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偽りの英雄~彼女に振られて異世界転生~  作者: オク炭治郎
第0章:ゲームストーリー開始前
35/62

EX:ティリスの嫉妬

この話はティリス視点の話です。長いのでティリス目線の話が気にならない人は飛ばしてください。読まなくても物語に支障はありません、ですが伏線も含まれているため呼んだ方が物語をより楽しめると思います。

 ああ、なんで私はみんなと違うんだろう


 なんで、私は足がないんだろう


 なんで、私は亜人(マーメイド)として産まれたのだろう


 なんで、私は親に認められないのだろう


 なんで、私はみんなから嫌われるのだろう


――普通(人間)が羨ましい


 私は、普通(人間)に嫉妬している



――――



 私は、セイドリーテ王国の第三王女として産まれた。そして、産まれながらに普通では無かった。私の下半身には、人間にあるはずの足はなく、そこには魚の様なヒレがあった。そう、私は人間ではなく、人魚として産まれたのだ。お父様とお母様はどちらも人間なのに。


「なんで我がセイドリーテ家に人魚が産まれたのだ!」

「気持ち悪い子」

「でも、顔だけはいいな」

「そうね、人魚でさえなければ、きっと結婚相手は引く手数多だったでしょうね」


 これは私が産まれた時のお父様とお母様の会話だ。私はその会話を覚えている。このことも明らかに普通の人間と比べれば特異である。だって普通ならば、赤ちゃんのうちから言葉を理解するという行為が出来るはずがない。



 私は産まれてから、11年が経つ。


 そして、産まれてからこの11年の間、ずっと周りから認められることはなかった。


 私は言葉を誰にも教わらずに会得しただけでなく、勉強や身体の動かし方、魔術の使い方など、どんなことでも誰からも教えられずに会得することが出来た。


私は誰かに認められたかった。そのため、それらを自慢した。お兄様やお姉様がそれらが出来るようになった時、お父様やお母様が彼らを褒めていたのを覚えていたからだ。しかし、そこに私が待ち望んだ反応はなかった。両親は、私が誰からも教わらずにそれらが出来ることを不気味がった。私は落胆した。兄姉はそれらが出来れば誉められたのに。


 そして、「なぜわたしだけ、何をしても、皆に認められないの?……なんで私は普通じゃないの?」と一人嘆いた。


 私の心は傷ついた。唯一、心だけは普通の人間と何も変わらない、しっかりと幼い少女であった。そんなまだ感情も未熟なうちから、周りから普通じゃないと常に否定され続け、11年も生きていたらどうなる? そうだ、私は歪んでいた。この世の全てを恨んだ。そして普通(人間)を妬み。嫉妬した。


 だが、そんな中でも何人かの人間は私を差別はせずに、普通に扱ってくれた。


「こんにちは、ティリス様。今日は何をお話ししましょうか?」


 この人はバン・シュナイダー侯爵で、私の世話係で、私を人魚だからと差別しない数少ない人間だ。


 

