10話:純白の英雄
200人ほどの男たちが体に魔力を纏い。さらに自分の武器にも魔力を纏わせながらも、互いに武器をぶつけ合う。
「それまで!……休んでいいぞ!」
俺がそう言うと奴隷たちは汗を滝のように垂れ流しながらも訓練の手を止めた。
訓練を初めて半年が経った。
200人たちの奴隷たちは身体強化の練度も上がり、魔力浸透ができるようになった。もうそれぞれが冒険者ランクでいうところのDランクといったところだろう。ダンジョンに行っても何人かで行けば、第一の通路くらいは余裕で制覇できるだろう。
訓練の内容として、まずは魔力操作の練習をさせた。身体強化の練度を上げるためだ。
次に魔力浸透を覚えるために、体の外に魔力を出す感覚を覚えさせた。やはりこれが意外に難しく、予想以上に難航した。
どんな方法でこれを解決したかというと、身体強化した状態で体に傷をつけた。そうすると、体から魔力が漏れ出してくるので、その漏れ出す魔力の感覚をつかむという訓練だ。これにより、だいぶ時間がかかったが魔力を身体の外に放出できるようになった。あとは身体の外に出した魔力を武器に纏わせる訓練をした。これも出来ない奴が多かった。なので俺が直接、出来ない奴の魔力を操作してあげることで魔力を纏わせる感覚を身体に覚えさせて無理やり解決した。この訓練は奴隷たちだけでなく、他の人の魔力を操作するという俺の魔力操作の訓練にもなったのでよかった。
さらにこの訓練と同時進行で、魔力がなくなったものから順に武器を使った戦闘訓練をしてもらった。これにより戦闘技術も向上しただろう。
最近は今やっていたように、身体強化と魔力浸透をしながらも戦う訓練をしている。
奴隷たちはみなだいぶ強くなったはずだ。
そして連携力を高めるということだが、この半年で無事奴隷たちとも仲良くなった。みんなリーダーとか、隊長とか言ってくれるし、冗談も言い合える。
でも一部とは仲良くなりすぎたのか、時々、奴隷たちがダルがらみしてくるため、ムカッとする時もある。もちろんそのあとの訓練で模擬戦を称してボコボコにしてやるが、それでもまだふざけた冗談をしてくるやつもいる。もっと厳しく訓練する必要があるのか?
まあ、奴隷たちとはこんな感じで上手くやれていると思う。
そして、俺自身は元の身体能力を上げるために、奴隷の訓練を見つつも、身体強化なしで、筋トレをしていた。今では細マッチョと言ってもいいのではないか。
他にも槍の技術を上げるためにリク教官との模擬戦を今まで以上に頻繁にしている。
模擬戦では、既に俺の方がリク教官より魔力操作は上になっていたので、技術を上げるためにもリク教官よりも同じかそれ以下くらいの身体強化率で戦っている。
そんな感じで訓練を続けていると、リク教官が近づいてきた。
「だいぶこいつらも強くなったな、これなら王国の正規兵にも負けないと思うぞ、お前の指導のおかげだな」
「ありがとうございます、元からこいつらに才能があったんですよ」
こいつらに元から才能があったのは確かだ。ダンジョン奴隷に使われる奴隷は鉱山で魔力中毒にならず、ダンジョンの魔力濃度に耐えられるよな魔力量を元から持っているのでそういう点では一般人よりも才能があるだろう。
「お前の指導力もあったんだろうな、俺の指導力ではこうはならなかったよ」
「ありがとうございます。でもこれは教官の指導のおかげですよ、俺の今の槍の技術も教官のおかげですし」
教官が何故か今日はよく褒めてくれる。
「そ、そうか、それならよかった。ところで帝国が軍を王国の国境に向けて出発させた。お前たちも明日出発になるからその準備をしろよ」
教官が照れくさそうにしていたが、真剣な表情になってそう言う。
そろそろ帝国の争いが始まるらしい。俺は戦争というものも人を殺すというのも考えがつかない。だが、ここで活躍すれば奴隷から解放されるので、奴隷から解放されるためにも頑張りたいと思った。しかし解放された後どうしようか、という不安もあった。
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そして一日が経ち、俺たちは戦争に送られることになった。
見送りにリク教官たちがくる。
リク教官が話しかけてきた。
「ーーーーーーーーーー」
「もちろんです……そして絶対に帰ってきます!」
「お前は名字もあるって前に言っていたな……お前の本名を全部聞かせてくれ」
この国では奴隷と平民は名字を持つことが出来ない。前に教官には名字があることを伝えたので俺の名前をフルネームで聞いておきたいのだろう。
「わかりました……俺は佐々木久遠です。この国だとクオン・ササキですね」
「連邦国の一部で使われてる名前だな……じゃあクオン! 奴隷から解放されて来いよ!」
「出世して奴隷からいっきに貴族になるかも知れませんよ?」
「っふ。その時はもやし様って呼ばなきゃだな……気を付けろよ」
俺が冗談を教官にいうと、鼻で笑われて冗談を返された。でも俺のことを心配しているようだった。何故だろうか少し目が潤う。
「いや!結局もやしじゃないですか……教官の方こそ体調には気を付けてください。まあ全身筋肉なんで大丈夫だと思いますけど……お元気で!」
