追いかける女
1年前にあたしは役立たずの幼馴染を追い出した。それからというものあたしの冒険は失敗ばかり。
そう、あいつさえ戻ってくればすべて上手く行くのよ。連れ戻してやる。
消息をたよりにあたしは隣国のギルドのドアをくぐった。
(行間でどんなやりとりがあったか、会話にどういう感情が込められているか想像しながらお読みください)
「数か月くらいなら覚えちゃいるが、1年も経ってちゃちとわかんねぇな。悪いが他を当たってくれや」
「あん?ギルマスなのに知らないのかって?20歳くらいの片手剣と盾を使う剣士なんてこのギルドだけでもいくらでも居るわ。そりゃ有名だったり将来有望だったりすりゃ俺だって覚えてるがな。剣や盾に意匠でも入ってねえのか?何か心当たりがなきゃ何もわかんねえよ」
「……数打ちの剣一本だけ持って、武具とか全部置いて出て行った?そりゃまた極端な話だな。いったい何をやらかしたんだそいつ」
「何も判らねえわけないだろ。よっぽどだぜ、何もかも捨ててくなんてよ。そいつに原因がないんだったとしたら、あんたかあんたの仲間かが何かやらかしたか。でなきゃそんなことにはなんねえよ」
「へぇ、足を引っ張るばかりだったってか。そいつ以外の自分たちは優秀だったから問題ないって?」
「あんたの話からすりゃ大したことなかったんだろ?役立たずが出て行って良かったじゃねえか。冒険者続けてるんだとしたらどっかでおっ死んでるかもしらねえぞ」
「……悪かったよ。そんなに柳眉逆立てて怒んなよ。ギルマスとしちゃ言っちゃならねえジョークだった。謝るから機嫌治してくれやホント」
「あんた、隣国から来たって言ってたな。そういや噂を聞いたことがあるぜ。若いのにすげえ腕前の美少女冒険者が居て活躍してるってな。剣聖とか言われてる奴がいるやらなんやら。丁度1年前にとんと噂を聞かなくなったが、もしかしてあんたがそれかい?」
「あんたが探してる男が脱退してから冒険が上手く行かなくなったって?ハッ!よく聞く話だ」
「やめとけ、あんたとそいつが幼馴染だったからって、無理やり連れ戻したって元のように戻るわけもねえ。あんたと話してるだけでも判るぜ」
「年長者から忠告してやる」
「あんた、そいつの何なんだい?」
「ええ。あの子でしょう?半年前までうちのギルドに所属していたわ。ここに来てからみるみる実力をつけて一目置かれるようになったわ」
「嘘じゃないわ。当初はなんだかぎこちなかったらしいけどすぐにコツを掴んで動けるようになったって聞いてる。私達受付嬢への態度や手続きは手慣れたものだったし、冒険の経験者だったのは判っていたわ」
「何日かに一度、朝いちばんにこのギルドに来て依頼掲示板からいくつかの依頼を受け、夕方に終わらせて帰ってきたら処理を済ませてエールを1杯だけ飲んで帰る。それがあの子の習慣だったわ」
「いえ、いつもひとりで飲んでいたわ。依頼もひとりで受けてた。一緒に依頼を受けようと何回かパーティに誘われていたのも見たことあるけど、全部断っていたわ」
「あんなに優秀だったのに。いつもひとりでそこのカウンターの端で誰とも話さずに、ただ1杯だけエールを不味そうに飲んで帰るばかりだった」
「冒険者にとって栄光と挫折は隣人。憧れを抱いてドアをくぐる若者も、訳ありでひっそりとドアを開ける人もどっちも居る。それにしてもあの子は飛び切りだったわ。あれだけの腕前とその環境が釣り合ってないのはそれなりに受付嬢人生の長い私にしても初めて見る子だった」
「……最初に言ったでしょう?半年前まで所属していたって。あの子はひとりっきりでずっと成果を出してた。もちろんパーティを組まずにひとりでやる冒険者もたくさんいるわ。けれどそういう人もこのギルドの酒場でまで人を拒絶する人はいない。それで疎まれたのよ」
