13話:奴隷は捨て玉
王国の人口は500万人であり、戦時での軍人以外の動員数は10万人が限界と言われており、それを超えると戦時中もしくは戦後の国の運営が正常にできないと考えられている。
王国の軍は元帥(国王)、大将、中将、少将、大佐、中佐、少佐、大尉、中尉、少尉の階級が存在しており、その合計の人数は30000人と言われている。
軍人は戦争時に平民兵や奴隷兵を率いて戦うことになる。
軍人になるためには、軍学校卒業資格、もしくは魔法師である必要がある。
王国歴ー645年のヘイトス帝国との戦いでは10万人以上が動員され。ここでの人類への大損害は後の世界の転換点になったといわれる戦いになった。
――王国史――
俺たちは軍で受付した後、軍人に言われて街の外の軍の集合場所に来ていた。
そして周りには俺たち以外にも、数万をも超えてそうな大勢の武装をした人がいた。
「な、なんだこれ、俺たち以外にもこんなに人がいる」
「ヴォルフ、別に驚くことじゃないですよ? 王都の祭りならもっと人がいますし、しかもここは帝国との三つある戦場のうちで一番、兵士が少ない場所です」
ヴォルフとルーイが話している。
そして俺たち奴隷兵や平民兵の前には軍服を着た軍人たちがいた。
5000人ほどだろうか……俺は軍人たちを見渡していると……
「なーー!!」
思わず声を出してしまった。凄まじい魔力を感じるからだ。
その魔力の持ち主は、軍人の集団の真ん中に座っている。サファイアのような透き通りながらも深い青髪と瞳をして、腰まで程の長髪。20代前半くらい、170㎝ほどと女性にしては大きめで、目元には泣きほくろ。傾国の美女というレベルの美貌で、全体的に知的な雰囲気を感じさせる女だ。
しかし、驚くべきはその魔力だろう。
魔力量は俺以上で、魔力の質はとてつもない濃い、まるで底の見えない深海のようだ。量と質ともに異世界で見た中でも圧倒的だ。
周りの偉そうなやつらもほとんどが魔力の質、量ともに一般軍人のそれを上回っている。これが噂に聞く貴族たちか。
俺が青髪の女の魔力に驚いていると、隣のルーイが震えていた。
「ルーイどうした? 震えているけど何かあったのか?」
声をかけるとルーイは首を横に振った。
「いえ、なんでもないです……今の私には関係ないことなので」
明らかに何かあるようだった。戦争に不安を覚えているのかも知れない。
「大丈夫だ。俺がお前たちを守ってみせる。あの貴族たちを見た後だと頼りなく見えるかも知れないけど、そこら辺の奴には負けないよ」
俺がそう言うとルーイの震えは止まっていた。
少し経つと、青髪の隣の30代後半くらいといった赤髪のガタイのデカい男が、馬鹿でかい声で話し始めた。
何かの魔法で増音しているのか、これだけ人数がいるがしっかりと聞こえてくる。
「私は王国南方軍の副将を務めさせてもらっているバン・シュナイダー侯爵だ!軍での階級は中将であるため、ここではシュナイダー中将と呼んでくれ」
凄まじい威圧感だ。俺が今戦ったら十中八九負けるだろうと感じさせるくらいだ。
どうやらこいつは貴族らしい、その魔力の量と質は隣の青髪の女に劣るだろうが、圧倒的だ。
「隣にいるお方は、フェール・タラッサ公爵だ!軍での階級は大将である。この軍の総大将だ!」
女で一軍の総大将にして公爵ということは、この世界では女性が成り上がれないということはないのだろう。
そう紹介されるとタラッサ公爵は立ち上がり話し始めた。
「私はタラッサ公爵です。さっそくですが、我々の王国は領土欲により悪魔となった帝国の魔の手に脅かされています! 平民の方は守るべき家族がいるでしょう! 野心に燃えた軍人や貴族はここで活躍すれば出世間違いなしです! 奴隷の方は自由の身をが欲しいでしょう……
公爵は手を広げ、圧倒的な魔力を周囲に放ち大声で続ける。
女性とは思えないほどの迫力だ。
……この戦争で活躍したものは、望むままの名誉と地位、膨大な財をフェール・タラッサの名にかけて約束しましょう!王国に絶対なる勝利を!!」
「「「「王国に絶対なる勝利を!!!!」」」」
凄まじい熱意だ。市民や軍人だけでなく奴隷たちもやる気に満ち溢れている。凄まじい士気だな。
これが貴族のトップか……
熱気も収まらないまま、俺たちは奴隷は「奴隷のやつらはこちらに来い」と言ってきた軍人に連れられて、司令室前に集められた。
