9.その命ある限り、罰は続く
エルーナローズとマークスが、会場のすべての人から拍手を送られた後、ファーストダンスを披露し、改めて夜会は無事に開催され終了した。
空が白むまで開かれた夜会の為、第一王子の処分発表は夜会から3日後の午後、関係国大使を含め、国内要職の貴族を集めて玉座の間にて行われる事が次の日の午後には手紙にて伝えられた。
手紙を作成した者、携えて各家を回った者、貫徹と思われる。宮仕えの苦労が透けて見えるというものだろう。
そして迎えた当日。
玉座の中央では、件の二人が近衛に挟まれ立っている。
一人は顔色が悪く、隣に立つ近衛に手と腰を支えられ、やっとの思いで立っている状態、もう一人はその様子をチラチラ見ては目をキラキラさせ、頬を赤らめている。
前者がアーノルド王子であり、後者はアルマであった。
アーノルドの顔色が悪いのは、この二日の間に国王夫妻、つまり両親とトコトン話し合った事で己の状況を正しく理解できたからだ。
アーノルドを国王にしたかった一派は、忙しい国王夫妻の隙をつき、必要な基本情報を一切、彼に伝えていなかった事が分かったのだ。
幼い時から側に仕え、信頼していた乳母や侍従の裏切りがアーノルドの前に詳らかにされ、処分も既に決定している。乳母と侍従は現在、地下牢に繋がれ、背後関係を尋問されている最中である。
だが、それとは別に、国の大事の場で騒動を起こし、国際問題を引き起こした責任は、当然アーノルド自身にある。
その処分内容も、事前に通知され、アーノルドは受け入れた。
すべてを分かった上で、アーノルドはこの場に立っていた。
何故か、近衛騎士に腰を支えられて…。
一方アルマは、現状を都合よく解釈していた。以下、アルマの心情である。
-夜会の場では、婚約発表は有耶無耶になってしまったけど、第一王子の婚約なのだから、改めて発表されるのだわ!主役は私ね、素敵!でも、そんな大事な発表なのに、ドレスの一着も新調して頂けないなんて、どういう事なのかしら。急に決めたからって言ったって、王宮のお針子総動員すればできたんじゃないの?王太子妃、長じて王妃になろうって私をもっと大事にしてくれてもいいと思うんだけど!あーそれにしても、アーノルド様を支える近衛騎士様、素敵だわ~顔が良い…本っ当に、顔が良い!美しいアーノルド様と並んでると、本当に目が幸せ!王太子妃になったら、私の近衛騎士にして頂きましょう!そうよそれg……
取り留めもなく、未来の自分に思いを馳せたり、不平不満を思い出したり、近衛騎士に見とれたりと忙しい。
口を閉じているだけ、マシだった。
そんな二人の様子を、巻き込まれたエルーナローズとマークス、そしてワイエ大公家の双子は見るとはなしに眺めていた。
彼らにも、下される処分内容を含め、アーノルドの状況も事前に伝えられていた。
近衛騎士が寄り添っている(ように見える)理由は分からないが。
「そうか…。まぁ、仕方ない。本人の資質の問題もあったんだろう…」
それが、処分内容を伝え聞いたシュドルフの言葉であった。
「伯母様の息子とは思えないわ。アホルドはやっぱりアホだったのね!」
そして、アンナベラは言い捨てた。悲しそうに顔をしかめて。
二人も、何だかんだと従弟を大事に思っていたのが窺える反応だった。
エルーナローズとマークスは、黙って目を伏せた。
自分たちの祝賀のスタートを滅茶苦茶にされ、国際問題にまでなったのだ。友好国の皇太子の婚約者が侮辱された事実が消えることはないのだから…。
そんな、関係者の各々の思いが胸にある中、国王夫妻と2大大公家夫妻の入場が知らされる。
玉座の間に集まった全ての人が、最高位に連なる方々を迎える為に立礼にて頭を下げる。
そんな中、近衛騎士に支えられていたアーノルドは、そっとその手を離し己の力でまっすぐに立つと、膝を突き頭を下げた。
アルマもその横で、もう一人の近衛騎士に促され膝を突き頭を下げている。
「皆、面をあげよ」
宰相の言葉に、立礼を正し正面を見上げる。
アーノルドは膝を突いたまま、少しだけ頭を上げていた。
アルマは不思議そうな顔でアーノルドを見たが、見習うように膝を突いたままでいる事にしたらしい。
「皆さまにお集まり頂きましたのは、第一王子殿下ならびに、ジニエ男爵令嬢が起こされた騒ぎに対しての処罰を発表するためです」
「はぁっ…!?ふぐっ!?んーーーーーー!!」