「こんにちは、バン様。では純白の魔女の話をして下さい」


 私がそう言うと、バンはニコリと笑った。


「ティリス様はその話が好きですね」

「はい! 亜人も人間もみんな幸せに生きられる世界を作るために奮闘する純白の魔女はとても素敵です」

「私も同感でございます。ですが世間一般的にはそうでもないのです」


 純白の魔女の物語は、世間一般的には悪の物語とされている。亜人を庇っていた悪い魔女を討伐するという話だ。

 だが、ティリスにとってその話は希望の物語であった。亜人が差別されない理想的な世界を作るという純白の魔女が。


「皆が純白の魔女やバン様のような考えを持っていたら私は普通になれたのですか?」


 ティリスが暗い表情をしながら、バンに問う。


「……ティリス様は元々普通の子どもですよ、ちゃんと優しい心を持っています。少しだけ、皆よりも才能があって、少しだけ、普通の人間とは違うだけです」

「では、私は何故、皆に認められないのですか?」


 ティリスは静かに涙を流しながら問う。その姿はまるで泡のように消えてしまいそうなほどに儚い姿をしていた。


「皆に認められる必要はないではないですか……ただ大事な人にだけ認められていれば充分だと私は思いますよ」


 その言葉を聞いて、私は確かにその通りだと思った。ただ大事な人に認められていれば充分じゃないかと。


「では、バン様は私の事を認めているのですか?」

「もちろんでございます。ティリス様は誰よりも優しく、誰よりも聡明な方だと思っていますよ。そして将来は王国一の美女になることも知ってます」


 バンがそう言うと、ティリスはクスッと笑った。


「そんな事を言っていると、奥様に怒られますよ?」

「ハハ、違いないですね。ティリス様は王国で一番美しいですが、うちの嫁が世界で一番美しいですからね」


 バンはそう言って惚気話を始める。私は恋愛の話は案外好きだった。

 だが私を口説いてくる貴族の男たちは皆、私の美しさと人魚という物珍しさに釣られているだけであった。

 実際、男たちの口説き文句は、「俺の妾になれ」だの「俺のペットになれ」と言った言葉ばかりで、誰も私を正妻にしようなどとは考えていない。私が亜人だからだろう。


「恋というものが羨ましいです」

「おや、ティリス様も恋をしたいのですか?」


 私は頬を少し赤らめつつ頷いた。


「でも、私には無理です。きっと亜人が恋愛など不可能なのでしょう」

「大丈夫です! 私がいい人を紹介してあげましょう! 彼はきっと貴方を認めてくれるでしょう」

「本当ですか?」


 私が問うと、バンは頷く。


「もちろんです! では早速連れて来ますよ!」

「あ、待ってください! まだ少し不安です」


 私の言葉を聞かずにバンは部屋を出て行ってしまった。


「バン様は人の話を聞きませんね……でも恋愛か……少しだけ不安だけど、楽しみかもしれない」


 私は小さく呟いて、頬を赤くした。


 バンが戻って来たのはそれから直ぐだった。


「ティリス様! 入ってもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」


 侯爵と一緒に10代後半ほどの男が部屋に入ってきた。


 そこには純白の髪をした男がいた。


 私は少しだけ見惚れてしまった。まるで純白の魔女のような、汚れ一つない白い髪の毛。この国で見たことの無いような顔立ち。肌は少しだけ黄色。顔は薄めで女性のようにも見える。顔はかなり整っている方だろう。


 私がそんなことを考えていると侯爵が挨拶をして来た。


「ティリス様。こちらがクオンです。現在王城で異国の文化を教えているものです」

「バン様。わざわざありがとうございます」


 男は私を少し見つめると、自己紹介をすることにした。


「俺はクオンです。奴隷としてですがこの城に住まわせて頂いております。お目にかかれて光栄です。よろしくお願い致します」

「私はティリス・セイドリーテです。第三王女ですが王位継承権はないのでそんなに畏まらなくても大丈夫ですよ」


 私が微笑むと、クオンは頬を僅かに染めた。


「はい、わかりました!ティリス様とお呼び致しますね」

「では私もクオン様とお呼び致します」


 自己紹介をすると、お互いに何故か見つめ合う。


「仲良くなれたようでよかったです。ではこれで私は失礼いたしますね」


 そう言って侯爵は部屋から出て行こうとする。しかしクオンは少し困った声で侯爵に声をかける。どうやら何も伝えられずにここに連れてこられたのだろう。侯爵はそんなお方だ。


「侯爵! 俺はどうればよいのでしょうか?」

「これから暇なのでしょう? お互い王城で気軽に話せる人がいないのですから、私からのお節介ですよ」

 

