第十一話 私たちは劇的になれない(その④)
三人以上の集まりでは、絶対に各個の仲の良さに差が生じる。それは人が知能と感情を持つ生き物である以上避けられないことであり、だからこそ生まれる悲劇やトラブルもあるが、だからこそ愛や友情や結束が芽生えるのであり、こんなところからも世の中は安易な二元論では語れないということが窺える。
要は何が言いたいのかというと、共に七色レインボーパークのゲートを潜った私たち四人が、いつの間にか2:2のグループ内グループに別れていたのも必然だということだ。
先頭を、まどかと雪人が仲睦まじく歩き、その二メートルほど後ろを私と忍が、まどかたちと比べたら幾分か落ち着いた様子で付いていく。まるで子供たちを見守る両親のようだ。
……まあ、こうなるだろうなとは思っていた。
最初こそ自己紹介を兼ねて四人交わった会話をしていたものの、私と雪人、忍とまどか、忍と雪人、と、初対面の組み合わせが三つもある一方で、私と忍は十年来の友人、まどかと雪人は付き合い始めて短いがそれゆえに熱の冷めぬカップル。今の状況は当然の帰結である。
もちろん、それぞれが『これではまずい』と気付き、もっと均等に会話しようと考えはするが、それはすなわち無理をするということである。だから結局は元の鞘に収まることになるのだ。
しかし、それでもよかった。
忍とじっくり話をしたいというのが、今の私の嘘偽りない気持ちだからだ。
□
園内のレストランで昼食を摂りながら、私たちは午後の流れを話し合い、まずは近くにある観覧車に乗ることを決めた。
夏休み最後の一日ということもあり、少しだけ並ぶことになる。列には自分たちのようなグループ以外にも、家族連れやカップルなどもおり、皆が楽しそうに会話していた。
遊園地のパブリックイメージ通りの、幸せそうな空間。それはここにいるたくさんの人、全員による合作だ。みんなで夢を創る場所。
肌に感じるそんな空気を心地よく思っているうちに、ゲート前の階段にまで差し掛かったので、私はまどかと雪人に先に二人で乗るよう勧め、二人は照れながらその提案を受け入れた。
「では、お先に失礼しますっ」
「お言葉に甘えて、行ってきます」
観覧車に乗り込む二人に手を振り返してから、私は斜め後ろにいる忍を振り返る。
……忍は、硬い笑顔を浮かべていた。
さすがなのは、私でなければ気付かないほどに自然だったということ。『硬い』笑顔だとわかるのは、私に読心力と、長年に亘る忍との交友があるからこそだ。
「ありがとう、那由多……」
忍は、今度は私でなくともそれとわかる、ぎこちなくひきつった笑みになり。
遠くから聞こえるメルヘンチックなBGMや、観覧車の駆動音にすら負けそうなほどに、か細い声を出していた。
「那由多以外にこんな姿、見せられないもんね……」
「忍、お前まさか……観覧車も、キツいのか?」
私の問いに、忍は唇を力なく歪める。
もっと早く言えよ、と心底思った。
□
脂汗すら浮かべ、よく見たら小刻みに震えてさえいる幼馴染を観覧車に乗せるのははばかられ、実際に私は止めたのだが、忍は「あの子たちに余計な心配させて、水を差すのは野暮よ」と言い張って聞かなかった。相変わらず、もはや頑固や意固地の部類に入るほどの律儀さだ。
結局は私が忍の意を汲んで折れたが、彼女が観覧車に踏み込んだ瞬間のガコン、という大したことのない揺れにさえ「ひっ」と短い悲鳴を上げたのを見て、自身の判断が正しかったのか早くも疑問を抱かずにはいられなかった。
観覧車がゆっくりと高度を上げていく中、私は、忍とこの観覧車に乗るのはこれが二度目だということを思い出した。
「忍、小学生の頃は平気じゃなかったか?」
「あの後にジェットコースター乗ったでしょ? それから高いところがトラウマなのよ……観覧車くらいならいけるかと思ったけど、やっぱり無理。今にも椿の花か燃え尽きた線香花火みたいにこのゴンドラがポトンと落ちそうで怖い」
ぶるっ、と肩を大きく震わせてから、忍は嫌な想像を振り払うようにブンブンと首を横に振った。
私はチラリとゴンドラの外を見やる。
遊園地エリアだけではなく七色レインボーパーク全体、さらには七色市を臨める景色。それは純粋にいい眺めだと思った。しかし忍にはそうは思えない、正確には、そんなことに思いを馳せる余裕などないのであろう。
同じ景色を見ても、感じるものは人それぞれ違うという当たり前のことを、改めて考えさせられる。世界はその者の心の在りようで姿を変えるのだ。
「安心しろ忍。私が付いてるから」
「落ちたら那由多も死ぬだけでしょ」
「一緒に死んでやるということだ」
「……それを本気で言ってそうなのが、あなたのいいところであり悪いところね……」
忍は余裕のない笑みを浮かべる。
……しかし、どうだろうか。
ヒーローを目指し名乗る自分ではあるが、結局のところまだ十五才の中学三年生に過ぎず、人生も社会もまだまだ知らない子供なのだ。『死』は遠いところにあり、想像しようとしてもうまく形にはならない。
ヒーローのたしなみとして格闘技に手を出してはいるので『痛み』や『苦しみ』はわかるが、それも競技としてのルールだけではなく自身の女子中学生という立場に守られている以上、生死のやり取りからは程遠い。
自分は果たして必要となったとき、自ら進んで死ねるのだろうか?