そう言って、俺は教官と別れた。
ここでの約3年間の生活は異世界で来てから一番楽しかった。いや前の世界も合わせて一番だろう。
刺激的な生活、成長を実感できる生活、そして鉱山のやつらと違って、ここの人たちはしっかり人間としてみてくれて、一緒にいて楽しく冗談も言い合えた。そして、リク教官は俺の師匠とも呼べる存在だ……今度は来るときは奴隷としてじゃなく、一市民としてここに帰ってこよう、ここの教官になるのもありだな。
俺はそう思いながらも、訓練所を後にした。
昨日は心の中にあった不安をもう無かった。
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side:とある筋肉教官
ここの奴隷たちの中には異質な奴がいる。
そいつは初め来たときは、戦闘もした事も無さそうな細見の体だったが筋肉の付き方にどこか違和感があった。
まあ、見た目通り力も技術も無かったけど。何故か初めから身体強化はできていた。だが戦闘は弱かった。
今では筋肉が少し付いて、本人は細マッチョだと言っているが、俺から見たら少し筋肉が付いているだけでひょろいのは変わらないが……
しかし、一か月、二か月としていくうちに変わった。槍の才能はだいぶあるほうでちゃんと考えながら戦えるし、一度、魔力浸透を教えただけでできるようになり、魔力操作の才能は抜群、座学はなんで奴隷に落ちたのかと思うくらいの頭の良さがあり、礼儀も正しい。欠点といえば白髪のため魔法が使えないということだろう。
そして訓練をたった2か月で卒業すると、そいつはロストダンジョンに行くことになった。
ロストダンジョンに潜って、初日に何故かはわからないが謎の槍を持って帰ってきた。
それからは俺に訓練をしてくれって言ってきてびっくりしたが、本人には聞いてないが何かあったのだろうな……
ロストダンジョンから帰ってきてからは模擬戦も何度かしたが、魔力の質も明かに試練の第一門を突破している感じで、なにより魔力量の底が見えないほどに多かった。まるで高位の貴族のように……
しかし、加護はロストダンジョンでは手に入らないはずだし、無色に加護なんて存在していないはずだし、あの魔力量はどうしたのだと問いただしたくなったほどだ。
いいやつだが、ほんとによくわかんないやつだ。
それから時々模擬戦をしてやったりしているうちに二年くらい経ち、帝国との戦争があると聞いた俺は頭がよく真面目で強いそいつを奴隷たちのまとめ役に推薦した。
俺以外の教官が候補にあげたやつとの戦闘があったこと以外は上手くいったと思う。
それから、奴隷たちの訓練をそいつに任せてしばらくたつと、俺の予想通りそいつは奴隷たちをどんどん成長させていった。
奴隷たちだけでなく、そいつ自身も成長していた。模擬戦を始めた2年前は俺の方が槍の技術も身体強化も俺の方が上だった。だが今では槍の技術はもう追い抜かれた。魔力操作に至ってはレベルが違うだろう、魔力浸透の練度も圧倒的だし、身体強化も凄まじい。半年前からは素の筋力をあげることでさらに身体能力もあがっている。
もし、魔法ありの全力の戦闘であったとしても俺はこいつに負けてしまう気がする。
ちなみに俺自身も元々冒険者だったこともあり、第二段階の加護持ちで希少級魔法までは使える。属性は火だ。
俺はそいつのそんな成長力に畏怖している。
S級を超える英雄のようになるのはこいつのような奴らなんだろうな、と
第3の試練で立ち止まって冒険者を引退した俺と違って……いや、こいつは魔法を使えないのだからそんなのは関係ないか。
魔法が使えなくて強いといえばまるで亜人殺しの剣神のようだな……
まあ、なんだかんだあって、いろいろ異質なこいつは実は元貴族なんじゃないかと疑っている。けど、そんなことは俺にとってはどうでもいいけどな。今日、そいつが戦争に出る。
「頑張ってこいよ!」
「ありがとうございます、ゴリラ教官もお元気で」
「……いうようになったじゃないか、もやし、いや、クオンここにはもう帰ってくるなよ」
「どういうことですか?」
そいつは不思議そうな顔をした。頭がいいくせに察しが悪いな。
俺は照れくさそうにそいつに言った。
「この戦争で奴隷じゃなくなったらここに帰ってくる必要もないだろ……出世してこいよ!! そして絶対に死ぬなよ」
そいつは泣きそうな顔をした。
泣くんじゃねぇえよ、俺も寂しくなるだろ……
「もちろんです……そして絶対に帰ってきます!」
「お前は名字もあるって前に言っていたな……お前の本名を全部聞かせてくれ」
「わかりました……俺は佐々木久遠です。この国だとクオン・ササキですね」
「連邦国の一部で使われてる名前だな……じゃあクオン! 奴隷から解放されて来いよ!」
「出世して奴隷からいっきに貴族になるかも知れませんよ?」
「っふ。その時はもやし様って呼ばなきゃだな……気を付けろよ」
「いや!結局もやしじゃないですか……教官の方こそ、体調には気を付けてください。まあ全身筋肉なんで大丈夫だと思いますけど……お元気で!」
200人の男を引き連れ、背には純白の槍、純白の髪を風に靡かせるその姿はまるで、純白の英雄のようだった。




