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旦那様の思い人


 花乃と那津の結婚生活は至ってドライであった。

 家事は分担制。

 食事を作るのは那津の仕事である。花乃も食事くらい作れると豪語したが、那津は悲壮な表情で「俺がやる」と譲らなかった。その為、食事の片付けは花乃の役目となった。

 洗濯についてはそれぞれ自分の分は自分で洗濯することになった。曜日を決めて洗濯機を使うのである。タオルなどの共有している物については休日に花乃が洗濯する。

 掃除についてはリビング等の共有部分は花乃の担当で、それぞれの部屋はそれぞれで掃除した。ただし大掃除は那津も協力することとした。

 お風呂は交代で掃除をして、掃除した人が最初に入る。

 ご飯も一緒に食べれる時は一緒に食べるが、無理はしない。

 休日は2人とも決まった曜日が休みというわけではないので、それぞれのびのびと過ごすことが多かった。

 職場での質問責めもだいぶ収まってきた頃、花乃は久しぶりの休みを家に引きこもって満喫していた。

 そんな時、送られてきた一つのメッセージ。

 それは、新たに投下された爆弾のような内容だった。


「ラブラブって……なんだろう。」


思わず漏れた一言に、那津は首を傾げた。


「何言ってるんだ、花乃。」


「あ。那津。おはよう。」


「おはよう。」


スーツ姿の那津は、今日も仕事らしい。一般の個人を顧客にしている弁護士事務所に勤める那津は、土日に仕事をする姿をよく見る。その代わりに平日に休みを取っているようなのだ。


「で。ラブラブって何悩んでるんだ?」


「あ……うーん……。」


花乃は口をもごもごさせた。言いにくそうにスマホと那津を見比べる。


「実は……。お姉ちゃんに結婚報告が遅くなったから。拗ねられちゃって。」


「お姉ちゃん」という言葉に、那津は体を強張らせた。心なしか表情も少し暗くなる。


「私と那津の……その、ラブラブな写真送れって……。」


そんな那津の様子に、花乃はさらに言い出しにくくなる。それでも口をまごつかせながら伝えた。


「そっか……。」


那津はため息を一つついた。そして、勇気を振り絞るかのように明るく振る舞う。


「葉月さん、元気なのか。」


張り付いた作り笑顔なんて、幼馴染みにはすぐわかるのに。

花乃は気付かないフリをして普通に返した。


「あ。うん。元気だよ。」


 那津のあからさまな空元気に、花乃は気の利いたセリフなんて何も出てこなかった。

 できることは気付かないフリをすることだけ。


「そっか……会いたいな。」


 ぽつりと那津は零した。

 ちらりと那津の様子を伺うと、妻の花乃の前では見せないような穏やかな笑顔をしていた。いつも憎まれ口を叩いているか、不敵な笑みを浮かべている那津からは想像もつかないほど優しい笑顔だった。


ーーやっぱり那津、好きなんだなあ。


 花乃は、そう思わずにはおれなかった。


「やべ。とりあえず仕事行ってくる。」


腕時計を見た那津は、慌ててスーツの上着を着て足速に玄関に向かう。

花乃はそんな慌ただしい那津を見送った。


「うん。行ってらっしゃーい。」


一度花乃の方を振り返り、那津はひらひらと手を振って、家を出て行った。

那津がいなくなった方を見続け、花乃は少し申し訳なさそうに眉根を下げた。


「那津……ごめんね。」


花乃の声がもう届かないとわかっていても、言わずにはおれなかった。


庚葉月。

花乃の5歳年上の姉で、9年前に結婚して子どもも2人いる。昔から才色兼備の優等生として有名で、生徒会長も務めていた。花乃にとっても尊敬する自慢の姉であり、そして、那津の好きな人である。

 幼い頃から葉月は2人の姉のように面倒を見てくれていた。

 那津が葉月のことを好きなんて、もうずっと前からのことなので、当たり前すぎていつから好きだったのか、思い出せない。

 ただ鮮明に覚えているのは、姉の結婚式の時だ。昔からの付き合いだった那津も、葉月の結婚式に呼ばれたのだ。

 綺麗な白いドレス姿の姉に素直に感動していた花乃は、その気持ちを分かち合おうと横にいた那津の方を見た。

 唇をぎゅっと噛み締めて、眉間に皺を寄せて、眩しいものを見るような焦がれるような熱い視線を、ずっと葉月に送っている那津の姿に、花乃は何も言えなくなった。

 幸せそうに笑う葉月は、そんな那津の熱い視線に気付きもしていない。多くの人に祝福され、仲睦まじい新郎新婦の姿は、幸せいっぱいで、誰かが入り込む隙なんて少しもなかった。

 それでも届かない思いを抱えて見つめ続ける那津に、花乃は『ああ、本当に愛しているんだな』と実感した。


 そして、那津のその気持ちは今でも変わらないらしい。

 あれから9年。

 本当に長い片想いだ。

 那津が花乃と連絡を取り続けるのだって、葉月との関係を切りたくないからである。そのくらい、花乃だって分かっている。

 そんな想い人から『2人のラブラブな写真が欲しい』とお願いされてしまったのだから、那津の気持ちも複雑だろう。


ーーだから結婚のこと、お姉ちゃんに黙ってたんだけどな。


 だがいつかは知られてしまう事。

 那津の気持ちも、報われることはないのだ。


「よしっ!」


 花乃は勢いよく立ち上がり、冷蔵庫を開けた。牛乳を取り出して、コップになみなみと注いでいく。

 そして、ぐびっと一気に飲み干した。


ーー私がくよくよしたってしょうがない。


 気持ちを切り替えて、花乃は自分の頬を軽く叩いた。考えても花乃に出来ることは少ない。それに、那津のために今できる事もない。


ーー今私がすべき事。それは……。


そして、花乃は力強くスマホを握りしめた。


『ラブラブ といえば』ーー検索。


ーーとにかくラブラブな写真を送るために、ラブラブが何か調べなきゃ!


 恋愛経験乏しい28歳の新妻である花乃は、インターネットを頼るしかなかったのだった。

 すると、出てくるたくさんの情報。どこか情報源か分からないが、男性が彼女からされて嬉しい事、女性が彼氏からされて嬉しい事等、溢れるほどたくさんの情報がヒットした。


「温泉旅行?三日以内にできない。却下だな。」


吟味しながら次から次へとページを開いていく。


「ホテルのディナー?いや時間がないんだってば。」


真剣な眼差しで画面を見つめ、そして夢中になりすぎてインターネットに話しかけていた。

 その中で一つ。

 花乃はページをめくる指を止めてじっと見つめる内容を見つけた。


「彼女の料理を振る舞う……なるほどなあ。」


 料理はするな、と言われてしまい、料理の腕を見せる機会がなかったものの、これはチャンスではないだろうか。


ーー女子力を見せつける時が来たわね。絶対に美味しいと言わせて、あんな無礼なことを言った事を謝らせてやろう。


 ラブラブアピールもできて一石二鳥ではないか、と花乃は拳を上に突き上げたのだった。


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