第四話 消えたスクール水着(その②)
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黒嶋に大見得を切って、意気揚々と保健室を飛び出した私は、二秒後に捕まった。
朝のホームルームをサボタージュして事件の調査を行っていた私を、熱血教師である担任の赤瀬先生は、学級委員にクラスを任せ、探しに来ていたのである。
生徒にクラスを任せ飛び出すとはなんたる無責任! なんという本末転倒! そもそもこの事件を解決することにここまで情熱を燃やしている人間が教師を含め他にいるだろうか、いやいない! 第一生徒の頑張る姿を応援するのが教師の努めではないのだろうか~……等々、散々喚いてはみたが無駄な抵抗に終わった。
あえなく私は強制取調室に連行され、こってり絞られた後で授業に復帰させられたのだが、昼休みも監視の目が光っていたので、再び動くことができたのは放課後になってからだった。
ちなみに、予想されていた臨時の全校集会は、事を大きくしてほしくないという金木犀まどか及び彼女の友人一同の訴えにより開かれず、各クラスで説教めいた説明が行われるに留まった。
出鼻を挫かれる形となった私だが、この程度のハプニングで折れるようなら、とうの昔にヒーローなんてやめている。諦めの悪さには自信があるのだ。きっとそれは、良くも悪くも。ただし普段は、結果的に『悪くも』のほうにしかならないのが悩ましいところである。
しかし今回こそ、自分の諦めの悪さを良い結果に繋げてみせる。
スクール水着盗難事件。
ヒーローとしてはもちろんのこと、乙女としても見過ごせない罪悪だ。
黒嶋の仮説通り、たとえ犯人が男子ではなく女子なのだとしても、スクール水着を盗むというその行為が、罪のない善良な女子たちを、いたずらに不安がらせていることに変わりはないのだから。
□
金木犀まどかに話を聞く。
これは、私にとって最優先課題だった。
しかし、考えなしに二年四組の教室に再訪したところで、今朝の一件でアンテナが鋭くなっている青垣たち教師陣に捕まって終わりである。なので私は、金木犀まどかが所属する部活であるところの女子テニス部の部室を訪ねることにした。
女子テニス部の顧問は男性なので、顧問といえど部室に気安くは立ち寄れない。そのため、部室に入るところを教師に見られさえしなければ、基本的に安全な場所といえる。それが私の狙いだった。
「部室棟か、懐かしい雰囲気だ」
現在では帰宅部の私ではあるが、実は一年の一学期の間は部活に所属していた。七色中学校はクラブ入部が必須だからだ。しかし、後になって退部することはできる。実際そうした。
とはいえ親の目やら内申点の査定やら友人との付き合いやら学校側からの圧力やらもあり、退部するのは少数派である。帰宅部員はまるで非国民のような扱いを受け白い目で見られるが、その頃にはヒーローデビューを果たし浮きに浮いていた私には関係のないことだった。
まあ、今となっては遠い思い出だ。
運動自体は嫌いじゃないが、部活という括り、コミュニティが好きになれなかったというのも、部活をやめた理由の一つである。
ちなみにその部というのは女子バスケットボール部だ。
閑話休題。
私は女子バスケットボール部の部室及び部員を避けるように、部室棟二階にある女子テニス部の部室に向かった。
今から着替えに行く制服姿の生徒と、すでに着替えを終え、それぞれの部のユニフォーム、あるいは体操服を身に付けた生徒とがせわしなくすれ違う、猥雑な活気に満ちた空間。
二年前、自分もこの世界の一員だったということがなんだか不思議だ。まあ、当時も違和感を覚えながら日々を過ごしていた気はする。
「――よし」
同級生が部活を引退しているということもあって、私は顔見知りとは出会うことなく女子テニス部の部室にまで辿り着いた。
申し訳程度のノック。
返事を待たずに横開きのドアを開ける。
あっ、という声が複数、聞こえた。
「り、緑十字先輩……!?」
記憶の中の女子バスケットボール部の部室と同じ、正方形の部屋の中には、更衣中のテニス部員たちが七、八人ほどいて、一時停止ボタンを押されたように動きを止め、皆一様にこちらを驚いたように見つめている。校内で悪目立ちしている上級生がいきなり現れたのだ、当然の反応だろう。
私は、金木犀まどかを探すついでに、女子テニス部の部室を観察した。
