クマムシに脅されました。
地獄行き、という残酷な単語に彩葉本人だけでなく僕たちまでもが言葉を失った。
「ちょ、ちょっと待ってよ。
なんで私が地獄行きなの!?」
『あれ、初めのルール説明の紙に書いてあったよね?
あなた方には二つの道が残されています、①生き返る②地獄に行く。ほらきちんと書いてある。
失敗したら地獄で釜茹でだよ、だって君たち死んでるじゃん。他に行くとこないよ』
笑みを含んだ、機械音。それはまるで悪魔の呟きのようだった。
「待ってください!そんな急に……!」
「そうだよ、そんなのおかしいよ!」
美尋が叫んだのを合図に僕たちもゲームマスターを非難した。
『でもこれがルールなんです、すいませんね。
大丈夫ですよ、彩葉さん。地獄の釜茹でも慣れれば少し熱いお風呂くらいのものらしいですから』
高笑いと共に彼はパチンと指を鳴らす。
すると魔法でも使ったかのように彩葉の体が急に消えた。それと同時にオンボロテレビの画面が変わる。
その異様な光景に僕は思わず反射的に目を強く瞑った。
一瞬だけ見えたのは火だるまになった彩葉の姿、暗闇の中でもなお耳を引っ掻くのは彼女の絶叫。
「やめてよ!」
美尋の悲痛な声は当てもなく宙を彷徨う。
それでも誰も、何も言わなかった。だまって彩葉の叫び声をかみしめるように聞いていた。
やがて我慢できなくなったのか雄一が席から立ち上がって、乱暴にもそのテレビを地面に投げつける。
テレビが壊れる激しい音と引き換えに彩葉の声は途絶えた。
もう、後には引けない。僕らはゲームマスターが用意したレールの上を走るしかないのだ。
恐ろしくて、なんだかむなしかった。
彩葉が地獄へ行ったその日は、それぞれ部屋に引きこもったまま終わってしまった。
「おい」
皆が寝静まった夜、トイレでも行こうかと階段を降りようとしたその時突然背後から話しかけられた。驚きのあまり階段から転げ落ちそうになったがそのことを悟られないよう必死で平静を装う。
「何?」
振り返って、再び驚いた。今度は二、三秒固まっていたかもしれない。
なぜなら話してきた相手は僕のことを嫌っているはずの雄一だったからだ。
「お前、斎藤美尋のことどう思う?」
直球!ストレート!、と僕は心の内でうるさく叫んだ。しかし、動揺している様を見せてはいけないので極めて紳士的な対応をしてやる。
「素敵な女性だと思うよ」
そう言ったらため息をされた、それも海よりも深く。おまけにお決まりの舌打ちもされて僕は完全にバカにされている。
「何だよ。お前今日、斎藤のことばっか見てただろ。
俺と同じでアイツのこと怪しんでんのかと思ったじゃねぇか」
「え、ちょっと待って。
『俺と同じ』って……お前は斎藤さんのこと……?」
「ああ、疑ってる」と彼は難しい顔をしてうなずいた。
「考えて見ろ、斎藤が何も言わなければ霜月彩葉が地獄に行くことはなかった」
そう言われると反論ができない。雄一はなおも続ける。
「斎藤だけじゃない、ゲームマスターのクマムシ野郎は俺らの中に一人くらい内通者をいれているはずだ。
もちろん、お前だってその可能性がある」
急に裏切者扱いをされて僕としては気分が悪い。反撃、とばかりに僕は小心者なりに彼を弱くにらみつけた。
「でも、そんなこと言ったら全員が容疑者だ。きりがない」
「だから少し仕掛けをしておいた。裏切者ホイホイをな」
そう言って雄一は得意気に笑った。