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第16曲

夜の帳が降りたこの街、『シャルマッカ』の構造は三層に分かれている。


分かれていると言っても壁で区切られているわけではなく、区画と区画の間には大きな湖がドーナツ状に張られており、架かっている橋の前に必ず衛兵が常駐している仕組みだ。


特に中央区から神聖区に関しては警備体制が常に100%の状態で敷かれている。

神聖区にはエルフ族と一部の人族しか入ることができない決まりなのだが、エルフ族はこの国の象徴であり、絶対的な支配者であるため護るのは当然と言えば当然なのだ。


しかし、神聖区が特別扱いされているが何も他を疎かにしていると言うわけではない。


中央区でも衛兵が毎日バラバラの時間で見回りをしているし、一定の距離感で駐屯所が置かれている。

衛兵が毎日バラバラの時間に警邏する理由なのだが、決まった時間にしてしまうとその時間だけは犯罪率が下がるかもしれないが、他の時間の犯罪率があまり変わらなくなってしまうことを危惧してである。


常にランダムな時間であれば、犯罪者たちは人目を気にして暗がりの方へ逃げていくことだろう。


そしてこのおかげもあってのことか、中央区の犯罪率というのはさほど高くはない。


1番高いのは、1番外側にある外殻区という名称のところで、この区は通称カルス区と呼ばれている。

このカルス区というのは、アメリカでいうスラングのようなものだと思っていただいて結構だ。


元々外殻という言葉ですら、中央・神聖区を守るための殻であるという意味でつけられているのだが、それに追い討ちをかけるかのように悪意を込めてカルス区と呼ばれている。


カルスの意味は以前説明したので詳しい説明は省かせていただくが、その名の通り中央・神聖区の人たちからは人間扱いされていない。


そのため、先ほど説明していた衛兵などの警邏隊は存在していない。

そうなるとどうなるか、もうみなさんならおわかりであろう。


犯罪率など観測できないほどの犯罪が日夜起こっているのだ。

計算をするのがバカバカしくなるほど犯罪というものが常識として根付いている。


外殻区というのは、中央国や神聖区で生まれた人々にとっては話でしか聞いたことのない場所である。

みなさんも一度は耳にしたことがあるとは思うが、“雷が轟いているときにお臍を出すと、雷様にお臍を取られる”という親が子に言う脅し文句の一つだ。


外殻区とは、今言ったように脅し文句の一つとして使われている。

親が子供を叱りつけるときに、『言うこと聞かないと外殻区に捨ててくるよ』と言ったような、かなり批判を浴びそうな脅しだ。


しかしこれは効果的面であり、子供も外殻区の非常識さは常日頃から聞いているため、泣いて謝るほどの威力となっている。



そんな泣く子も黙る外殻区では、今日もひっそりと犯罪に関する密会が行われていた。


整備のされていない外殻区では、街灯なんて立派な物は存在しない。

そのため、夜空に浮かぶドデカい月光だけが外殻区民にとっての夜の生活灯となっていた。


そんな月明かりに照らされる、外壁がほとんどない教会がポツンと建っている。

周りには同じように所々崩れ落ちている小さな家がたくさん建っており、人が住んでいるのかどうかすらわからない。


教会の中は木でできた長椅子が真ん中の通路を境に、右と左で計20個ほど置いてある。


そして1番前の教壇の向こうには、朽ち果てた原型を留めていない女神の像があった。

やや上を向き、今にも飛び立とうとしたこの像が朽ち果てているのを見ると、何故だか胸の奥が不安でいっぱいになってしまう。


そんな教会の1番前の長椅子には、漆黒のフードを目深に被った2人が通路を挟んで座っていた。

ブカブカのフードのせいで性別は愚か、頭から足先までの全てが読み取れない。

しかし、1人は大きく、1人は明らかに小さいのだけは伺うことができる。


人がいるにも関わらず外の風の音だけが響き渡る教会では、この2人の生者はかなり異質な存在であると言えるだろう。

まぁ、まず夜更けに教会にいる時点で異質ではあるのだが…。


そんな静寂という名の支配者を殺めたのは、大きい背格好をしたフードだ。


「久しいな。それで、今日は何用だ?」


嗄れた男性のバリトンボイスでそう切り出した。

年齢はかなりいっているような声音だが、全容を伺うことができないのでなんとも言えない。


「そろそろ準備できたんじゃないかなぁ〜って思って!それで、実際どぉなの??」


返事をしたその声は、とてもこんな時間に出歩いていい年齢の声音ではない。

