クマムシに死亡宣告されました。
僕はバスに揺られていた。
高校三年、最後の修学旅行。
そんな中でも僕の視線は斜め前に座る彼女から目を離せない。恋とは実に厄介なものだった。
「おーい、福太郎聞いてるか?」
「何、雄一?」
隣に座っていた雄一に話しかけられ僕の至福の時は間もなく邪魔をされる。
「いや、イロハっちがこの先傾斜がキツいから気をつけろって。張り切ってるよな、イロハっち」
「そりゃあ高校最後の修学旅行だからねみんなはりきってるでしょ。
僕は枕が合わなくて寝れないことを恐れてるけど」
雄一は楽しそうに笑い、そして何やら恥ずかしそうに視線をそらした。
「俺は修学旅行で愛の告白をしようと思う」
「やめとけよ」と言おうとしたその時だった、激しい衝撃とともに僕の視界は三六〇度回って暗闇に包まれた。
***
「お前、死んだヨ」
長い眠りから覚めた僕の目の前にいるのは絶世の美女ではなくバカでかい芋虫のぬいぐるみだった。
しかも、そんな気持ち悪い茶色のぬいぐるみに突然死亡宣告されたわけだから僕としては腹が立つ以前にすごぶる戸惑った。
テストの最終問題で情報量の多さに何もできなくなる、そんな感じだ。
考えて欲しい、目覚めた時に芋虫のぬいぐるみから「お前、死んだヨ」と言われてみろ。僕がベッドから転がり落ちなかったことだけでも評価してくれてもバチは当たらないはずだ。
だいたい何でぬいぐるみが喋るんだよ。しかもこんな需要のなさそうなぬいぐるみ誰が作ったんだ?おもちゃ屋で子供が見たら泣くぞ。キモカワの次元超えてるだろ。
現実逃避したい僕はそんなことを毒づきながら恐る恐る芋虫に話しかける。
「……僕、死んじゃの?」
噛んだ、それも芋虫相手に。
だが、ヤツはそんなこと気にも止めずに「死んだヨ」と無機質な声を返してきた。
機械音っぽいから絶対に噛むことなんてないんだろうな、と少し羨ましい気持ちになる。僕も来世はロボットに生まれたいものだ。
死んだとはまだ認めたくないけど。
「死亡届だってあるヨ」
そう言って芋虫は短い手で器用に白い紙を差し出した。人間の僕だって冬場は指が乾燥して紙を取りにくいというのに滑舌のことといいなんと生意気な芋虫だ。
そんな芋虫が持ってきた死亡届には達筆な文字が綺麗に並んでいた。その中で僕はそこに書かれていた文字という文字を噛み締めるように読み潰す。
『小田福太郎 12月6日死亡』
「誰だ?小田福太郎ってのは」
「お前、ダヨ」
「違うし、僕の名前は――」
言いかけて言葉に詰まる。
何も思い浮かんでこなかったのだ。どうしてだか自分にもわからず恐怖と困惑が頭の中でぐちゃぐちゃになった。
なぜわからないのだろうか?
覚えていることだってもちろんある。例えば好物のカレーとか住んでいた場所の断片的な風景だとか。
そうだ、僕はこう見えて繊細だからマイ枕がないと眠れなかったっけ。宿泊学習では苦労した記憶がある。
そこではたと気がついた。
当然のようにいるこの場所はどこだ?
五畳ほどの小さな部屋だ。木目調の床に真っ白な壁とパッチワークの布団。暖炉まであってまるでおとぎ話の山小屋のようだ。
いつも使っていた豚の抱き枕『ブー子』がいない、ちまちま集めていたフィギュアもない。
「ホラ、死んだから何もわかんないダロ?」
ヤツの言葉が悲しいほどに僕の胸に深く突き刺さる。
バットに打たれる白球の気持ちが少しはわかったかもしれない。それくらいに受けた衝撃は大きいものだった。
「ダイジョウブ、ライブゲームに勝てばお前は生き返れるヨ」
「……ライブゲーム?」
頭が真っ白になり何も考える余裕がない僕の脳内ではチャラいミュージシャンたちが大音量でキーボードやらギターを弾いている様子が浮かんでいた。
「……ペンライトでも振り回すの?」
「アホか、いやアホだったネ。
じゃあアホ、これ読み終わったら一階の広間に来て。他のヤツらもいるはずヨ」
芋虫なのに階段が降りれるのかと気になったがすでにヤツは部屋を出ていったあとだった。
僕は諦めて先ほど芋虫にもらった紙を手に持つ。
その内容は以下のようなものだった。
『ルール説明 livegame
ここは死後の世です。残念ながらあなた方は12月6日の事故で亡くなっています。
これから先、あなた方には二つの道が残されています。
①生き返る。
②地獄に行く。
そしてライブゲームとはいわばデスゲームの反対の生き返るためのゲーム。
今皆さんは断片的にしか記憶が残っていないと思います。特に人に関わる記憶。きっと覚えている人 間は誰一人いないのでは?
そんな皆さんに朗報です!これから生き返るために力を合わせて協力する仲間は生存時の同級生たち です!
そしてその中から生きていた頃の自分の好きだった人、嫌いだった人を見つけ出せば何とすぐに生き返れます。
自分のことですから簡単でしょう?
詳しい諸連絡は後ほど広間で行います。
それでは健闘を祈ります!
ゲームマスター クマムシより』
今頃気がついたこと。
それは芋虫だと思っていたのはクマムシだったということ、それと……。
僕は本当に死んでしまったということだ。