 クオンは困惑して私を見る。年上に見えるのにおどおどしていて、なんだか可愛らしかった。


 クオンは「よし」と言うと私に話しかけてくる。


「侯爵行ってしまいましたね、どうしましょう?」

「そうですね、では話でもしましょうか」

「はい! 是非しましょう」


 クオンが嬉しそうに返事をした。それを見て私も嬉しくなった。

 同時に、みんなは私と話したがらないのに、私と話しが出来ることを嬉しいと思うなんて変わっているなと思った。


「じゃあ……そういえば、クオン様は異国の方なのですか?」


 王国では見たことの無い見た目をしていたので、クオンは異国の出身だろう、と思った。


「はい、そうですよ! 俺は異国というより異世界から来たんです」


 だが、私に予想を超えて、クオンは異世界から来たのだと言う。


「そうなのですか! ぜひ話を聞きたいです」


 私は人の話を聞くのが大好きだったから、クオンの話にとても興味があった。それに異世界なんて、夢が広がる話だ。


「よろこんで」


 クオンは微笑んだ。


 その後、クオンのことをいろいろ聞いた。地球という世界から来たことや、地球では魔法が無く科学が発展していること、気付いたら奴隷にされていたこと、クオンも王宮では奴隷で白髪ということで肩身の狭い生活をしているということなど、たくさん話しをした。


 クオンは話し上手で、私はすっかり話に夢中になっていた。


 気づけば私は自身の話もしていた。辛かった経験や普通になりたいとか、私も王宮では差別されているとか、初対面の人に弱音をたくさん吐いてしまった。

 クオンはそんな私の弱音を聞いて、いろいろ意見を言ってくれた。特に私の心に残った言葉がある。


「別に普通じゃ無くて良いのですよ。それがティリス様の魅力の一つでもあるのですから……それに普通じゃないのがダメなら、俺はどうなるんですか? 俺は多分、この世界で人魚以上に珍しい異世界人で、しかも白髪で、奴隷で、見た目もこの国では珍しい。俺の存在自体、普通じゃ無いですよ。そんな俺をティリス様は差別しますか?」


 クオンの問いに私は「いいえ」と答える。


「でしょ? 別に普通じゃ無くても良いのです。普通じゃ無いからと言って差別をする人間こそ、普通じゃないと俺は思いますよ」


 純白の魔女も言っていた、亜人を差別する人間こそ、怪物なのだと……つまり、普通じゃないことは悪くないと。


「では、私の事をどう思いますか?」


 別の意味で捉えているようでクオンは顔を赤くして、下を向く。


「可愛いと思いますよ……」


 クオンが小さく呟く。


 それを聞いて私も顔を赤くする。貴族の男たちに言われるのと全然違う。心臓がドクドクして胸が張り裂けそうだった。


 そんなこんなでいろいろ話しているとあっという間に日が落ちていた。素敵な一日だった。


「では今日は遅いので、これで失礼します」

「楽しかったです。また来て話を聞かせてください」

「俺も楽しかったです。また来ますね」


 そう言ってクオンは私の部屋を出て行った。


 クオンが出て行ってからも、ずっとクオンの事が頭から離れない。


(はぁ、胸が痛い。なんでずっとクオンの事を考えてしまうのだろうか……これが恋?)


 どうやら私はクオンのことを好きになってしまったようだ。


 我ながらちょろいが仕方ないだろう。

 男子で私に言い寄る男はゴミしかいないし、私の外見をだけを見て、心を見ていない。それに私をどこか下に見ている。

 それと違って、クオンはかっこいいし、話し上手だし、私の事を否定しない。そして純白の魔女と同じで汚れ一つない白い髪の毛をしている。


(また会いたい。早く来てくれないかな……次はいつ会えるんだろう)


 そんな事を考えながら、私とクオンのはじめての一日は終わった。


――――

 