「冒険者ギルドは仲良し組合じゃない。けれど依頼によっては命がけのものもあるわ。どうしても相互に助け合わないといけないのよ。あの子は助けを求めることもなかったけど、誰かを助けることもなかった。それである日、正義感の強いあるパーティがあの子を追及してね」
「あの子は悪いことをしたわけじゃない。けどもめ事はギルドの御法度、あの子にも注意はしたわ。でも聞き入れなかった。どうしても誰とも組みたくないと」
「翌日の朝早くにあの子は姿を消したわ。仁義を欠く真似をすることになるから、もうここには居られないって言い残して」
「ねえあなた。あの子を追いかけてるんでしょう?あの子に何があったか知ってるんでしょう?」
「あなたはあの子の何なの?」
「ええ、知っていますとも。街のほうから流れてきた冒険者の方ですよね。3月前まではこの村に居られましたよ」
「うちの村はこんな田舎で、外部からは誰もやってこないのですよ。ですけど山から下りてきた狼とか魔物とかには悩まされてまして。いつも村の若い衆とかが山狩りをしたり村に柵を巡らせたりしてたけどあまり効果がありませんでねぇ。畑とか家畜をやられた家とか泣いておりましたよ」
「あの方は山を越えて向こうまで行くつもりだったそうですが、ちょっと気候の時期が悪くてこの村で足止めされて。うちの宿を定宿にしてしばらく留まっていましたとも」
「そうですねぇ。確かに村に来たときはひどく不愛想で村人とも顔を合わそうともせず、いつも宿の裏で大きな剣を素振りしてばかりでしたねぇ。子供の背丈ほどもある大きな剣をとっても上手に振り回して。ああいうのを剣舞っていうのですかねぇ」
「こんなへき地だから娯楽もなくて、だから村の子どもたちはいつもあの方の素振りを見に行ってました。特に男の子は目を輝かせて、宿の敷地の外から鈴なりになって見学していましたとも。初めはだいぶ迷惑そうでしたけど根はいい人なんでしょうね。子どもたちを邪険にせずに、怪我のないよう遠ざけて素振りを見せておられました」
「……あの日、村は災厄に襲われました。村の入り口に馬鹿でかい頭の骨が飾ってあったでしょう?オーガとかいう大鬼の骨です。あんな恐ろしい鬼が群れを成して村を襲ってきましてね。随分酷いことになりましたとも」
「とんでもない!私らのような村人じゃとてもじゃないけど太刀打ちなんかできません。あの日も何人も男衆がやられて、私ら女子どもは家の中で震えて祈ってばかりでした」
「あの方が居なかったらこの村の全員が鬼に食われて滅んでいたところです。並みいる鬼を剣でぶった斬りぶった斬り、頭ひとつでかい鬼の大将とも五分に渡り合って討ち果たし、おかげで村は救われました」
「村を離れると聞いた時にはずいぶんみんな引き留めましてね。ですがこの騒ぎで孤児になった子を連れて山を越えて行かれました。今頃どこを旅しておられるのかはわかりませんが、村の者一同足を向けて寝られないところです」
「あの方を追いかけているそうですが、もしどこかでお会いしたら改めてお礼を言っておいてくださると助かります」
「ところであなた様は、あの方とどういう御関係が?」
「この街は好きだって言ってたけど、横暴なご貴族に目をつけられてたってのは可哀そうだったな。いつも寡黙で文句も言わず俺たちと戦ってくれてたけど、もう少し愚痴をこぼしてくれてもよかったんだぜ」
「ああ。この街は見ての通りダンジョンに隣接した城塞都市さ。アイツはかなりの手練れだったけど、ダンジョン探索はひとりじゃ無理さ。途中で助けたのが縁で組んだのが最初だな」
「ここに来るまではソロだったらしいけど、ありゃあ間違いなくそれ以前に誰かと組んでたな。俺たちと組んでからすぐに呼吸を読んで連携とってくれた。出会いは縁だというけどアイツと出会えたのはとんでもない幸運だったぜ」