入り口近くにはテニスラケットやテニスボールがたくさん入ったカゴや箱があり、両側の壁際では年季の入った扇風機が一台ずつ、ガコガタ軋みながら首を振っている。
壁沿いの蜂の巣状の棚には、通学カバンやスポーツバッグ、脱いだ制服、タオル、制汗剤やペットボトル飲料が雑多に入れられていた。下着や生理用品もあらわになっている。男子の目がない場所では、女子も男子のことを言えないくらいふしだらでだらしない。女子バスケットボール部もそうだった。
それはさておき。
金木犀まどかの姿は、どこにもなかった。
□
「ありがとう、助かったよ。これから部活だというのに邪魔してすまなかった」
「いえ、あの緑十字先輩と話せて光栄でしたっ」
キャッキャキャッキャしている下級生たちに見送られるのは悪い気分ではなかったが、彼女たちが『仮面セーラー・緑十字那由多』ではなく『バスケットボールプレーヤー・緑十字那由多』に嬌声を上げているのは明らかなので、素直には喜べなかった。
それはさておき、テニス部員たちが話してくれたところによると、自分のスクール水着が何者かに盗み出されるという出来事にひどくショックを受けた金木犀まどかは、昼休みに早退してしまったのだという。自分はそれを知らずに部室まで来てしまったというわけだ。
痛恨のミスである。
確かに昼休みは監視下に置かれ動けはしなかったが、部室を訪れる前にそのくらいの情報は収集していて然るべきだ。このところ、らしくもなく黄昏てしまうことが多いのと、無関係ではあるまい。弛んでいる。
しかし、こういうときこそポジティブに考える必要がある。無駄足とは思わず、失敗からも何かしらの意味と収穫を見出だすべきであり、そのために私は、立ち去る前にテニス部員たちに対し聞き込みを行った。
その結果、色々と面白いことがわかったのである。
私は、それらの情報を照らし合わせ、ある仮説を立てたのだが、あくまでも憶測の部類であり、妄想と言われても強くは反論できない。
ゆえに私は、テニス部の部室を出たその足で、当初の予定にはなかった新たな聞き込み場所に赴いた。
聞き込みを行う相手は決まっている。
そこにいる可能性が最も高いと判断したが、実際、その人物はすぐに見つけることができた。
「ここもまた、久しいな」
私が訪れたのは、校舎一階。
一年生の教室が集まる、通称『一年生フロア』の一室。
自分が一年生のときの担任・白木先生が現在受け持っている、一年三組の教室だった。
□
白木先生は、今年で教職三年目の若手教諭である。黒髪を後ろで括り、よく似合うメガネをかけた綺麗な女性で、学生時代は生徒会にでも入っていたか、あるいはクラブの部長を務めていたんだろうなと誰もが推測するような風格があった。
私のような人間でも、白木先生に対しては頭が上がらない。二年前、ピカピカの新任教師だった白木先生に、教え子である自分がどれだけ心配と迷惑をかけたか、計り知れないからだ。
部活の顧問を受け持っていない白木先生は、放課後しばらくは自分の教室で授業の予習や小テストの採点を行うのが常だった。今も、その習慣は続いているらしい。
すでに生徒が出払った教室、その黒板側の窓際に置かれたデスクで、白木先生はシャープペンシルを手に教師用のテキストとにらめっこしていた。
「ああ、那由多さん。授業以外で会うのは久し振りだね」
白木先生はすぐに私に気付くと、シャープペンシルを置いてにっこりと笑った。
「そうですね。すいません、お仕事中のところを」
私が敬語を使う相手は限られている。校内では桃井先生と白木先生だけではなかろうか。校長先生と話す機会があればさすがに敬語を使うとは思うが、今のところその場面は訪れていない。ただ、このまま行くと近いうちに機会があるんじゃないかとは思っている。
「いいよ、気にしなくて。那由多さんが突然なのには慣れてるからね」
「ははは……すいません」
白木先生がいたずらっぽく笑い、私は苦笑いで返した。
その後、二、三言交わしてから、本題に入らせてもらうことにする。
「――白木先生。先生が去年受け持った生徒の話を聞かせてはくれないでしょうか。金木犀まどかという子なんですけど」
「ああ――まどかちゃん。今、大変よね」
白木先生は水着泥棒のことを想像してか、眉を顰めながら言った。
――さて、どんな話が聞けるだろうか。