――――
6千人ほどの奴隷たちが集められた。
その前に一人の男が出てくる。
緑髪で無精ひげを生やした。30代後半の不真面目そうなおっさんだ。
「えーと、俺の名前はクリス・ウィリアムズ伯爵だ。一応中将で君たち奴隷兵の総大将を任せられている。よろしく」
クリス伯爵はそう言って覇気のない挨拶をした。
魔力の量と質は凄いが、フェール公爵やバン侯爵を見た後だと見落とりして見える。その覇気のない雰囲気のせいでもあると思うが。
「さて君たち奴隷兵には、ゴモス平原上部のメラレーン森林を担当してもらうーー」
メラレーン森林とは王国と帝国の国境を跨いでいる熱帯雨林地帯のことだ。
都市ソドラの近くでの帝国との戦いは、主にゴモス平原での戦いと、このメラレーン森林での戦いの二つの戦線に分かれるだろう。俺らはメラレーン森林担当というわけだ。
「――上層部が言うには、奴隷には高度な命令は無理だろうとのことで、君たちは適当に森林で戦っておいてくれとのことだ――」
さっき絡まれた時もだったが軍の奴らは、俺たち奴隷兵を使えないものだと馬鹿にしているらしい。
まあ、それもそうだろう普通の奴隷兵は身体強化すら使えない奴もいるらしく烏合の衆だ。
しかし俺たちはこの半年、いやダンジョンに潜っていた期間も含めると数年間、戦闘に携わってきたダンジョン奴隷だ。そこらへんの奴隷兵には負けないし、並みの軍人にだって負ける気がしない。
「――あと、同士討ちと敵前逃亡だけはするなよ。それではそれぞれの部隊に軍人を付けるから、軍人の指示に従ってくれ。各自、戦闘地区に行って待機。戦闘は笛がなったら、森林の奥に進んで戦闘していってくれ……うん、以上だ解散」
そういって、6000人ほどの奴隷たちはだいたい100人ほどに纏められて部隊編成され解散させられた。6000人だから60部隊ほどだ。
俺たちは事前に200人での部隊の登録をしていたため、200人での部隊編成だ。
――――
俺たちの部隊にも担当の軍人が来た。
「君たちの部隊の担当のオーウェン大尉だ。よろしく」
オーウェンと名乗った軍人は20代半ばといった感じで軍人にしては若い方だと思う。俺たちに侮蔑の視線も向けていないため、当たりの軍人だな。
「どうやら、この部隊は隊長がいるそうなので私は上からの指示だけ伝えることにするよ。何かわからないことがあったら聞いてね」
オーウェン大尉がそう言うので疑問に思ったことを聞くことにする。
「では、俺たち奴隷部隊はクリス中将が言ってた通りに適当に戦って、そのまま突撃するのですか? それぞれ担当の戦場はないということですか?」
オーウェン大尉は「あの人、適当なことしか言わないからな」とため息をついた。
「適当に戦えというわけじゃなくて、このメラレーン森林での戦いはだいたい10部隊ごとで6つの戦線に分けられている。まあ、君たちはその戦線の第四戦線に配置される。この辺りだ……」
オーウェン大尉はそう言って、俺に地図を見せてくる。
メラレーン森林の詳細な地図を初めて見た。川や沼、窪んで低くなってる所、大地が盛り上がり高くなっている所などと言った詳細な地形が書き込まれている。特に目立つのは一か所だけ高くなっている地帯がある。地図を見るとここはメラレーンのへそというらしい。だいたいメラレーン森林の中心くらいにあるからそう呼ばれているのだろう。
俺が地図を見ながらいろいろと考えているとオーウェン大尉が声をかけてきた。
「――ここまでは大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
「あとは君たちはそのメラレーン第四戦線で戦ってもらうだけだ、上からの指示は戦線を上げる必要はないから、とりあえず耐久戦に持ち込んでくれとの話だから、そうするように」
俺はその言葉を聞いて疑問に思った。
戦線を上げないのか? それではどうやって俺たちは勝てばいいのだろうか。
「戦線を上げなくていいのですか?」
「うん、もし優勢で敵の部隊を倒してもそのまま前進しないで引いてきてくれ」
なにか軍に作戦があるのだろうか? まあ上からの指示なら聞いといた方がいいだろうな。
「了解しました」
「では私に付いてきてくれ君たちの担当場所まで送るからさ」
俺たちはオーウェンに付いていく。
