2.ちょっぴり不憫
会場の心が、残念な事柄にひとつにまとまる中で、さらに2割程の貴族、第一王子派に属していた貴族たちの目から、光が消えていった。
アァ~・・・第一王子派、オワッタナ~・・・
彼らの心のうちは、大体ひとつだった。
そもそも、この国は、まだ王太子が指名されていない。
アーノルドは未来の国母云々と偉そうに言っているが、決して次代の王と決定していた訳ではないのだ。
現在、この国には候補が7人もいる。これは、国王の兄弟である2大大公家の子女も候補に含まれているからだ。今までは第一王子が有力とされていた。国王の長子でもあり、特段問題のある行動も見られなかった為、順当にいけば・・・と、多くの貴族が思っていた。
だが、今日、この行動を見て、第一王子を次代の国王に、と推す貴族がどれだけいるだろう?
国を挙げての一大イベントとして開かれた夜会で。
玉座の真下に位置する場所で。(物凄く目立っている)
国内の貴族だけでなく、近隣国からの賓客の前で。(友好国だけではない)
下級貴族の(豊かな胸部装甲持ち)娘に惑わされました!と宣伝したに他ならない。
品性とはなんたるや。
国を取巻く情勢など、大事な情報を得られていないらしい事や、ハニートラップに易々と嵌る体たらくぶり等々を披露してしまっては、第一王子を推す貴族は、「傀儡政権狙ってまーす♪」と、堂々と宣言するようなものだ。
そう。今日の夜会の趣旨をちゃんと理解していれば、こんな行動を起こすはずがなかった。アーノルドの侍従が、主への説明を怠ったのか?そんな事がありえるのだろうか?
何がどうなって、今回のイベントにつながったのか、それがさっぱり分からない。
せめて、第一王子派の誰かに相談してくれていれば・・・他の候補者を蹴落とすにしても、準備も会場もシチュエーションも大事であり、少なくとも今夜ではない、と言い聞かせることも出来たであろうに・・・。
第一王子派は、担ぎ上げた神輿が爆発したかのような有様である。
駆け引きもナニもあった物ではなかった。
そんな一角を、ちょっぴり不憫な気持ちで窺っていたエルーナローズは、今度は自分の右斜め後ろに立つ、淡い茶髪の青年に視線を向けた。手を伸ばせば届く距離から、彼は心配そうにエルーナローズを見守ってくれていた。
安心させるように、エルーナローズは笑みを浮かべると、わずかに頷いて見せた。
その顔を見て、青年の眉もすこしだけ元の位置に戻る。思いは伝わったようだ。
しかし、大広間の空気は微妙だ。
楽師たちは、微妙な空気を読んではいても、音楽を止める訳にもいかず、無心に楽譜を見つめて演奏を続けている。
宮仕えは大変だと聞いてはいたが、なるほど、プロとは凄いものだ。
一体、何をどうすれば・・・といった雰囲気の会場で響く、華やかな雰囲気の音楽。
さらに何かを言おうと、アーノルドが口を開きかけたその瞬間、会場の微妙な空気を変える、勇気ある侍従の声が会場に響いた。
彼の声が若干ひっくり返り気味なのは、致し方ない事であろう。
「こ、国王陛下と正妃陛下、大公閣下方の、ご入場です!皆様!最敬礼にてお迎えください!」
これ幸い、ではないけれど、この空気を何とかしてくれる力技とも言える存在、それが王であった。玉座に向かって次々と最敬礼の姿勢を取る国内貴族達、国賓として招かれた賓客も、立礼ながら丁寧な礼の姿勢をとった。
ナイスタイミング!やっと来てくれた!と、一部の方々が思ったかどうかは分からないけれど、少なくとも楽師の方々は思ったに違いない。いつもよりも華やかに力強く、国王の入場を迎える音楽を演奏しているようだ。
その演奏に引っ張り出されるように、優雅に華やかに国王夫妻と2大大公家夫妻が玉座の奥の扉から壇上に姿を現した。
先代国王長子の国王アルバート、次子のワイエ大公、三子のホウエ女大公。
それぞれパートナーをエスコートしたり、されたりしながら、顔には感情の読めない笑顔を浮かべている。
当然、会場で起こった珍事も侍従から聞いているだろうけれど、あくまでも優雅に華やかに・・・エスコートされる王妃の爪が、国王の手のひらに食い込み、血がにじみそうになっているのは、二人だけの秘密だ。
一番高い壇上の中央、国王アルバート、一段下がった右側にワイエ大公ジョシュア、同じ段の左側にホウエ女大公イザベラ。
先代国王直系の3人が、それぞれのパートナーと共に席に着く。
「面をあげよ」
国王側近である宰相の声を受けて、ゆっくりと会場のすべての人が姿勢を戻す。
そして、そこここで安堵の息がもれた。
国賓の前でやらかした王子の尻ぬg・・・処理は、もはや国王にしか出来ない。
国王の威信を掛けた戦いが、今、これから始まる!