 この一か月の間、クオンはずっと私に会いに来てくれた。


 どうやらクオンも寂しいらしく、ずっと私と話をしてくれた。もう私はクオンに夢中だ。クオンさえ居てくれれば普通じゃなくてもいい、と思うほどに。


 普通じゃなくて不安なのは、人魚の体のことだけで、人間のクオンとの子が産めるのかわからないということだけだ。


 私はそんな事を考えながらも、顔を赤らめた。そしてふと思う。そろそろクオンの来る時間だと。


「ティリス入ってもいい?」


 いつも通りの時間帯にクオンは私の部屋にやって来た。


「いいよ!」


 私は敬語を使わずに返事をする。もうこの一か月でクオンとため口で話すくらい仲良くなったものだ。


「おはようクオン! 今日も来てくれたんだ」

「おはよう! まあ最近は暇だし、ティリスと話すの楽しいからね」


 クオンと話していると、どうしても顔が赤くなってしまう。ドキドキする。そして、とても幸せだ。


「ねぇ、クオンは私から離れないでくれる?」


 私の言葉にクオンは驚いたような顔を見せたが、すぐに返事をした。


「うん、逆に俺で良ければいつでもそばにいるよ」


 その言葉は、私の生まれてきた人生の中で一番嬉しい言葉になった。


「じゃあ約束ずっと一緒にいてね」

「ああ、俺は君から離れないよ」


 ああ、幸せだ。と私は思った。


 もう私は、普通(人間)に嫉妬しない、何故ならありのままの私をクオンは認めてくれるからだ。


 それからもいつも通りに楽しく話す。しかし今日はいつもと違かった。


 急にドアが開き、ノックもせずに誰か入ってきた。


「よう! ティリス、久しぶりだな」


 そこには貴族風の茶髪の青年がいた。この国の宗教である聖教会の大司教の一人息子、ロックだ。

 私の気分は一気に下がった。


 そして、ロックは私と一緒にいるクオンを見つけると話しを始めた。


「そこの奴隷は誰なんだ?」


 ロックがクオンの事を侮蔑の表情で見る。こいつは差別ばかりする男だ。とりあえず私はクオンの事を紹介する事にした。


「こちらは私の友人のクオンです」

「ふん、何故奴隷などを連れているんだ?しかも加護無しの無能じゃないか」


 馬鹿にしたようにそう言った。


「ロック様、奴隷などと蔑まないでください。クオンは私の大事な人です」

「大事な人だと? 貴様は俺が飼ってやると言ってるんだ! 他の男に興味を持つな!」


 ロックは私に言い寄ってくるゴミ男の一人だ。

 しかも、こいつの言動のせいでクオンが不思議そうな顔をしている。早く弁解をしなければと私は口を開く。


「いえ、私は貴方のペットにも妾にもなりません」


 クオンは明らかに怒った表情をするが、クオンの今の身分は奴隷で、貴族に文句を言うと不敬罪で処刑されてしまうので口を挟めない。


「その奴隷の方が俺よりいいというのか?」

「当たり前じゃないですか」


 私が当然のように即答すると、ロックは錯乱したように取り乱した。


「あり得ないだろ、俺は大司教の嫡男にして、たった3年で希少級魔法師になって冒険者ランクもC級の男だぞ!」


 希少級魔法師と冒険者ランクC級とは一般的に一流と言われるレベルなのでロックくらいの歳なら凄いことなのだろう。しかし、私はそんなことは気にしてはいない。世間一般的に認められているからどうだと言うのだ……


「そんなことは関係ありません、クオンは貴方と違って私のことを人として見てくれているのです」


 私の言葉を聞くと、ロックは覚束ない足取りのまま、ドアへ向かう。


「覚えてろよ! 絶対に後悔させてやる」


 ロックはそういうと部屋を出て行った。


 クオンに迷惑をかけたので謝ることにした。


「ごめんなさい。迷惑かけてしまって」

「いいんだよ、別に気にしてないから」

「ロック様は私のことを妾にしたいらしく、ずっと言い寄って来ているんです。無理だとはお伝えしているのですが」

「ティリスは美人だから仕方ないよ」


 美人だと言われて私は頭が沸騰しそうだった。でもそれならクオンもイケメンだろう。


「ありがとうございます、クオンもカッコいいですよ」

「お世辞でも嬉しいよ」


 クオンはお世辞だと思っているが、それは違う。これは私の本心だ。


「お世辞じゃありません」


 そう言って私が頬を膨らませると、クオンは面白がって笑った。


「はは、なんだよその顔、ティリスはどんな顔しても可愛いな」


 またドキッと、した。

 クオンは私の事をずっと褒めるから心臓が持たない。


「そんなことありません」


 クオンと私はお互いに褒め合って笑い合った。


 クオンさえいればいい、


 しかし人生は、そううまくいくものではないものだ。



 

