16話:とある転生者の覚悟
俺は、殴り飛ばされたネオの方へ行こうとするアンリを引き止める。
「なんで止めるの! 早くネオを助けなきゃ」
アンリはネオを助けたいようだが、あの勢いで殴られたネオが、無事な可能性は低いだろう。
それにネオは確かに少しは槍の腕は立つが、FO世界を何度も遊んでいる俺たちでさえ、初めて見たキャラなので、ただのモブキャラだ。
主要キャラと違って、ストーリーに影響しないモブキャラのことを、無理してまで助ける必要性を俺は感じなかった。
「ダメだ! ネオを助けに行くにしても、今度は目の前のミスリルゴーレムの餌食に俺たちがなるぞ!」
「じゃあ、若手で一番のあなたたちが、あのゴーレムをどうにかしてよ」
アンリはそう言うが、それは無理な話だ。A級上位の実力を持つミスリルゴーレムを討伐するには、伝説級魔法師レベルの魔法が必要だ。今の俺たちの実力では足止めするのも一苦労するだろう。
「それは無理だ、俺達でもあいつには敵わない」
「なんでよ! 私に『俺たちは強いんだ』ってパーティに誘って来たじゃない! それに……もう目の前で知り合いが死ぬのは嫌なの……どうにかならないの?」
アンリはそう言うが、俺にはどうすることも出来ない。せめて時間があったなら……あと3年、いや2年後ならば、なんとかなったかも知れない。だが今の俺の力では無理だ。
「言い合うのはいいけど、もうそこまで、ゴーレムが来てるわよ!」
「撤退」
メリッサとキャロの忠告で、ハッ、と後ろを振り向くと、もうそこまでミスリルゴーレムが迫っていた。
俺はとりあえず逃げるために、アンリの手を引き走り出す。
「今、ネオは狙われてない! だから、今はとにかく逃げるぞ! そして援軍を呼んでくるんだ」
俺の言葉にアンリも冷静になる。
「……ごめん、冷静じゃなかったわ、そうね、一旦逃げましょう……その方がみんな助かる可能性が大きいものね」
アンリも納得したので俺たちは、ミスリルゴーレムから逃げ出した。
ミスリルゴーレムの足はあまり速くないので、走って逃げている俺達との距離はどんどん離れていく。
「よし! 逃げきれるぞ!」
戦闘を走るボブが、後ろを確認してミスリルゴーレムから逃げきれそうだと、歓喜の声を上げた。
その瞬間、ボブの目の前の地面が盛り上がり、高さ数メートルの鉄の棘が生えてくる。
「ボブ! 危ない!」
「ッーーエンチャントサンダー」
俺の警告で、目の前の攻撃に気付いたボブは、魔法を使うことでギリギリで攻撃を避けたが、体に棘がかすり、血が噴き出る。
「ボブ! 大丈夫か?」
「ああ、なんとかな……それよりもこれは魔法?」
今の魔法は、地魔法の一種だろう。まさか……
「地魔法? もしかしてマジックゴーレムがいる?」
メリッサもその可能性に気付いたようだった。
その時、廃鉱山の周りの地面が一気に盛り上がっていき、土の壁が出来上がっていく。そして、その壁は一瞬のうちに俺たちの身長よりも高くなっていった。
「おい、やばいぞ! このままじゃ閉じ込められる」
ボブがそう言うが、もう壁の高さは数メートルになっていて、今から走っても間に合いそうにない。つまり、逃走は不可能だ……戦うしかないだろう。
「やるしかない……」
俺は後ろを振り返った。数十メートル先にはミスリルゴーレムがいる。そして、地面からもう一体のゴーレムが出現した。
人間と同じくらいの小柄な体、ゴーレムのようにごつごつとしたフォルムではなく、スマートで人間の型を取ったようなフォルムをしている。体表は黒色で、その姿はまるでマネキンのようだ。
A級モンスターのマジックゴーレム。一流の冒険者ですら勝てない怪物だ。
ミスリルゴーレムと違い、耐久力はそこまではないが、使う魔法は地魔法で人間でいうところの特別級魔法レベルだ。
だが、マジックゴーレムの魔法は全て無詠唱であるため、地魔法の威力は特別級魔法と同等と言っても、その実力は並みの特別級魔法師を凌ぐ。
