18話:物語は動き始める
アルゲース領、『ランカーズ』クランリーダー室。そこでは16人の男女が話し合いをしていた。
「ミスリルゴーレムとマジックゴーレムを討伐した『偽りの英雄』の正体が誰なのか、まだ分からないのかい?」
金髪、優男風の男。ギルバードが、クランメンバーたちに質問をする。
「いや、いろんなコネを使って調べてはみたが、分かったことは一つしかない。メラレーン戦争の時に奴隷兵として参戦したらしい、と言う事だ」
クランメンバーの一人がそう答えた。
「なるほどね……戦争時のことは何かわかるかい?」
「戦争の時は確かに強かったらしい。だが一度、帝国の中隊長に負けている。しかし、その直後の再戦では、中隊長を圧倒して倒したらしい……その後の臍の攻防戦では圧倒的な知略を見せ、帝国兵や、仲間の王国軍でさえも欺き、帝国兵に甚大な被害を与えた作戦を成功させたらしい」
その言葉に、ギルバードは少し考え込んだ。
「圧倒的な知略か……それは面倒だな」
ギルバードは武力よりも、知略の方が厄介だと考えていた。
「それに、中隊長に一度負けた直後の再戦では圧倒したということは、力を隠していた……もしくは、『魂能』に目覚めた、ということか。だが『魂能』に関しては、もうすでに『魂能』持ちの15人の存在は確認出来ている。つまり、あり得るのは力を隠していたということか……だが、何故だ?」
ギルバードは顎に手を当て、さらに思考を深くさせる。偽りの英雄は白髪である、つまり力を隠していた力というのは、時空魔法のことだろう。
「奴隷だから、時空魔法が使えるということをバレたくないのか? いや、待てよ? 奴隷だから時空魔法を隠しているというのはおかしい……何故なら、この世界では、聖教会が時空のダンジョンを支配している。であるからして、権力者、もしくは聖教会の関係者でなければ、まず加護を手に入れることすら不可能であろう……つまり、偽りの英雄は元々奴隷などではなく、権力者の関係者なのか……」
ギルバードのその呟きに、ギルド内は「その通りだな」と同意の声を上げる。
「やはり、この世界は、FO時代とはいろいろ変わりすぎている……」
「確かにそうね。例えば、『亜人殺しの剣神』は天使の羽を持ち、凄まじい剣技を使う。つまり、この人物はルシファーである可能性が高い。でも何故、亜人のことを一番に思っているルシファーが亜人殺しなどを……」
メリッサが、FOとの相違点を並べ始めた。
「それに、『偽りの英雄』クオン。『湖の魔女』こと、『王国の神童』フェール・タラッサ。この二人はまず王国には存在しない英雄ね……でも、フェール・タラッサは『嫉妬』の力を使ったティリスの可能性が高い。事実、ティリスの名をこちらに来てから一度も聞いていないのはおかしいわ」
「ああ、そうだね……逆に王国に存在しないのは、『王国最強』こと、『雷槍』フィン。だろうな……だが、フィンが王国にいないのはかえって好都合だ。FO時代は、あいつのせいで何度、アンリを失ったかわからないからな……」
ギルバードとメリッサの高度な推測はまだまだ続く。
「――ところで、偽りの英雄が手柄を譲ってくれたお陰で、僕の名声値が特別級の規定量に達したのだけど、アレンたちはどう?」
ギルバードが話を切り替え、アレンたちにそう聞いた。
「私はギリギリ足りなかったわ……」
「まだ不可能」
「俺ももう少しだな」
メリッサとキャロとボブは、特別級のダンジョンの試練を受けるために必要な魔力量の規定値には、まだ達していないという。しかし、アレンはそのことを忘れていたようで、慌てている。
「あ、そういえば、見てなかった――」
「ハハ、何やってんだよ」
ボブが少し抜けているアレンの姿を見て笑う。それに誘われ、周りのクランメンバーたちも笑顔になり、緊張感の漂うクランリーダ室が、和やかな雰囲気に変わった。
「――ステータス」
アレン
魔力量:B
身体能力:C
魔力操作:B
精神力:D
魔法:火の希少級魔法
剣術:D
目の前にステータス画面が表れた。アレンはそれを見て、喜びの声を上げた。
「おお! よっしゃ! 魔力量が上がってたぜ」
その声に、クランメンバーたちは喜びの声を上げた。ギルバードも笑顔を見せ、アレンに声を掛けた。
「……いい調子じゃないか、ゲーム内のペースならば俺たちが最速だね」
「ああ、そうだな。偽りの英雄に感謝だな」
「確かに、その通りだね、これで味方なら最高なんだけど」
アレンの声にギルバードも同意の声を上げる。
「あいつは王国陣営だと言っていたぞ?」