森林地区での移動中、俺はいろいろ考えていた。
帝国との戦いでは、基本的にはゴモス平原が主戦場となり、その上のメラレーン森林でも戦線が展開される。そこを俺たち奴隷兵たちが任されるという感じだ。しかしこの森林は熱帯雨林だから、川や沼などといった水地が多いので、だいぶ戦いずらそうだ。
いろいろと考えてる途中にヴォルフが話しかけてきた。
「おい兄貴、もう戦争が始まるんだってよ! 大将のべっぴんの姉ちゃんの話聞いたかよ、凄いな自由な身だってよ、俺はもう5年も女は抱いてないんだぜ、あー早く平民に戻りたいな」
そんなこと言っているヴォルフはこの戦争のことを何も理解していないだろう。
でも確かに奴隷生活は女のいない生活だからな。ヴォルフのいうことも理解できる。
「女か、確かに人肌恋しいな……てか、お前が平民だったなんてな、てっきり始めから盗賊とかの犯罪者だったかと思った」
「これでも元Dランク冒険者だったわ!女とギャンブルのせいで借金作って奴隷落ちだ! そういう兄貴はどんな生まれなんだよ?」
俺はその質問をなんて返そうか迷っているとルーイが話に入ってきた。
「クオンがどこの生まれでもいいでしょ?このアホ奴隷。クオンの品位が下がるから話しかけないでください」
「なんだと、チビ助ぶっ飛ばしてやる」
「上等です!脳筋に負けるわけないでしょう」
ヴォルフとルーイは仲が悪い。いつも喧嘩しているからな、いや逆にこれだけ喧嘩するなんて仲がいいのか?
二人の喧嘩を横目に見ながら歩いていると、俺たちは戦闘区域であるメラレーン森林の目の前に着いた。
「ここで合図があるまで待機だ」
「了解です」
「じゃああとは任せたよ、私は君たちの後方にいるから。戦闘の指示は君に任せたよ」
大尉はそう言って後ろの方に下がっていった。
俺は奴隷たちに指示を出す。
「森林で戦闘になったら周りの数人一組でお互いの背を任せあいながら戦え! 奇襲には気を付けるように慎重に行け! 俺は一番先頭で奇襲がないか確かめる役目と先陣を切る役目をするから、それ以外の指示は副リーダーの指示に従え。わかったな?」
「「「「おう!!!!」」」」
俺がそういうと、奴隷たちは大きな声で返事をした。
返事はするが本当にわかっているのだろうか? 団体行動の訓練もしたから大丈夫だと思うが、不安だ。
それから十数分ほど待機していると、合図の笛がなった。
「行くぞ、お前ら!」
――――
とある司令室で、男と女が話している。
「さて、そろそろメラレーン森林でも戦闘が始まるな……セレス少将はどうみる?」
彼女はセレス・エイベル。子爵家当主で、茶色の髪で身長は160㎝ないくらい、10代後半ほどの柔らかそうな雰囲気の女性だ。一番の特徴はその軍服の上からでもわかる胸だろう
「そうですね。明らかにこちらの戦力が少ないですね、人数もいないくせに奴隷も悪いとなると厳しいですね」
「王国軍は軍人が600人と奴隷兵6000で、帝国側は帝国兵団10000人と魔法戦団1000人か……こちらの奴隷兵が痛いな、あちらは一応訓練をされている兵たちだぞ」
「無理ですね……まず、熱帯雨林という地形的に歩兵よりも魔法兵が有利でしょう。歩兵、魔法兵ともに負けている時点で勝つことは無理ですが、流石に総大将でもそんなことはわかっているはず……つまり勝つことが目的じゃない、こちらの軍人たちは風魔法や土魔法という足止めに有効な魔法師が多いです。つまり総大将の目的は持久戦ですか」
セレスが大将の考えを推理すると、それを褒めるかのようにクリスは拍手をした。
「……流石だな、軍学校をたったの1年で卒業しただけある。少将の考え通り、俺が総大将に言われたことは、勝たなくていいから絶対に森林地帯を死守しろ、とのことだ」
クリス伯爵がそう言うとセレス子爵は地図を開き、覗き込む。
「やはりそうでしたか……こちらを手薄にして、ゴモス平原に戦力を集めて平原を先に叩くのでしょうか……しかし国境を跨いで展開するメラレーン森林を敵に取られてしまえば――」
「――国境付近で展開している王国軍の後ろに回り込まれるか……故にメラレーン森林を死守しろか、しかし、帝国兵はこちらより圧倒的に多く強いぞ、本当に持ちこたえられるか?……さてどうするものか」
ヴォルフの基礎能力
魔力量:D
身体能力:C
魔力操作:C
精神力:C
魔法:無し
武術:C




