10.-最終話- 意外というか、予想通りというか
"第一王子ご乱心事件"から時は経ち、エルーナローズとマークスは、予定通りアドニア皇国の精霊祭の日に婚礼を上げた。
晴れ渡る青空に、白い鳥が教会の塔から飛び立つ。
街道に集まった人々が色とりどりの花びらを振りまき、凛々しい自慢の皇太子と、その横に並ぶ精霊の日に相応しい美しい花嫁を寿ぐ。
皇太子と皇太子妃は、教会から宮殿までの大通りを、屋根を取り外した馬車でゆっくりと進み、国民へのお披露目を兼ねてパレードを行っていた。
本当にありがたい事…、と、心からの笑顔を浮かべて、エルーナローズは人々へ手を振り返した。
誕生日を迎えて10日後には、結婚準備の為に皇国へ移住した。皇太子妃教育は終わってはいたが、改めておさらいをしつつ、婚姻式の準備。
その間、皇太子の愛人だか恋人だか運命だとか妄想逞しい貴族令嬢を躱しつつ、二人は愛と絆を深めてきた。
ちょっとやそっとの事では揺るがないほどの関係になれたのは、"第一王子ご乱心事件"のお陰かもしれない。
二人にとってあの事件は、しっかりと話し合わなければ見えてこない事実があるのだと、学んだ出来事でもあったのだ。
馬車で隣に座り、にこやかに幸せそうに笑顔で観衆に手を振るマークスを見上げる。
あの出来事から、同じように感じ、同じような教訓を感じ取ってくれた人生のパートナー。これからも、躓いた時には必ず話し合い、共に乗り越えていけると信じられる相手との結婚。なんて幸せだろう、とエルーナローズはくすぐったい気持ちでマークスを見つめた。
そんなエルーナローズに直ぐに気づいたマークスは、いたずらっぽく目を細めると彼女の唇に軽くキスをした。途端に集まった人々が歓声を上げる。
「マークス!」
「かわいい顔でこちらを見るからさ」
唇を掠め取られ、顔を真っ赤に染めながら、犯人を睨むエルーナローズをしっかり懐にしまい込むように抱きしめたマークスの姿に、さらに歓声が上がった。
二人の仲睦まじい姿を見て、アドニア皇国の今後も安泰だ!と誰かが叫んでいるのが聞こえる。絵師は早速その姿を描きつけ、売り出す算段をつけている。
アドニア皇国で、エルーナローズは幸せな皇太子妃として、そして皇妃、国母として、生涯、マークスの隣に立ち続ける事となる最初の日を歩み出したのだった。
一方、ホワイエ王国では、アーノルドが廃嫡となり、一時、庶民街でも話題となったが、すぐに次の話題で流された。
王太子が正式に決まり発表されたのだ。
次代の王太子は、大方の予想通り、シュドルフ・ワイエ大公子息。
エルーナローズの兄だ。
今日も、兄は"王太子として"王城から出発する時に見送ってくれた。
シュドルフは王太子に決まってすぐに、王城へ招かれ、すぐに仕事を任されたらしい。人使いが荒い…とは、彼の言葉である。
ただ、王太子になった彼のお嫁さんを探すのに、若干手間取っているのが問題ではあるが、国際問題があった割には落ち着いた情勢といえるだろう。
マークスの妹、アドニア皇国第三子ユーリ皇女(16)がシュドルフ(25)に思いを寄せているとの情報もあり、今後が楽しみである。
なお、ユードニア連合国の第三子クラーラ王女(8)の初恋もシュドルフだという噂があり、それを聞いたシュドルフが頭を抱えていたのは別の話である。
俺には幼女趣味はない…。と呻いていたとか。
お父さんっ子のアンナベラは、ワイエ大公家の次期女公爵と確定し、とても張り切っている。
彼女の婚約者もアンナベラの夢が叶ったと喜んでくれ、公爵配として、改めて学びながらではあるが、エルーナローズが旅立って早々に婚姻式を行った。
その為、皇国に着いて2か月後には里帰りをしたエルーナローズである。
アンナベラの夫曰く、アンナベラに似た、しっかり者でありながら信じられないくらいかわいい子供を早く授かりたい、との事であった。
なお、現在神様しかご存じないが、アンナベラのお腹には命が宿っていた。
彼女の夫の希望通りか、はたまた、密なアンナベラの希望である夫に似るのか。それは神様にも分からないけれど。
大勢の前で処罰を言い渡された二人のその後としては、意外というか、予想通りというか、と聞いた人に思わせるその後となっている。たった一年なのに。
新たに一代限りの男爵として、ブルノの姓を賜ったアーノルドは、
ちょこちょこと顔を出す王子時代の甘えを、直属の上司にビシバシと矯正されながら頑張っているそうだ。
上司の強面伯爵(65歳 愛妻家)は、大変に面倒見が良い方らしく、身分にあう生活をも教えてくれているらしい。
アホの子ではあるが、大変素直な性格だったアーノルドは、反省も踏まえて真剣に上司の教育を受けているらしい。
