6話:無音の殺戮者
日が落ちて、月が昇り、月光が都市を照らす。
街を見下ろせるように高い位置に伯爵邸があった。
そこの一角で6人の男女が夜の街を見下ろしている。
俺はエリザベスと話をしていた。周りには紺色のローブを被った者たちがいる。
「それでベス、緊急事態とはなんだい? しかも、わざわざ闇に潜む者のメンバーも呼んで」
闇に潜む者とは、ティリスが俺と初めて会って、分かれてから、15年間で創り上げた、ティリス直属の部隊の名前だ。
そして、俺は何故かそこの隊長を任されている。
ちなみに闇に潜む者の創立時期を聞いた時、「あれ? 15年?」と俺は思った。
何故なら、俺の異世界の記憶は、鉱山奴隷になってからの6年間しかないからだ。
つまり、俺の記憶にない9年間が存在するということだ。
ティリスは「誰かしらの『魂能』の力の影響により記憶が無くなっているわ」と言っていた。
が、今は俺の話をしている場合じゃない、要するにティリスが、長い期間をかけて創り上げた精鋭部隊のメンバーが集められているほど、緊急事態ということだ。
「伯爵領に侵入者が居るの」
「侵入者? 別にそれくらいなら、伯爵家直属の魔法師団に任せればいいだろ」
「その侵入者が、帝国の秘密部隊の『無音の殺戮者』だとしたら?」
「サイレントキラーか、それは無理だな、普通の魔法師団には任せられない」
無音の殺戮者とは、主に暗殺をこなす、帝国の秘密部隊の一つだ。表の世界では知られていないが、その実力は一つの部隊で、数千人の兵士と同等と言われている。
「そうだよ! だから私たちダンケルハイトが集まったって言う訳」
「なるほどな……それで作戦は?」
ベスは、夜の街を見下ろす。
「帝国側の目的は、アンリを攫うことだと思う」
アンリは『魂能』の中でも特別な力を持っている。その力を帝国側は手に入れたいのだろう。しかし、いつそのことが帝国側にバレたのだろうか。
ベスは話を続けた。
「それで、帝国側を少し泳がせて見ようと思うの」
ベスは無表情で言う。
いつもニコニコしているベスが無表情の時は、大抵、悪いことを考えている時だ。
その後、俺たちは作戦会議をした。
――――
アンリは宿に帰ってベットに横になり、今日のネオとの訓練を思い出していた。
「私、なんであいつのことなんて思い出しているのよ……あんな軽薄な奴なんてどうでもいいのに」
アンリは、ネオの訓練の時の真剣な表情と、いつもの軽薄な態度のギャップに少しだけ、胸をドキリとさせていた。
「でも、なんであいつは私に嘘をついているの?」
アンリは生まれつき、感情を読むことができるという特殊な能力を持っていた。
それにより、ネオが自分に対して好意を全く抱いていないことが分かっていたのだ。だが自分もいろいろ隠していることがあるため、罪悪感からかそれを指摘することは出来なかった。
「それに、あいつの心の奥底にあるあの暗い感情はなんなんだろう……」
ネオの心の奥の方にある強い感情に気付いた、アンリはそれを不思議に思う。
「って、あいつのことを考えている場合じゃない、私はそんなことよりも、目的のために強くならなきゃいけないんだ」
自分の目的を思い出して、ベットから立ち上がり、拳を握って気合を入れなおした。すると、その瞬間、宿のドアからローブを被った数人の人が入ってきた。
「だれ!?」
アンリは警戒をして、声を上げるが返事がない。それを不審に思い、逃げようとドアの方に走り出した。
だが、ローブの者たちが一瞬でドアの前に回り込んで、退路を防いだ。
「だれか! 助けて!!」
アンリの叫び声は、宿には響かず、助けも来なかった。
アンリはやるしかないと思い、近くにあった槍でローブの者たちに、攻撃をする。
しかし、その攻撃はひらり、と簡単に避けられてしまった。
そして、ローブの者たちが魔力を高めて、無詠唱で魔法を使う。
すると、アンリの意識は遠ざかる。
(……ネオ、助けて)
最後に考えていたのは、ネオのことだった。
――――
ローブの者たちは、目の前で寝転がるアンリを、麻袋に入れ、背中に背負った。
「任務完了、これより伯爵領を抜けて、合流地点に向かう」
「了解!」
その部隊の隊長らしき男の言葉に、ローブの者たちが頷いた。
「誰か目撃者はいなかったか?」
「はい、魔法で確認した限りはいませんでした。そして、無音の魔法もつかっていたため、周りにも音は聞こえていないと思います」
隊長がローブの者に問うと、魔法を使っていたので大丈夫だと言った。
「では、急いで撤退する」
ローブの者たちは、アンリの泊まっていた宿から飛び出し、夜の街に消えていった。