「王国陣営か……果たしてどっちの王国陣営のことかな?」
その言葉に、アレンは両手を挙げ、首を傾げる。
「さぁ? そこまでは言っていなかった」
「まあ、聖教会が動いていない時点でどちら側なのかは明白だね……ところで、あのモブキャラはミスリルゴーレムに殴られたらしいじゃないか、まだ生きているのかい?」
ギルバードがアレンに声を掛けた。どうやら、ネオが生きているのか気になるらしい。
「ああ、ネオなら生きているよ。偽りの英雄が助けたらしい」
その言葉を聞いたギルバードが悪い顔になった。
「別に死んでくれても良かったけどな……アレンたちも、もしもの場合は見捨ててもいいんだよ?」
ギルバードの雰囲気に、アレンは頬から汗を流す。
「ああ、分かってるよ……邪魔になりそうなら切り捨てる」
――――
ヘイトス帝国とセイドリーテ王国の国境沿いにある、とある建物の一室、零団副団長のフィンと一人の男が話をしていた。
「黒髪の少女のことは分かったか?」
フィンが一人の男に問いかけた。
「はい、現在は『ランカーズ』という15歳前後で構成されているゴールドクランに所属しているようです」
男はフィンを目の前に、頬から汗を垂らしながらも、情報を話す。
「15歳でゴールドクランか、才能があるな……潰しがいがある……」
男のその言葉を聞くと、フィンの魔力が活性化し、周囲に電気が迸る。
「ヒッ! 何か気に触ったでしょうか?」
それを見た男は怯え出す。
「いや、ただ才能のある奴らを潰すのが楽しみでな、ついつい、興奮してしまっただけだ……」
「いえ……旦那様の才能と比べてしまえば、所詮ランカーズの奴らなど凡才でしょう」
その言葉に、周囲の迸る電気が消え、フィンが無表情になる。
「貴様、殺されたいのか?」
フィンは無表情だが、その目の奥には憎悪の感情が宿っている。
「い、い、いえ……私はただ、旦那様の素晴らしい才能を称えたのみでございます」
睨みつけられた男は、腰を抜かし失禁をする。
「それは嫌味か?」
「滅相もないことでございます」
男は地面に頭を擦り切れんばかりに押し付けた。その姿を見て、フィンは「フン」と鼻を鳴らした。
「……まあ今は許そう。それで、他に何か情報はあるのか?」
男は少し安堵し、フィンの問いかけに答えようとする。しかし、腰が抜けてしまい、起き上がることが出来ないようで、土下座の姿勢のまま話を続けた。
「恐れ入ります! 最近、起こった事でございますと……ランカーズがゴールドクランに昇格したこと、黒髪の少女が所属するパーティが、A級のミスリルゴーレムとマジックゴーレムを討伐したことでしょうか……これによりアルゲース領では、ランカーズが今一番話題のクランでございます」
「なるほどな……だが、ゴールドクランだとB級冒険者がほとんどであろう? どうやってゴーレムを倒した?」
フィンはゴールドクラン程度では、A級ゴーレム2体の討伐は不可能だと考えていた。
「それが……分からないのです。黒髪の少女のパーティメンバーたちが倒したと聞いたのみで、どのように倒したかまでは、分かりかねます」
フィンは手を顎に当て考えた。
(……ランカーズがゴーレムを倒したわけでは無さそうだな……では裏に誰かが居るわけだ、アルゲース領ならエリザベスが一番濃厚だな。もしエリザベスだと仮定しても、俺ならば余裕で殺せる……しかし、一番最悪なのはフェール・タラッサが居ること……だが、それはありえない筈だ…………いや、『嫉妬』の力を考えればあり得なくはない……)
フィンはそのまま長時間考え込んだ。
(だが、エリザベスにもフェールにも立場がある……『原初の魂源』に付きっきりではないはず……つまり、バレずに近づけばいいだけの話だ……しかし、王国にはセイドリーテの『魂能』がある……バレずに侵入するのは難しい……だが、方法がない訳ではないな……)
フィンはどうやら考えがまとまったようで、地面に土下座している男を見つめた。
「なぁ頼みがあるんだ……お前はまだ、アルゲース伯爵家で働いているのか?」
「はい、お陰様でまだ働かせて頂いております」
フィンはニヤリを笑みを浮かべた。
「じゃあ、家紋を俺のところまで持ってこい」
男は首を横に振った。
「恐れ入りますが、それは出来かねます……家紋はお嬢様がお持ちになっているため、不可能でございます」
フィンは男に近づき、肩に手を置いた。
「じゃあ、エリザベスをなんとかここまで連れてこい……出来ないなら、今、ここでお前を殺す」
「は、はい、承知致しました」
フィンの殺気に男は頷くしかなかった。