――――




 それからもいつものようにクオンと一緒に話しをしていた。すると急にドアが開けられ、部屋に父である国王と衛兵数人が入ってきた。



「奴隷クオン、貴様に死刑を言い渡す」


 いきなりのことに私の頭は真っ白になった。だが、私の無駄にいい頭脳は活動を始めた。


「お父様、待ってください! 何故クオンが死刑になるのですか!」


 私は何故、クオンが死刑にならなければいけないのかと、怒りの感情でいっぱいだった。


「どうやら、大司教様の息子に暴言を吐いたらしいからな、地球とやらの知識はだいぶ聞くことができたので、ついでに死刑にしようということでな」


 あのクソ野郎が親に泣きついたことを理解した。そして、流石にそれはおかしいと思ったのか、クオンが反論する。


「待ってください! 俺は暴言なんて吐いていませんし、それに保護を約束してくれたじゃないですか!」


 クオンの言うことは正しい。事実、クオンは何もしていない。だがこの国では国王が絶対なのだ。


「ふむ、それは司教が約束したことだ、余には関係がない。それにこの国では王の言うことが絶対なのだ。私が決めたことだ、過程はどうであれ決定事項だ」


 父はそういうと、クオンを捕まえろと衛兵に指示を出す。

 なんとかクオンを助けなければ……私はどうなってもいいから……私はそう思い、言葉を出す。


「お父様、お願いします、私はなんでもします。どうなってもいいので死刑だけは許して下さい」


 父は考える素振りを見せる。


「ふむ、いいだろう。こいつをあそこに送れ」


 あそことは、多分、聖教会の所だろう。その前に少し言う事がある。


「待って、少しだけ話をさせてください」


 私はクオンに近づく。


「クオン、生きて、生きてさえいればまた会えるはずだから。短い間だったけど貴方と過ごした日々は私の人生で一番楽しかった。ありがとう」


 私はクオンに心配をかけないように、泣きそうになりながらも、作り笑いをしてそう言った。

 クオンも泣きそうになりながら言う。


「でも俺が生きていても、君はこれからどうなるんだよ! 君には不幸になって欲しくない」


「酷い目になんて合わないから、大丈夫。それに私はクオンが生きていればそれだけで幸せだよ」


 クオンが心配してくれるが、私は大丈夫だ。


 あなたが生きていてくれれば不幸じゃないよ……


「ごめん。約束守れそうにないね。そして助けてくれてありがとう……待っていてくれ! 君に絶対に会いに行くから、そしたら俺とーー」「衛兵、もういいこの奴隷を連れていけ」


