5.迷走していく
エルーナローズが天井をぼんやりと見つめていると、隣に立っていた姉のアンナベラが、そっと寄り添いエレーナローズの手を握ってきた。
「可愛いエルーナ。貴女、1人で何とかする方法を考えているのではないでしょうね?」
「お姉様…。ですが、名指しされたのは私でしたでしょう?もう、この事態を動かせるのは私だけではないかしら、と思って…」
「今日の夜会は、国王陛下が仰っておられた様に、”ホワイエ王国”、”アドニア皇国”、”ユードニア連合国”、3国の血の同盟を寿ぐ夜会なのよ?貴女1人への侮辱への対処、だけで終わらせる事は出来なくてよ」
「それは…そうなのですけれど…」
「ただ、この場で断罪するのは夜会の趣旨や来賓の方々の手前、出来ない。とりあえずの所、あh…のるど王子の行動を無理矢理なかった事にする為に、男爵令嬢ごときの糸並に細い縁などより、神もお認め下さった尊い2組の縁をさっさと発表して頂いて、その間にあh…のるど王子にはこの広間から退場していただくのが一番ではなくて?」
「…ねぇ、お姉様?先ほどからお名前を言おうとする度に…」
姉が真剣に話してくれているのは分かるのだが、度々可笑しなイントネーションが間に挟まる。
王子の名前の最初の音、あ の後に H から始まる音が混ざる為、あふっのるど王子 と聞こえるのだ。
アンナベラは、猫を思わせる綺麗な形の目を細めて、扇で口元を隠しクスクスと笑いだした。
「もうっお姉様ったら。誰が聞いているか分からないのよ、お気をつけになって」
「違うのよ。だって、いつも”渾名”で呼びかけているから、お名前を思い出すのに時間がかかっているだけなの。いくら親しくても、流石にこの場で”渾名”で呼びかける訳にはいかないじゃない?」
「…アル本人に、あの”渾名”で呼びかけているのは、お兄様とお姉様だけよ…」
「あら、そうなの?」
「えぇ。思い浮かぶ事はあっても、渾名にまではしていないわ」
心で思う事までは止められないのだ。仕方ないのだ。
「でも…いつも元気にお返事なさる位、気に入ってらっしゃるわよ?」
「気にいってらっしゃるのかしら…?それに、あれは”お返事”とは違うと思っていたわ…」
「まぁ、エルーナったら…!自分が呼ばれていると自覚があるから、反応するのよ。いつも同じ反応を返してくれているのよ。あれは最早お返事に違いないわ!」
「…そうね。お姉様がそう仰るなら、そうかもしれないわね」
アーノルドが双子の従兄妹を嫌う理由は、徹底的に従兄弟”で”遊ぶからに違いない。
「まぁ、いいわ。それよりも。どうしてこうなっちゃったのかしらね?やっぱり、お連れの方の、”あの部分”が理由かしら?」
「それもあるでしょうね…本当に・・・とても…ご立派でいらっしゃいますものね」
二人のご令嬢はそれぞれ、自分のその部分に視線を落とす。
「適度、というものがあると思うのよ」
「過不足なく、という言葉もありますわ、お姉様」
「各々好みがあるというし…」
「私たち、”ない”という程では…あの方が特別なだけで…」
「そうよね・・・。あそこまでだと、足元も危険だったりするのかしら…」
「想像もつきませんわ・・・」
「いったい何の話をしているのかな、僕の可愛い妹たちは…?」
どんどん迷走していく姉妹の話題に、兄のシュドルフからストップがかけられた。
シュドルフの隣には、ちょっとだけ困った顔の国賓の青年が立っていた。
バッチリ聞いてしまったようだ。
「あら、シュドルフ・・・私たち、今後の方針について話していただけよ。ね?エルーナ?」
「ええ、もちろんですわ!」
瓜二つな白々しい笑顔を浮かべる妹達を見て、シュドルフは蒸し返すのは危険だと判断した。そして、やはり同じ笑顔を浮かべ、ひとつ頷く。なかった事にするらしい。
「では、行動しようか」
「お話は着いたのね。ご協力してくださるの?」
アンナベラが国賓の青年に笑顔を向ける。
彼は穏やかに微笑むと、エルーナローズに手を差し出した。
「私からお願いしようかと思っておりました。エルーナ、僕も事態の収拾と、愛しい君の名誉回復に助力したいのだけど?」
「マークス様・・・」
「君の婚約者は、”アドニア皇国の皇太子”だと、しっかり発表してもらわないと、ね」
薄茶色の髪の国賓の青年、名前はマークス・ルイ・アドニア。
アドニア皇国の第2王子であり、皇太子でもある。
そして、エルーナローズの、正真正銘の婚約者であった