「あんた、隣の国で剣聖とか言われてるそうだが、あんたでもソロだったら死ぬぜ。ダンジョンはただ剣ができるだけで切り抜けられるほど甘くねえ。罠、迷路、魔物、前後左右上下どこからでも襲ってくる。人の腕は2本で目は2個だ。ひとりでは対処しきれない。だから仲間と組んで切り抜けるのさ」
「何ショック受けたような顔してんだよ。常識だろ?別にダンジョンに限ったことじゃない。それぞれ役割を受け持って分担することで1+1が3にも4にもなる。あんたパーティのリーダーじゃないのか?」
「……そういやアイツは優秀な前衛だったが、ダンジョンに入るまでもいろいろ目配りができる奴だった。こんなこともあろうかと、とか言いながらこっそり薬を出してきたりしたこともあったな……あんたも心当たり無いか?」
「なぜ俺たちとパーティ組んでたかって?ひとつは義理だよ。義理堅い奴で、助けられた借りを返したいって同行したのさ。ふたつめは金だ。知ってのとおりダンジョンから発見される古代王国の遺産、魔剣や秘術は莫大な金になる。アイツは連れの女の子の面倒を見るためにまとまった金を必要としてたのさ」
「バカ抜かせ。そんなんじゃねえよ、言うなれば兄妹だな。あんたの頭の中で羽ばたいてるような浮わっついた関係じゃねえ」
「理由はもうひとつある。俺たちも気づくまでしばらくかかったがな。……俺たちのパーティメンバーが全員男だったからだよ」
「よほど嫌だったんだろうな。あの子以外すべての女、どんな美女にでもなんか複雑な目を向けてたぜ。自慢じゃないがアイツが加入してからこっち俺たちは都市で指折りのパーティだった。そりゃモテモテだぜ、よりどりみどりって奴だ」
「だがアイツは優秀な冒険者として愛想くらいは良くしたが、手を握ることもしなかった。寝物語に聞いた話だが、駄目だったらしいな」
「解るぜ、あんただろ原因は。アイツはあの子に手を出そうとしたクソ貴族をぶん殴って1月前に街からトンズラだが、女のあんたが追いかけようってならただじゃ通さねえ」
「冒険者としては知らん。が、男女として、あんたはアイツの何なんだい?」
「たった今まで座っていたわ、あたしの前のこの席よ。あたしが今後生きていけるようにって、お兄ちゃんの知り合いの商人と養子の手続きをして、都市で稼いだお金を全部置いて行ってしまったわ」
「まだほんの数日だけど、お兄ちゃんの知り合いだけあって義理の両親は良くしてくれてる。お兄ちゃんのことだから滅多な人にあたしを預けたりしないってのはわかってたけどさ」
「連れて行ってほしかった。けど、あたしみたいな子どもじゃ足手まといにしかならないのも判ってる。だからこの街に残って一緒に暮らしてほしかったのに」
「なぜ?あんたのせいに決まってるじゃない。お兄ちゃんはあたしには何も愚痴をこぼさなかったけど、仲間の男の人は薄々感づいてた。お兄ちゃんを追いかけてきている女の人の噂も聞いてた。あたしに隠れて複雑な顔をしてたのも見てる」
「新大陸に行くってさ。せめて見送りだけでもってここでふたりで話をして、それで、行ってしまった」
「初心なネンネじゃあるまいし。たかだかこんな女ひとりのために。どうかしてるわ」
「良くも悪くも、あたしはあんたの代わりにはなれなかった。けど、お兄ちゃんの妹にはなれた」
「で、あんたはお兄ちゃんの何なの?」
満月が煌々と輝いて昼間のように明るい波止場に、大陸へ渡るための大型の船が一隻だけ停泊している。
大陸へ渡ろうと志す冒険者らもすでに船中に姿を消し、タラップを上がろうとする人影はひとりだけ。
1年ぶりに、私は彼と顔を合わせた。
いったい何を、どう話していいかわからずに口をつぐんでいた私に、彼は。
「……俺は、君の、何なんだい?」
下僕、召使い、同僚、友人、仲間、戦友、あるいは恋人?
あなたなら彼の問いにどう答える。