後、報酬は……勝利側が相手のクランの全てを貰うでどうでしょう?」
「「「「「おおぉぉぉ!!!!」」」」」
ギルバードの大胆な報酬提示にギルド内は、沸き熱気に包まれた。
「ふん、馬鹿かお前は? まあ、その報酬は逆に有り難いがな」
負けるリスクが高く、ハイリスクハイリターンの賭けをするギルバードを見て、リンドは馬鹿にした目線を向ける。だが、まだギルバードは言う事が残っているようだった。
「そして、まだ報酬はあります……クラン戦後のクラン運営に支障をきたさないように、相手クランのマスターの命もプラスで掛けましょう」
その言葉に、騒がしかった酒場の中がシーンとした。
「お前は狂っているのか? ホントにお前たちに勝ち目があると思っているのか?」
リンドが狂った者を見るような目で、ギルバードを見つめる。しかし、ギルバードの目は真剣で狂気を一切纏っていなかった。
「ふん、狂っているわけではなさそうだな……ただの自分が神に選ばれたとでも思っている勘違い野郎か……興が冷めた、行くぞお前ら、そして、ギルバード、精々首を洗って待ってろよ」
そう言って、リンドたち、『隻眼の竜』は酒場から出ていった。




