12話:クオンとアンリ
「みんな、どこ行くの? 私を置いていかないで」
感情が抑えられなくなり、魔力が暴走する。その瞬間、
「落ち着くんだアンリ! 君が見ているのは過去の光景だ」
純白の髪を持つ女性が声を掛けてくる。
私はこれが訓練だったことを思い出す。
「ねぇ、クロノニアはなんで私を苦しめるの?」
「それが必要なことだからだよ。君は芯の強い心を持たなければならない……何が起ころうと、君は冷静でいなければならないんだよ」
クロノニアこと純白の魔女は、普段はとても優しかったが、訓練の時はとても厳しかった。私に過去のトラウマを見せてくるのだ。私はその訓練が大嫌いだった。
そんな心の訓練なんかより、あいつに復讐するために私は強くなりたかった。
「私は心を強くするよりも戦闘で強くなりたい」
「復讐のためか?」
「そう、だからクロノニアの戦闘技術を教えてよ」
私はクロノニアがとても強いということを知っている。その強さを私に教えてほしいのだ。
「ダメだ、復讐に囚われているうちは、それを教えることは出来ない……それに、心を強くする方が大事なんだよ」
ああ、まただ。彼女はこればっかり私に言うのだ。もう6年もずっとだ。だから、私は遂に決心した。
「もう知らない! ここを出ていく!」
私はそう言って、家を飛び出した。
「君がそう決めたなら、好きにすればいいさ。どうせ計画は進んでいるのだから……」
彼女は何か言っていたが、それは私の耳には響かなかった。
――――
……嫌な夢を見た。
私は目を覚ました。
重たい体を起こす。そこはいつも通り、私が泊っている宿だった。
しばらく放心し、じわじわ脳が冴えてくると、謎の集団に攫われた記憶を徐々に思い出す。
「……あれ、私はペトラという男に何かされたような……どうなったんだっけ?」
私はなんとか思い出そうと、キョロキョロと周りを見渡す。すると、
「だ、誰?」
ここは私が泊まっている部屋のはず、紺色のローブを被った一人の人間が、壁に寄りかかっていた。ローブのフードからは純白の髪を覗かせている。
「まさか、クロノニア!?」
白い髪の人間は珍しいし、ここまで汚れの無い白い髪をしている人間など、クロノニアの他にない。それに、たった今クロノニアの夢を見たばかりだ。
私は、おそるおそるローブの人間に近づく。
そして、フードを取ろうとした瞬間、
「誰だ!」
男の声が響き、私の首には槍が突き付けられていた。
全くもって見えなかった……速すぎる。
そして、私がクロノニアに違いないと思った人間は男であった。クロノニアは女性なので、目の前の男は別人だろう。
「そ、そっちこそ誰よ! ここは私の宿よ」
男は辺りをキョロキョロとする。
「あ、やべ、完全に寝てたわ……ごめん、急に槍を突きつけられて怖かっただろ。それと俺はクオンだ。怪しい人物じゃないよ、よろしくな」
男の名前はクオンというらしい。明らかに怪しい人物だが、敵意は無さそうだ。そして、どこか誰かに似た雰囲気を持っている。クロノニアだろうか?