アンリと希少級4人、このメンバーではB級モンスターを討伐するがのやっとだ。だが、ミスリルゴーレムもマジックゴーレムもどちらもA級、俺達からしたら、一体ですら対処不可能なモンスターだった。
「やるしかないって言っても、A級が二体よ! 勝ち目がないわ」
「不可能」
メリッサとキャロの言う通り、確かに正攻法なら勝ち目はないだろう。だが、正攻法じゃなければ勝ち目はある、
「いや……方法なら一つある」
俺はそう言うと、アンリの方を見た。
「な、なによ」
A級モンスターの威圧にアンリは震えていた。ゲーム時代は何回か倒したことがある俺達ですら、怖いのだ。アンリはもっと怖いだろう。
(もっと時間があったなら、もっと俺に力があったなら、イレギュラーにも対応出来た)
ボブは一番の付き合いが長くて、小さい頃からの付き合いで、脳筋で頭もそこまでよくないが、ムードメーカーで仲間想いのいい奴だ。
メリッサは出会って二年ほどしか経っていないが、いつも少し抜けている俺のフォローを良くしてくれている。頭も良くて常識人で、いつもチームの頭脳になってくれた。
キャロもメリッサと同じころに出会った。あまり話さなくて、毒舌だが、実はいい奴だと思う……
そして、アンリは出会って一か月も経っていないが、FOの時代からずっと知っている。表面上はツンツンしているが、亜人と人間、黒髪とそれ以外、全ての差別を無くしたいと思う優しい少女だ。だが、そんな優しい心を持つ少女は、どんなルートでも不幸になる悲しい人生を送る。
だから、せめて、この世界では不幸になって欲しくない……
俺は決意を決めた。俺一人の犠牲で、他の三人とアンリは助かるのだ。なら、やるしかないだろ。
「……アレン、まさか『原初の魂源』の力を使うつもり?」
頭のいいメリッサは、俺の表情を見て、俺が今から、やろうとしていることに気付いた。
「ああ、これしか方法はない」
もうマジックゴーレムの魔法によって、俺たちを逃がさないための壁は完成している。逃げることは不可能だろう……だから目の前の敵を倒すしかない。
「でもまだ精神力のステータスが足りてないぞ?」
ボブは疑問に思ったのか俺に聞いてくる。だが、そんなことを知っている……精神力のステータスの低い俺が『原初の魂源』の力を使おうとしたら、もう俺は俺じゃなくなることを、
「そんなことは知っているよ」
「でも……そんなことをしたらお前はどうなるんだよ」
「危険」
これしか方法は無い。俺はアンリの方を向いた。
「アンリ……みんなが助かるためにも、少しだけ協力してくれないか?」
「ダメ!」
「やめろアレン」
メリッサとボブは静止の声を掛けてくるが、俺の決心はついている。
「何か、危険なことをするつもりなの?」
アンリは不安そうに聞いてくる。
「アンリには何も危険はないよ……だから、俺を信じてほしい」
嘘か本当か、見分けることの出来るアンリは俺の言葉に嘘が無いことに気付いたようで、「わかった」と頷いた。
「ダメよ、アレン!」「おい、ダメだ! アレン!」
メリッサとボブはまだ止めてくる。
「止めないでくれ……決めたんだ! だから、お前たちは少しだけゴーレムたちの足止めをしてくれ! 頼む!」
俺は譲るつもりはない。これしか方法は無いのだから、誰か犠牲になる必要がある。
ボブは俺の決意の宿った瞳を見つめると、ため息を吐いた。
「今のお前に何を言っても無駄だな……ああ、分かったよ! ゴーレムどもは俺達に任せろ!」
ボブは長い付き合いで、俺の決意が揺るがないことを知ったのか、もう止める気は無さそうだ。
「で、でも、それじゃアレンはどうなるのよ」
だが、まだメリッサは俺の覚悟を認めてくれていない。
俺はメリッサの目を真っすぐ見つめた。
「メリッサ! これが一番の方法なんだ……分かってくれ、頼む」
メリッサも俺の決心が変わらない事を知って、はぁ、とため息を吐いた。
「自分の弱さが嫌になるわ……わかったわよ、絶対に負けないでね」
二人の応援を聞き俺は「よし」と気合を入れた。キャロも何も言わないが応援してくれているだろう、
「俺も頑張るから、少しだけ足止めを頼んだ」