 クオンが最後の一言を言い切ろうとしたところで、父は言葉を遮った。


 そしてクオンは衛兵にどこかに連れていかれた。すると父が、部屋で呆然として何も考えられない私に声をかけてくる。


「あの奴隷は生かして、王城から追放する……ただし、ここでの記憶は聖教会の力で消してもらうがな」


 その言葉で私は逆に正気に戻る。こいつは何を言っているのだろうと、


「どういう事ですか?」


「その意味通り、王城での生活を全て忘れさせる。反乱の意思を持たれても面倒くさいのでな」


 父の言葉を理解し、私は狂う。


 この幸せな日々を理不尽に奪われた。ただクオンがいれればよかった。普通じゃないとしても、自由が無いとしても。


 そして、父が言うにはクオンは私との出会いも、会話も、約束も全て忘れているのだろう。


 なんで、私だけ幸せになれないの? ねぇクオンを返して、幸せな日々を返して、もう人間に嫉妬なんてしないから、全てを返して。


――その時、私は狂い壊れた。


『私の力を貸してあげようか?』


――私は禁断の力に手を出した。


 その出来事から私は変わった。心だけではなく、見た目も。


 私は禁断の力によって足を手に入れた。そう、人間の姿を手に入れたのだ。


――私はかつては人間を羨んでいた。今はその人間になる事が出来るようになったが、あくまで目的のためのただの手段にすぎない。


 そして、第三王女のティリスはこの世に存在しないものとなった。

 私は、ティリス・セイドリーテ改め、フェール・タラッサという名を手にした。


 さて、準備は整った。


 クオンと私の愛を叶えるための舞台を整えよう。


――もう、誰にも邪魔させない。



 そして、それから12年が経った。

 私は、クオンとの愛を誰にも邪魔させないためならば、どのような行動も厭わなかった。中には人として禁忌とされる非道もたくさん行ってきた。全てはクオンのために……


 そして、遂に王国で一番の力を手に入れた。そして、優秀な部下たちも育て上げた。

 王国では国王派に継ぐ勢力を持っているだろう……だがまだ足りない。王国で誰にも邪魔させないための力を手に入れなければクオンとの幸せはない。


 今日もクオンのために日々勤しんでいる。


 そんな最中、私は、帝国との戦争始まるということを耳にした。さらに名声を高めるためにも、王国軍を率いて参加することにした。


「お嬢、どうせ王国を乗っ取るのに、わざわざ帝国との戦争に協力する必要あるの?」


 私に話しかけてきたのは、部下の一人であるエリザベスだ。


「私が王国を支配する前に、帝国に奪略されたら面倒でしょ? それに他にもメリットある、だからこの戦争に参戦するのよ」


 私の言葉にエリザベスは納得したようだった。


 そして、帝国との戦争が始まった。


 私は三つある戦場のうち、一つの戦場の総大将を任されることになった。


 戦争が始まる前の私の作戦はこうだった。序盤はわざと何も行動せず、王国軍側を帝国に攻めさせる。そして王国軍が壊滅寸前になったら、私の力で帝国軍を全滅させるのだ。そうすれば反乱に邪魔な王国軍も少なくできる、帝国軍を撃退出来る。さらには、誰もが負けを確信する場面で私が王国を勝利に導いたという演出も出来る。メリットばかりの作戦だった。


 しかし、その作戦は変更せざるを得なかった。なぜなら、その戦争には、私の愛するクオンが奴隷兵の一人として参戦しているこということを知ったからだ。


「エリザベス、作戦を変えるわ……クオンを英雄に仕立て上げることにするわ……だから、あなたにも協力してほしいことがあるの」


「了解だよ」


 私は、クオンのために作戦を変更することにした。


 そして、戦争が始まると、エリザベスの肩入れを受けつつ、クオンは自分の力で活躍をしていった。クオンは記憶が無いとはいえども、この9年間で強くなるためにかなりの努力したのだろう……

 ああ、素敵だ。私のために強くなろうとしてくれたんだ、きっと。


 そして、クオンの活躍もあり、戦争は終盤に差し掛かる。私は作戦を実行するためにも、エリザベスに命令を出した。


「作戦会議にクオンを連れてくるようにして頂戴」


 その後、エリザベスの巧みな誘いにより、クオンを作戦会議に連れくることが出来た


 そして、作戦会議が始まる。私があまり戦闘に参加しなかったことを受け、やはり王国軍は劣勢であった。そのため、論議は思うように進まない。


(計画通りね……あとはクオンにこの状況をひっくり返す作戦をこっそりと伝えるだけね)


 私はそう考え、実行しようと考えた。だが、クオンの様子がおかしかった。まるで無能な王国軍を見て、何故こんな簡単な作戦を思いつかないのだろうという顔をしていたのだ。


 それを見て私はクオンの意見を聞くことにした。


 するとどうだろうか、クオンは私の作戦に気付いていたのだ。私が英雄に仕立て上げる必要もなく、クオンは戦争で活躍する知力、劣勢をひっくり返す思考力を兼ね備えていたのだ。その両者とも、9年前のクオンは持っていなかった。つまり、記憶を消されながらも私のために努力を惜しまなかった、ということだろう。


(たとえ記憶を失っても、私のために努力するなんて……ああ、なんて素敵なの、私は幸せよ……)


 それから、クオンが提案した作戦を遂行し、王国軍は帝国軍を撃破した。



 純白の魔女ような汚れ一つない白い髪、肌は少しだけ黄色、幼くも見える童顔と、中世的にも見える整った顔。クオンは12年前となにひとつ変わっていなかった。それに比べ、私は当時11歳で今は23歳。随分と変わってしまった。心も体も。