「私はアンリよ……ところであんたはなんでここにいるのよ」
「君を助けたんだよ、覚えてないかい? 帝国に攫われたことを……
私の言葉にクオンは話を始めた。
――――
「なるほどね、それであんたはここにいるわけね」
私はクオンの話を聞いて全て思い出し、理解した。どうやら目の前の男は私の恩人らしい。
「そういう事だよ、ごめんな驚かせちゃって」
「別にいいのよ、それにありがとう……」
「どういたしまして」
クオンはそう言って、私に微笑みかける。
そこには侮蔑の感情などは無かった。そして、私はこの感情に覚えがある。それはネオが私に向ける感情、それとそっくりなのだ。
誰かに似ていると感じたのはクロノニアではなく、ネオに似ていたのだ。
「ネオって知ってる?」
私の言葉を聞いて、クオンは首をかしげる。
「誰かの名前かい?」
嘘だ、私は生まれつき嘘か本当かくらいの感情を読むことが出来る能力を持っている。
「へぇ、嘘つくんだ」
前の私が攫われた話は嘘では無いが、ネオを知っていないことは嘘だろう。
「え? 嘘って何のことだい?」
クオンはまだとぼけているが、私には感情の揺らぎがわかる。
「私は人が嘘をついてのが分かるのよ」
私の言葉にクオンは少し考え込む。
「……なるほど、じゃあ嘘はバレちゃうわけだ」
「それで……教えてくれるよね?」
クオンは、はぁとため息を吐き、話を始めた。
「……わかったよ、アンリには話すことにするよ」
それからクオンから色々な話を聞いた。
私の特別な力を守るために近づいたことや、ネオと関わりがあること、ネオも実は私を守るために近づいて来たことなど、色々だ。
「わかったわ、でもおかしくない? 私を守るためならネオじゃなくて、初めからあなたが来ればいいじゃない」
話を聞く限り、目の前の男はかなりの実力者だ。そして、ネオとクオンの実力を比較すれば、後者の実力が数段上であることは明白であろう。
「俺は表舞台にあまり立てない事情があるからね、ネオが代わりに君を守っていたんだ」
クオンはそう言うが、事実、今だってネオは私を助けに来ないじゃないか……確実に目の前の男の方が護衛には向いている。だが、事情があるのであれば仕方が無いだろう。
「なるほどね、でも、誰が私の事を狙っているの?」
「世界中全ての国の上層部が狙いに来ると考えていい、だから君は、君の持つ特殊な力を周りに知られてはいけない」
嘘ではないようだ。つまり、私は思った以上に厳しい状態だと言う事だ。
「私はどうすればいいの?」
「君は何も心配しなくていい、俺たちが君を守ってあげるから」
また嘘では無い。私はその真っ直ぐな言葉に頬を赤くする。
「じゃ、じゃあ少しは期待しとくわ」
本当は嬉しいが、素直になれなかった。
「任せてくれ、それで君にやってほしい事があるんだけど、聞いてくれないかい?」
クオンはそう言って、話を始めた。
――――
帝国領、国境付近。
「上手くごまかしてあるが、ここで何かが起こったことは明白だな」
雷の色のような青白い髪をした30代ほどの男が呟く。その男は雰囲気までも鋭く、まるで雷を体現したかのような男だ。
「副団長、どういたしましょうか?」
声を掛けてきたのは、零団のメンバーの一人だ。そして、雷のような男は、零団の副団長、フィンである。
「ペトラは失敗したのだろう? ならば次は俺が行くとするか……」
フィンがそう呟くと、急に目の前に白髪の老人が現れた。
「儂は認めんよ」
零団の団長であるプラッツ・シュミットだ。
「何故でしょうか?」
フィンは疑問の声を上げるが、その声はとげとげしい。
「聖王国と関係はとても悪いからの。王国にちょっかいを出し過ぎると、それを出汁に宣戦布告をしてくる可能性がある、これ以上は危険じゃからな……それにペトラを倒した存在もわからんからの」
その言葉にフィンは反論をする。
「ペトラを倒したのはエリザベスでしょう……俺ならば問題はありません、それにアルゲース領ならば上手くやれます」
フィンは自信満々にそう言い切った。
「それでもダメじゃ……皇帝は次の機会に王国諸共、『原初の魂源』を奪い取るつもりじゃ、それまで待て」
「では、今回のことは王国にやられっぱなしでいろ、と言う事でしょうか?」
「そこまで言ってはおらんよ……今回のことも含めて次の機会を待つのじゃ、ただ時期が悪いというこだの……それにフィンが王国に仕返しをしたいのは、それだけではないだろう?」
フィンはチッ、と舌打ちをした。
「王国には恨みがあるからな……たとえプラッツ団長だろうが邪魔はさせない」
「フィンの気持ちは理解しておるよ」
滾るフィンの姿を見て、プラッツは、はぁ、とため息を吐いた。
「……若いの、まるで自分が一番だと思う時期は誰にでもあるもんじゃな……」
プラッツの小さな呟きは、風の音でフィンには届かなかった。




