第33曲
「………………」
「………………」
この部屋は冷凍庫か?
俺の発した一言のせいでみな一様に気まずい顔をしている。申し訳ない気持ちはあるが、それでもたかがディランティラン如きで生きた心地がしないなどとオーバーな表現をしたほうが悪い気がしないでもない。
氷像のように固まった室内にいる三名は、誰が切り込み隊長になるのかを待っているようだった。ちなみに室内にいるのは俺、エルフの女性、そして俺の後ろで元々無言で突っ立っていたケルートだ。
「と、とりあえずおかけになってはいかがでしょうか?」
そう、勇気をもって切り出したのはやはりケルートだった。元々会話に加わっていないのもあってか、俺と目の前にいる女性ほど気まずさを感じていないのかもしれない。いや、言葉の始まりがつっかえていたことからも空気の悪さを感じていて、それでも動き出すきっかけをくれていたのだろう。
というか、確かに着席を進められた直後にディランティランの話になってしまっていたので、三者みな立って話をしていたのだ。動き出す理由というかきっかけとしてはもってこいだ。さすができる男ケルートである。
「えぇ、そうですね。私の室内ではないので勝手はできませんが、いかがですか?よろしければ座って話をさせていただきたいのですが…」
そう女性へ切り出す。
「え、えぇ。どうぞおかけくださいませ」
女性はそう返答すると、俺が座ったのを見てから自分も向かいにあるソファへと腰かけた。俺と女性の間には立派な木製の机。ダークブラウンの年輪がしっかりと刻まれた、重厚感あふれるどっしりとしたものだ。
「あ、申し遅れました。私、冒険者組合シャルマッカ支部組合長の“オルティアナ・フォン・グレイチアーノ”と申します。以後、お見知りおきを」
なるほど、組合長というと此処は支部みたいだから支店長みたいなものだな。そう、ちょっとしたお偉いさんみたいんものだろうと見当をつける。
ちなみにミドルネームで“フォン”とつくのは貴族の証拠らしい。これもケルート経由で確認済みだ。
「ご丁寧にありがとうございます、グレイチアーノ様。私は旅をしているシギと申します。覚えていただけると幸いでございます」
頭を下げつつそう返答する。いきなり名前で呼ぶのはどうかと思い家名のほうで呼んだのだが、不快に思われて打ち首になんてなったらどうしようか…。
しかし、どうやらその心配は杞憂で終わるみたいだったと気づくのは、続けて発せられた組合長の言葉だった。
「“ティア”で構いません、シギ様」
「なるほど、かしこまりました。それではそう呼ばせていただきます」
顔を上げると、出会った時よりはだいぶ警戒心の解かれた顔をしていた。どうやら先ほど地獄のような空気になったのは、無駄ではなかったようだ。柔らかい目を見て安堵する。
が、しかし。そう思ったのもつかの間、またしても突如警戒を込めた瞳を向けられる。自己紹介で多少なりとも空気も温かいものへと変わっていたのだが、今では剣呑さすら感じてれるほどに変化していた。
「それではさっそく本題でございますが…。こちらにはどのようなご用向きでいらっしゃったのでしょうか?」
ここからが本番だ。正直大した理由なんてありゃしない。元の世界に戻るための情報探索に来ただけだからだ。
しかし、それを馬鹿正直に伝えるつもりは毛頭ない。なぜかというと、一つはそもそも信じてもらえると思っていないからだ。日本にいたときに、「私実は異世界から来たんです」なんて言っても病院に連れていかれるのが関の山である。それをわかっているからこそ伝えるわけにはいかない。そしてもう一つはほかのプレイヤーを警戒するためである。プレイヤーの中には他のプレイヤーを専門的に狩る、PKという存在がいる。昨夜戦ったぐらいの奴らであれば余裕で蹴散らすことが出来るが、同じプレイヤーであるならば負けるとはあまり思えないが警戒は必要である。
そしてもしプレイヤーが俺と同じ境遇になったとして、俺はそれを見分けることが出来ない。俺自身がエルフになってしまったように、他のプレイヤーたちも自身のアバターになっている可能性のほうが高いだろう。そうなると、この世界にも偶然か必然か、エルフが存在しているのだ。相手からしたらどれがこの世界純正のエルフかなんてことはわからないに違いない。
強さで判別するのはできなくはないが悪手だとしか考えられない。この世界特有の強者がいないとは限らないし、そもそも俺が戦ったのは昨日の偉そうなエルフだけだ。あいつだってプレイヤーかどうかなんてわかりゃしない。まぁ、魔法を放つとき変な詠唱をしていたのを見るに十中八九この世界の純正品だとは思うんだけど…。
っと、なんて答えようか考えていたら返答がだいぶ遅れていることに気が付いた。
「そうですね…。今まであまり人がいないところを旅してきたものですから、この“冒険者”というもの自体に興味がわきまして。そこで実際にこの目で確かめようと、後ろにいるケルートさんに案内していただいて参った次第でございます」
どうだろうか…。さりげなくケルートへ興味の対象を移そうと若干の目論見を込めて、無難に返答できたとは思うが。それに人がいないところを旅していたと言えば、大体の不作法は説明できるはずだ。
俺は自分の返答が百点に近い出来栄えになったことに、少し鼻が高くなる気分を味わっていた。