――などと真剣に考えていたところ、忍の呟きによって一気に引き戻される。
「あー……まだ高くなるの? やめてよ……また漏らしそう」
「本気でやめろよ」
私は必死さを隠すことなく忍を睨んだ。
「十数分間、尿の臭いが充満するゴンドラで過ごしたくはないぞ」
「努力するわ……」
「よろしく頼む」
まあ、さすがに失禁まではしないと思うが(……しないよな?)、この様子だとジェットコースターになど乗せたらいろんなものを出した挙げ句失神しかねない。下手したら記憶までなくしそうだ。下級生の手前、風紀委員長として見栄を張りたいのだろうが、もしまどかたちが絶叫マシンを提案したときには忍が乗らずに済むよう計らおう。そうしないと全員が不幸になってしまう。
「……そういえば前も、同じように励まされながら、ジェットコースターに乗ったんだったわね……」
「不吉なことを言うな……」
「あのときはありがとう、那由多。私、パニックになってたでしょ? 那由多が私を落ち着かせてくれて、みんなにバレないようにしてくれて……私、すごく、嬉しかった」
「……なんてことないさ」
忍がフラグを着実に立てている。
まだ観覧車に乗って二、三分しか経っていないのが恐ろしかった。ある意味私にとっても恐怖体験だ。
なんてことを考えていた私に、忍は自嘲の表情で言った。
「なのに私は、那由多をないがしろにしてきた」
「……っ」
……ドキッ、とした。
忍は自分自身のことを言っているのだろうが、こちらのことを言われたような気がしてしまったからだ。
「この前の登校日で思い出したわ。あなたは伊達や酔狂で……いや酔狂ではあるわね。伊達にヒーローをやってるわけじゃないって。今も昔も、ね」
忍に少しだけ余裕が戻る。
過去を懐かしむことで、今の状況から意識が逸れたおかげだろう。
「小学生の頃から、あなたはしょっちゅう人助けをしてたわ。ヒーローを名乗り出す前から、あなたはすでにヒーローだった」
「……小学生の頃か。遠い昔のことのようだな。ランドセルを背負っていたのが信じられない」
「那由多はノッポだから似合ってなかったもんね」
「余計なお世話だ」
「ふふ、ごめん。……でも、私はあなたが中学でもそういうことをするとは思ってなかった」
そのとき観覧車が微かに揺れたが、忍は意に介さなかった。それだけ話に集中しているということだろう。忍の、まっすぐこちらを見る真剣な眼差しを見れば、それは明らかだった。
「仮面やマフラーまで付けて、どんどんエスカレートしていくあなたを、私は理解できなかった。傍にいることが恥ずかしくなったのよ。それで距離を取ったわ。……なんて、言うまでもなくわかってたか、那由多は」
「……まあな。そして私も、そんなお前を引き止めなかった。なんてことない、意地とプライドでな」
「そう……」
「ああ……」
お互いに、包み隠さず本音で話すなんてことは、いつ振りだろうか。
かつてはそれが当たり前だった。
いつの間にか互いに、持つものが増えていくうちに、それは当たり前ではなくなっていった。
…………。
「忍」「那由多」
沈黙を破るように互いの名前を呼んだのは、ほとんど同時。重なった声がゴンドラ内に響き、私たちはきょとんとし。
それから、同じように照れ笑いした。
「やっぱり私は那由多と友達でいたいな」
「奇遇だな。私もそう思う。いや……ずっと思っていた」
……こうして。
私と忍の間にあったわだかまりは、思いのほかあっさりと解けた。
自分たちがいくら重く捉えたところで、所詮は中学生同士のすれ違いなのだ、実際こんなものなのかもしれない。
しかし、なんだっていい。
今回ばかりは、劇的にならない、ドラマティックとは程遠い日常を疎みなどしない。構わない。
忍と再び、昔のように過ごすことができる。
それならば、どうだっていいじゃないか。
□
この後、私は忍とひとしきり笑いあった後で、観覧車が頂点に辿り着いたことを告げるアナウンスがゴンドラ内に響いたことで恐怖を思い出した忍を落ち着かせるのに、残りの乗車時間を丸々費やすことになったが、それはまた別の話である。
私たちは劇的になれない編は今回で終了です。
このエピソードタイトルはある意味、仮面セーラーという物語を端的に表しているようにも思います。