明らかに幼いその声は、イタズラを思いついた小学生のようなワクワク感が伝わってくる。

しかし、声質は中性的で男性か女性かの区別はつかない。


「あと少しだ。あとものの数日あれば、長年の計画がやっと身を結ぶ…」


嗄れた声は、郷里を思い出すかのように感慨深く喋る。

そこに込められた思いを理解する者がいるとすれば、隣に座る中性的な声を持つ人物だ。


「そっかぁ、あと少しなんだっ!やっとだよねぇ、長かったねぇ」


明るい声には微塵も感慨深さを感じ取れないが、それでも嗄れた声の人物も気を害したような素振りはない。


それは、長い間同じ目標へ向け頑張ってきた志を同じくする同志であるからに違いないだろう。

気心の知れた仲というのは大概こういうものだ。


「さて、それでは私はもう行く。準備があるからな…」


そう言って漆黒のマントをたなびかせながら、暗闇と同化するかのように教会から出て行った。

正面からは何も見えないが、その背中からは気合いと言う熱量が伝わってくる気がした。


「はぁ。やっと…やっとだよ、お母さん…」


今までの明るい感じは何処へやら、急に大人の哀愁を漂わせ始める。

上を向きながら呟いたその声は、外灯ひとつないカルス区の街へ誰にも聞かれることなく溶けて消えていったーーー。


--------


湯浴みを無事終えることができた俺は、この謎のイベントについて思案していた。


突如始まったこのイベント、不可解なことが多すぎて頭がおかしくなりそうだ。


まず初めに匂いだ。

街道に飛ばされた時、森林浴をしているかのような匂いがした。


これは気のせいなんかではなく、確信を持って言えることだ。


ゲームには臭いはわかるが、匂いはわからない仕様になっている。

しかし、その臭いでさえも敵の攻撃などの効果によるものであり、例えゲーム内で風呂に入っていなくとも臭うなんてことはない。


そして第二にNPCたちとのコミュニケーションだ。

これはもはやゲームを通り越している気がする。


定型文ではなく、普通に会話しているというのがそもそもおかしい。

ケルート然り、レファ然り…。


感情を持っているかのような振る舞いに、段々と慣れていってはいたが、冷静になって考えてみると明らかにゲームとしては不自然だ。


どれだけのサーバを用意したら、そのようなことができるのかさっぱり検討もつかない。


イベントの主要人物であるならこれだけの会話文が用意されていても、まだ納得できる範囲だ。

しかし、ケルートなどは俺がリストから選んだだけであって、他の人を選ぶ可能性だって無限にある。


明らかに主要人物でないのは間違いないだろう。


そして第三に涙だ。

リストを運んでくれた秘書のような女性はプレイヤーではないだろう。


プレイヤーであれば、“モーション”というツールで泣くことはできる。

あんな自然に涙を流すなんてことはまぁできないんだが……。


それでも納得できないこともない。


しかし、あれは明らかにコンピューターであり、しかも定型文しか用意されていないようなキャラクターだ。

それが会話をするだけでなく、涙まで流すとなるともう何がなんだかわからない。



難しい顔で思案していると、ケルートが突然話しかけてきた。


「シギ様、大丈夫でございますか?なにやら考え事をしているように見受けられるのですが…」


そういうケルートの顔もだいぶ難しい感じがする。

そんな様子のケルートを見ていると、正直NPCだから喋るのがおかしいなどと考えているのがバカらしくなる。


「いえ、大丈夫です。それよりケルートさん、お腹空いてませんか?よろしければ夕食を食べに出かけましょう!」


「えっ!?いえ、そんな…奴隷の分際でご主人様と食事の席を共にするなど恐れ多くて、とてもではありませんが…。それに、シギ様も奴隷を着席させているとなると外聞が悪くなってしまわれます」


「私の評判は気にしていただかなくて結構ですよ。私はこの街に今日初めて訪れました。美味しいお店など一つも知りません。どうか案内を頼めないでしょうか?」


俺がそう言うと、ケルートは驚いた顔をしたあとに目尻に涙を溜め始めた。

俺が誰かに優しくすると、大体の人が涙を見せるのはなぜなのだろうか。


「そこまで仰っていただけるのでしたら…。ご案内いたします、シギ様」


いい笑顔するじゃん、ケルート。


自分は奴隷だからと遜ってるより圧倒的にいい顔だ。

そんな顔を見ていると、やっぱりNPCが泣くのはおかしいなどと考えてるのが野暮に思えてきた。



さぁ、いい飯が食えることに期待しようーー。



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