「「「おう(了解)!!!」」」
ボブたちはそう言うと、ゴーレムたちに向かって魔法を使い、足止めを始めた。
「さて、俺たちも始めるか……」
俺はアンリに近づく。
みんなの反応を見て、俺に何かしらのことが起きることを知ったアンリは、不安そうに俺を見てくる。
「……私は大丈夫でも、あなたは危険なんじゃないの?」
「死にはしないよ……それに俺が決めたことだ」
「……あなたの揺るぎない覚悟は感じるわ……わかったわ、じゃあ指示をだして頂戴」
アンリが了承してくれたので、俺はカバンから、先ほど倒したシルバーゴーレムの魔石を取りだした。
「じゃあ、まずはこれを食べてほしい」
「え? 魔石を食べるの? そんなことしたら死んじゃうんじゃないの?」
アンリは、一般的に猛毒とされる魔石を食べろという指示を不安がる。だが、アンリならば大丈夫だ……『原初の魂源』の力が強まるかもしれないがそれはメリットでもある。
「アンリは大丈夫だ……君は自分の特別な力に気付いているだろう? その力のお陰で君は魔石を摂取しても死にはしないよ」
俺の言葉に少しアンリは考え込む。
「おい、まだかアレン! ゴーレムたちの気を引くのも、もう限界だ」
魔法を使い、走り回り、ゴーレムたちの足止めをしているボブが、俺たちに遠くから声を掛けてきた。そして、その言葉を聞いたアンリは決心をしたようだった。
「わかったわ! 食べればいいんでしょ?」
アンリは俺の手のひらから魔石を奪い取る。
「ああ、頼む! 君を危険な目には合わせないから安心してくれ」
俺はアンリに微笑みかけた。
「無茶はしないでね」
「ああ」
アンリが決心をして、ゴクリ、と魔石を飲み込む。次の瞬間、アンリの体からは負の魔力が溢れ出てきた。
黒い魔力が立ち昇り、ぞわぞわとした感覚が襲い掛かってくる。
「な、なによ、これ」
アンリは自分の体から、湧き上がる黒い魔力に驚いている。
「大丈夫だ……落ち着いてくれ」
「ええ、大丈夫、少しびっくりしただけ……冷静だわ」
「じゃあ、今度は少しだけ血を出してくれないか?」
俺は短剣をアンリに手渡した。
「血を出すの?」
アンリは自分の体を短剣で傷つけるのを躊躇っているのだろう。
「少しでいいんだ……そしたらみんな助かるんだ」
「……わかったわ」
アンリはそう言うと、自分の腕に短剣を突き立てる。
そして、赤い血が腕を伝って垂れてきた。
「アンリ、その血を少しだけ、舐めさせてくれ」
「え? あなたこんな時に何言ってるの! 変態!」
アンリは何か誤解をしているようだが、これは必要なことだ、
「いや、違う! 誤解しないでくれ……君の血を飲むとパワーアップするんだよ、だからこれは必要なことだ」
「先に説明しなさいよ!」
俺の言葉で誤解が解けたようで、アンリは腕を差し伸べてくる。
「早くしなさい……変なことしたら殺すから……」
アンリは少し顔を赤くして、手を差し出してくる。その白い腕から鮮やかな赤い血が滴り落ちる。
「わかってるよ……大丈夫」
俺はアンリの血を舐めようと、腕に顔を近づけた。
その時、
「なぁ、それ危険だからやめた方がいいよ……」
急に聞きなれぬ男声で話し掛けられた。
「誰だ!」
俺は声の方向に振り向く。
そこには、紺色のローブを被った男が居た。
「そんな危険なことをしなくても、あのゴーレム如きなら一瞬で倒せるからね」
俺はその姿を見ただけで、目の前の男が強いと分かった。
何故ならそいつの体からは一切の魔力が漏れていないからだ。それは凄まじい魔力操作のステータスを持っているという証明だ。
「お前は誰だ?」
その怪しい男に俺は問いかけた。
「俺か?……『純白の英雄』って言ったらわかるかな?」
俺はその言葉に驚愕をする。純白の英雄といえば、メラレーン戦争、勝利の立役者であり、ゲームでは聞いたことの無いキャラだからだ。
「偽りの英雄」
俺は、新たなイレギュラーの出現に驚き、小さく呟いた。
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