「クオン少佐、いや、クオンって呼んでも良いですか」


 私は我慢しきれずに、クオンに声を掛けた。


「はい、構いません」


 クオンは敬語で答える。やはり私の記憶があるわけではないのだろう。


「ありがとうございます……」


 私は涙が溢れそうになるのを我慢しつつ、話を続ける。


「私のことはティリスと呼んでください」

「……ティリスですか?」


 クオンにはフェール・タラッサという偽りの名前で呼んで欲しくない。だから、私は第三王女だった、クオンと出会った頃の名前で呼んでもらうことにした。


「はい。私の本当の名前です……やはり覚えてませんか?」


 大きな不安を抱えながらも少しの望みを込め、私はクオンにそう聞いた。


「……なんの話ですか? お名前はティリス大将とお呼びした方がよろしいでしょうか?」


 その言葉を聞いた瞬間、堪えていた私の涙は溢れ出した。感情が止められない、知っていたはずなのに、クオンの記憶が無いことを。


「すみません、何か気に障りましたか?」


 クオンが心配そうな顔をして、聞いてくる。その顔を見て、心配をかけたくないと思い泣き止む。


「いえ、なんでもないです。ただ、ティリスと呼び捨てで構いません」

「でも、公爵家当主の方を呼び捨てにするのは……」


 今の偽りのフェール・タラッサは、第三王女ではなく、公爵だ。奴隷であるクオンが公爵を呼び捨てにするのは難しいだろう。だが、私は知っていることがある。


「ベスは呼び捨てなのに?」


 手助けして貰ったときに、クオンはエリザベスを呼び捨てで呼び合う仲になっていることを、


 私は頬を膨らませながら、クオンに言った。


「では2人きりの時はティリスとお呼び致します」

「敬語も無しです」


 エリザベスとは敬語で話していない。


「わかったよティリス」

「はい、クオン」


 私は12年ぶりにクオンに名前を呼ばれて、照れる。そして、12年ぶりにクオンとふれあいたくなった。


「今から、私がすることは気にしないでください」


 私はクオンに近づき抱きしめる。

 触れ合って分かったが、12年前の筋肉の少ない細身の体と違い、今のクオンはしっかりと筋肉が付いていた。きっとクオンも苦労をしてきたのだろう。

 私は抱きしめる腕に力を入れる。


「……久しぶりクオン……会いたかったよ、あの時は君の方が年上に見えたのに、今は私の方が年上に見えるね……君と別れてからずっと、君だけのために私は頑張ったんだよ……きっと私を思い出させてあげるから、もう少し待ってね」


 記憶の無いクオンは、どうやら混乱しているようだった。その時、後ろから声が掛かけられた。


「……お姉様、私から愛する人(クオン)まで奪おうとするのですか?」


 この声は、モネ・タラッサだろう。私の義妹だ。12年間の間の私行った非道の被害者の一人だ。そして、私の目的のためにその公爵令嬢という身分を奪い取り、平民に落したはずだ。そして、今の名前は確か、ルーイと言ったはずだ。


「別に私は奪う気はないわよ……ただクオンは元から私の大事な人なの、きっと全てを思い出したら私を選んでくれる」

「クオンは私と愛し合ったんです……余計なことはしないでください」


 クオンと愛し合うとはどういうことだ……私はこの女を殺そうと殺気を出した。


「まあ、何があったかわからないが落ち着いてくれ」


 しかしクオンが止めてくる。私は今現在のクオンの気持ちが気になり、質問をした。


「クオンはどっちがいいの?」


「ティリスとは今あったばっかりだし、ルーイの方が大事かな」


 クオンの言葉を聞いて、私は落胆した。世界が終わった気がした。その時、


『今は彼女に譲ってあげればいいのよ……恋は奪い取るほうが楽しいのよ、それにそっちの方が妬けるでしょ?』


 レヴィアタンが声を掛けてくる。レヴィアタンとは私に力を貸してくれた、私の心に住む力の名前だ。その言葉を聞いて確かにそうだ……別に最後にクオンが選んでくれるのが私ならいいかと思い、冷静になる


「絶対に私のものにしてみせる」



 最後にクオンを奪い取るのは私だ……何があってもだ。


――私は嫉妬に狂う。


――私の(嫉妬)をクオンに向けよう。


 それが私の生き方だ。

 

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