宰相の言葉にアルマが即座に反応したが、隣の近衛騎士に素早く丸めた布を口に突っ込まれ、その上で紐で口を塞がれた。騒がれる事は想定していた様だ。
その様子を氷がその目からビームで出てくるんじゃないかと思わせる目で、一瞥する最上段の方々と宰相+近衛騎士団団長。
「アドニア皇国、ユードニア連合国との祝賀の場を騒がせた罪は重く、本人たちの言い分など関係はない。その為、処罰の内容のみを言い渡す。これは決定であり、覆される事はなく、その命ある限り、罰は続くと心得られよ」
宰相の言葉に、アーノルドは静かに頭を下げて恭順の意を示した。
「第一王子アーノルド殿下は、王位継承権の剥奪並びに、王籍より除名。3週間後、宮廷貴族として男爵位と屋敷を下賜し、生涯、文官として王宮に仕えよ。また、子を成す事を禁じ、"物言わぬ虹"を下賜するものである。この場にて服用せよ」
アーノルドの前に、美しい装飾を施された小瓶が美しい盆に載せられて差し出された。アーノルドが見たことがない侍従が、目を伏せながら、差し出していた。"物言わぬ虹"とは、男性用の避妊薬。それも、子種を死滅する薬であった。
アーノルドは、その小瓶を受け取り、迷いなく蓋を開けると一気に呷った。
そして、小瓶をそっと盆に返し、平伏する。
「薬の効果を確認するため、3週間の後には賜った男爵として屋敷に移るように」
「ご温情に感謝いたします。大変申し訳ございませんでした」
その一連の行動を、アルマは目を見開いて眺めていた。
-意味が分からない。"物言わぬ虹"とか言われるあの瓶の中身は何だったのか。なぜ、アーノルドが平伏してるのか。男爵位ってなんで?王子でしょ?
「アルマ・ジニエ男爵令嬢。貴族籍を剥奪し、今日、この時よりジニエの名を名乗ることを禁じる。アーノルド殿下を一時お慰めした事を鑑み、"静寂の月"を下賜、殿下が男爵となる時点で共に移動するように。その間、貴族牢での滞在を認める」
「んーーーーっんんっんぐぅ!」
猿轡に手をかけ、暴れようとしたした瞬間、アルマは隣の近衛騎士に頭を押さえられ床に押し付けられた。
-貴族籍剥奪!?どういうこと!?おと、お父様!お父様はどこ!?娘の危機を助けに来なさいよ、役立たず!
「また、娘であったアルマへの管理不十分の罰として、ジニエ男爵家は一年の減俸と同期間の登城を禁じる。ただし、祝賀の場での忠誠を鑑み、各半年の温情を与える事となった。二人の娘を慈しみ、今後も正しく仕えてくれる事を願う、と陛下のお言葉である」
「陛下方のご温情に深く、深く感謝いたします」
「んんーーーーーっ!」
アルマ達の後方から聞こえた父の声に、アルマはさらに反応する。
隣の近衛騎士に頭を押さえられているため、振り返る事もできない。
-ちょっと!娘は3人でしょ!?何なの、どういうこと、私は王太子妃に…っ
「以上が此度の騒動の沙汰である。愚かなこれ等を教訓に、誠心誠意仕えるよう気を引き締められよ」
「はっ」
ザッと音がするほど、玉座の間にいた国内貴族が最敬礼をとり、それを見やった国王夫妻、2大大公夫妻が退場していく。
最後まで、彼ら自身が二人の罪人に声をかけることはなかった。
最上段の方々が退場すると、罪人たちは近衛騎士に連れられて退場いていく。
一人は暴れようとした為か、いつの間にやら手まで後ろで縛られており、身を捩りながら自身の父であった男爵を睨んでいた。言わずと知れたアルマである。
彼女は、貴族牢にいる滞在している間に-この後すぐに-"静寂の月"を混ぜられたお茶や茶菓子が渡されるだろう。"静寂の月"は、女性版"物言わぬ虹"である。生涯、子供を授かる事が出来なくなる。それが何なのか分からずとも、素直に飲むとは考えられず、飲み物や食べ物に混入される事が決まっている。
アルマは、未だ平伏しているジニエ男爵を睨みながら、近衛に引きずられるように退場して行った。
もう一人であるアーノルドは、先ほど服用した"物言わぬ虹"の効果が出始めたらしく、自力で立ち上がったものの、立ち眩みを起こし近衛騎士に支えられていた。その様子では、すでに意識が朦朧としているようであった。
"物言わぬ虹"は服用後、一週間ほど高熱が続くらしい。
近衛騎士の肩に顔を伏せるように、抱き上げられ、アーノルドは静かに退場していった。
子を、愛しい人の子供を授かる未来を奪われる程の罪を犯した二人は、こうして表舞台からも退場する事となったのだった。