8話:白迅の悪魔
帝国領の国境付近、濃い茶髪のペトラと無音の殺戮者の隊員の十数人が移動していた。
「帝国領に入ったな、お前たちは周辺に追っ手がいないか見ておけ、もし近づいてきた場合は殺せ! 俺にはやるべき事がある」
「しかし、魂源の少女を早く皇帝に引き渡さなくて良いのですか?」
隊員が疑問をペトラに問いかける。
「……お前たちは、俺の言うことが聞けないのか?」
ペトラが魔力を高めて、隊員たちを威圧する。
「いえ、滅相もございません。ただ早く任務の報告をしたほう――
グサッ、と隊員の胸に剣が生える。
隊員は呆然としながらも命を落とした。
「愚か者め……言っただろ、やるべき事があると……お前たちはどうする、俺の命令を聞くか?」
ペトラは死んだ隊員の身体から剣を抜くと、他の隊員たちを見渡した。
「「「はい」」」
目の前で仲間を簡単に殺す、自分よりも強い実力者に、隊員たちは従うしかなかった。
「よろしい、では各自周辺に散れ! 何かあれば報告に来い」
ペトラの言葉で、隊員たちは周りに散った。
周りに誰も居なくなったのを確認すると、背負っていたアンリを地面に下ろして、頬を叩く。
「おい、起きろ」
頬を叩かれて、アンリは目を覚ます。
15歳ほどの黒髪黒目、これといった特徴の無い少女だった。この世界では特徴的な黒目が、ペトラを見上げる。
「……ここはどこ? あなたは誰なのよ?」
「やぁ、私は帝国軍第0魔法戦団の隊員の一人、ペトラ・ハンデンベルクだ」
アンリは帝国軍と聞いて、いつもの強気な態度と違い、怯えた目でペトラを見上げてた。
「私なんか誘拐して、あなたは何が目的なのよ」
「目的か……それは私が今以上に強くなるためだ、それと帝国の戦力強化のためだな」
「私はそんな力持っていないわよ」
「いや、持っているさ……」
ペトラはニヤリ、と笑って懐から注射器のようなものを取り出した。注射器の中には紫色に発色する液体が入っている。
「何をする気?」
「なに、すぐに終わるさ……ただ、どうなるかは分からんがな……」
その言葉を聞いて、アンリは後ずさりする。
「いや、やめて!」
アンリは立ち上がり、逃げようとした。しかし、
「――鉄創造」
地面から突如、鈍く光る鉄が生えてきて、アンリの身体を縛り上げ、固定した。
「逃げないでくれ、ダイジョブ、この注射器の中には睡眠薬も含まれている、気づいた時には全て終わっているから」
「誰か、助けて!」
「無駄だよ、じゃあおやすみ」
ペトラはアンリの腕に注射器を刺して、中の液体を注入していく。
「やだ! やめて!! まだ私にはやらなきゃいけない事があるの……」
アンリは身体中に激痛が走り、暴れようとするが、鉄によって頑丈に固定されているため、全く動くことが出来ない。
「痛い!! 死にたくない! なんでもするから助けて」
「なにもしなくてもいいんだよ、後は私に任せてくれ」
ペトラは激痛に苦しんでいるアンリを見ながら笑っている。
激痛の中、睡眠薬が効いてきたのか、アンリの意識が薄れていく。
「ごめんね、みんな……仇を取れなくて……」
そう呟いて、意識を失った。
そして、アンリが気を失うと、身体から黒い魔力が溢れてきた。
その魔力は、見ていると正気を失いそうなほど禍々しい魔力をしていた。
「素晴らしい! これが魂源の魔力か……」
ペトラはそう呟くと、懐から今度は空の注射器を取り出して、アンリから血を取り出す。
「これで、私ももう一段、強くなれる」
ペトラの見つめる、注射器の中には、アンリの魔力を含んだ赤い血が入っている。
「皇帝に渡す前に私が試して見なければね……」
そう言って、今度はアンリの血が入った注射器を自分の腕に押し当てた。その時、後ろから、何者からか声が掛けられた。
「なぁ、おっさん。俺にもそれの効果教えてくれよ」
ペトラが振り向くと、そこには紺色のローブを被った男が居た。
目の前の男がここに居るのは、やや違和感があった。
何故なら、男の雰囲気や魔力からは強者の威圧感などは感じられなく、周りで待機してるはずの無音の殺戮者の特別級魔法師たちを、目の前の男が倒すことは不可能だと考えたからだ。
「貴様は誰だ?」
「帝国側には『白迅の悪魔』と言えば、伝わるかな?」
男はローブを脱いだ。すると、その中からは白い髪をした男が出てきた。さらには、先ほどまで何も持っていないように見えた手には、気づけば純白の槍を握りしめている。
「白迅の悪魔……メラレーン戦争の英雄か」
ペトラは勿論、白迅の悪魔のことを知っていた。だが、もしも本当に目の前の男が白迅の悪魔だとしても、おかしな点があることに気がついた。
「白迅の悪魔は、確か、帝国軍第10魔法戦団の副団長のセトをギリギリで討ち取ったらしいな。だが、無音の殺戮者の隊員たちはそのセトと同格なのだ。十数人を討ち取れるはずがない」
セトは確かに特別級魔法師では強い方ではあった、だがそれは精鋭部隊でもある無音の殺戮者も同じだ。
そのセトに苦戦した白迅の悪魔が、彼らを倒すのは不可能だ。
それも、ペトラがアンリと話していた短時間で倒したというのなら尚更だ。さらに、周りからは戦闘音は聞こえなかった、ということは音もせずに倒したということだ。そんな芸当はペトラにしても到底出来るはずがない
「何故ここにいる? 周りで見張っている奴らはどうした?」
ペトラがクオンに問いかける。
「全員殺したよ」
クオンはあっさりとそう言った。
「嘘を吐くな! そんなことは絶対にあり得ない」
ペトラはその言葉を否定した。
「嘘じゃないんだけどな」
「……そうか、貴様は周りの無音の殺戮者の隊員に紛れ込んでいたのだな! そうに違いない」
ペトラは、セト如きに苦戦したクオンが、自分でも不可能なことを出来るはずがないと考え、初めから味方に紛れ込んでいたと考えた。
「まあ、お前がそう言うのならそれでもいいよ……ただ、俺は怒っているんだ」
クオンが怒りの表情を見せる。
「私は自分と帝国のために、この女を利用するだけだ……貴様だって帝国兵を殺してきたんだ、私に言える立場ではないだろう」
ペトラはクオンの言葉に反論する。しかし、クオンはそれは違うと首を振った。
「お前にも怒っているが、何よりも自分自身に怒っているんだ……そっちの方がメリットがあるとはいえ、アンリが苦しむことをさせてしまった自分自身に……」
「何を意味のわからないことを言ってるんだ?」
クオンの言葉はペトラからしたら意味がわからないだろう。
「……だから、せめて、すぐにお前を倒して、早くアンリを助けてやるんだ」
クオンは手に持つ、純白の槍を握りしめて、魔力を身体中に巡らせた。その魔力の動きは、とても綺麗で洗練された魔力操作で、身体から余分な魔力が露ほどにも漏れ出していなかった。
「さっきから、なにをふざけたことを抜かしている……白迅の悪魔如き、俺に敵うはずがないだろ」
ペトラも剣を握りしめて、魔力を高めた。クオンと違って、その茶色の魔力は荒々しく、力強く、身体から溢れ出ていた。