そんな生活から早々に逃げ出したのは、事件当夜"慈悲深く、思慮深い"と紹介されたアルマである。
彼女は、強面上司の監査の末、アーノルドの愛人枠として同居を許されていたが、与えられたお小遣いが、男爵令嬢のお小遣いの平均の半分だった事に腹を立て盛大にごねた。
ごねたがしかし、上司の教育の元、男爵位に見合った生活の大切さを日々学習していたアーノルドは取り合わなかった。
そして3か月も経たないうちに、アーノルドの屋敷から出奔していたらしい。
街の噂では、流れの吟遊詩人に入れ込み、付きまとい、勝手に着いていったんじゃないか、あの吟遊詩人も迷惑そうだったから、可哀想にねぇ…との事である。
この事は王宮にも報告され、姿絵と共に王都の門に貼り付けられ、王都には二度と入り込めないよう手配される事となった。
思慮深い、とは彼女の何処を見て言ったのか、と、アーノルドは強面上司に改めて真面目に問われ、恥ずかしさのあまり涙目になったとか。
まともな思考になったようで何よりである。
ちなみに、この強面上司は、あの夜、思わず漏れ出た呟きが会場に響いた、美声の持ち主でもある。趣味は聖歌の独唱だそうだ。声が響くわけである。
大勢の前で処罰を言い渡された二人の他にも、当然、処罰された者たちもいる。
まずは、第一王子の側近だった、宰相の3男と、近衛騎士団団長の甥。
王子の側近でありながら、王子の愚かな行いと勘違いを正す事が出来なかった為、処罰を受けた。
二人とも、貴族籍剥奪の上での再教育、自領内での幽閉として、二度と王都には上がれない事となった。王子が男爵位まで落ちたのだから、甘い処置といえるが、各々の領地で、騎士に監視されながら街道の馬糞拾いから始まったそうなので根性を叩き直されているという意味では、人々の目に見えて分かりやすい罰ではあろう。
第一王子で傀儡政権し隊、その手先であった乳母と侍従は、厳しい尋問の末貴族籍剥奪、罪人が送られる鉱山での労役が課せられた。
侍従や乳母は、傀儡にするなら王子に情報を与えなくていいだろう、と仕事の手を抜きまくった結果、絶対に知らせておかなければいけない事まで伝え忘れて、今回の自爆テロにたどり着いたようだ。
乳母は、涙ながらに王子への愛を語り慈悲を請うたが、第一王子で傀儡政権し隊メンバーから送られた賄賂をガッチリ懐に入れ、贅沢をしていた事が家族と下位の侍女からの告発で証明された。
侍従は早々に自白し、賄賂も受け取っていたが、それよりも脅されて抗えなかったと罪の軽減を訴えたが、労役期間が10年から8年になっただけでガックリと床に蹲ったそうだ。
鉱山での労役に、文系の貴族籍の者が送られて生きて労役期間を全うした者はいないからだ。
乳母と侍従の証言から、傀儡政権し隊メンバーの家は家宅捜査が入り、証拠不十分で起訴できない家もあったが、多くの家が当主交代または取り潰しが決まり、派閥の崩壊により影響力を格段に落とす羽目になった。
傀儡政権し隊トップだった 4侯爵家中最下位の侯爵も、証拠不十分で起訴されなかったものの、当主交代を命じられた。
処罰を言い渡された侯爵はギリギリと奥歯を噛みしめ悔しがったそうだ。
縁も所縁もない小娘のハニートラップに引っかかるなら、家の娘もけしかけておけば良かった!と。縁談を持ち掛けても、王家はお断りの手紙と共にお祈りされるだけで、見込みがない事はすでに分かっていたのだが。
なお、その娘さん(28)は既に伯爵家へ嫁いでおり、現在第2子妊娠中。今回の父親の野望とは全くの無関係が証明され、6歳になる長女と共に嫁入り先で大事にしてもらっている。
今後、この侯爵、いや、前侯爵がかわいい孫娘に会うことはおろか、近況も教えてもらえない事も決定している。
そんなこんなでホワイエ王国での"第一王子ご乱心事件"の顛末は、教訓と共に王国史に記載される事となった。
"婚約破棄"。
軽々しく口にした王子は、周りの巧みな話術で唆されていたとは言え、あまりにもお粗末であったと言わざるを得ない。
そもそも、婚約していない、という破棄も何もない状態だったのだから、誰か止めてやれよ、という、その一言に尽きる事件といえよう。
ただし、その行いにより、王国の膿があぶりだされ、アルバート王からシュドルフ王に代替わりされてからも、王国が盤石であった一端を担った。かもしれない。分からないが。たぶん。
皆様も、婚約破棄後に起こるアレやコレやをよーく考える事をお勧めする。
どうしても相性が悪い、運命の相手(笑)に出会った等、已むに已まれず婚約者と別れたいのであれば、家同士でしっかりと話し合い、婚約を"解消"する事だ。
婚約破棄とは?
碌な結果にならない、とお答えしよう。
次回、登場人物の設定と小ネタとその後等々で最後です