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#98 少年少女は階段下で密談する

「話があるって、こんなところにまで呼び出して、いったいなんの話だ? 私は隆俊と違ってこのあと部活あるんだけど」


 放課後。人通りの少ない階段下に紀香を呼び出した。


「いや……それはすまん。ただ、ちょっと意見を聞きたいというか、認識のすり合わせをしておきたいというか」


「……? なんか、煮え切らない言い方するなあ」


 俺の態度が気に入らないのか、少しムッとした表情をする。


「とにかく、話がないんだったら私部活に行きたいんだけど」


「いや、話はある。話す……が、どちらから話すべきか」


 今、紀香と話しておきたい話はふたつある。氷空の話と、そして雨宮さんの話だ。


「なら、話して。話しやすい方からでいいからさ」


 まだ少し不機嫌な様子だったが、紀香はそう言ってくれた。


「……1つ目の方は、氷空の話なんだが」


「氷空? 氷空がどうしたの?」


「いやまあ、最近……というかここ3日一緒に昼飯食ってるだろ?」


「まあ、それはそうだけど。……それがどうしたの?」


 キョトン、と。まるで話がつかめていないといった様子で、彼女は瞳を丸くした。


「もしかして、隆俊は氷空と一緒に食べるのが嫌なの?」


「いや、そんなことはないぞ! 決して!」


 あらぬ疑いをかけられそうになったので、慌てて強く否定しておく。「わ、わかったわかった」と、紀香は謝る。


「じゃあ、どうして氷空が一緒と昼飯食べてることで私が呼び出されたの?」


「……お前は何も違和感を感じなかったのか?」


 そう尋ねると、紀香は数秒考えて、


「なんにも?」


「なんにもかあ……」


 割とすぐに考えるのをやめた。


「いや、まあそんなところだろうと思ってたけどさあ」


「むっ、なんかちょっとバカにされてる気がするんですけどー!」


「そんなことないそんなことない」


 ははは、と適当に流すが紀香は真っ直ぐにこちらを睨んでくる。俺は思わず視線をそらしてしまう。


「それで、氷空がなんで一緒に食べてることが違和感なのか、なんだが。あいつ、今まで――少なくとも、俺が休むまではお姉さんと一緒に食ってただろ?」


「ああ、そういえば。私が隆俊の家に行く前までもそうだったはず。だから一昨日はびっくりたんだよね。……それで?」


「ここまで言ってもわからんか。氷空が意図的にお姉さんのことを避けてるんだよ」


 俺がそう言うと、紀香は「はい?」と素っ頓狂な声を出して、固まる。


「……まっさかぁ。あの氷空だよ? 口を開けばふたこと目にはお姉ちゃんって言ってるあの氷空だよ?」


「じゃあ聞くが、この3日の間に氷空からお姉さんの話を聞いたか?」


「いや、それは……」


「昼飯まで一緒に食べて、会話の機会が多かったのに。一度でもお姉さんの話を聞いたか?」


「…………」


 紀香は、言い返さなかった。彼女自身腑に落ちるところがあったのだろう。


「そもそも、毎度毎度昼休みのたびにお姉ちゃんとこ行ってくる! って愛姉弁当持って出て言ってたやつが、なんでコンビニのパンを持って俺らと昼飯食ってるんだよ」


 その言葉に、紀香はいっそう真面目な顔になった。呼び出された最初の頃の少し不満げな表情はどこにもなく、今直面している問題が、深刻なものだということを理解してくれたようだった。


「ケンカしたとかじゃなくって?」


 その言葉には、どこかそうあってほしいという希望のようなものを感じた。

 俺も一度は、そうじゃないかと考えた。そうあってほしいとおもった。


「ケンカしただけなら、姉の文句のひとつでも出てきてもおかしくないだろう。だが、それもなかった」


 だが、おそらくそうではないのだ。


「むぅ、それもそうか」


 むむむ……と。紀香にしては珍しく――いや、そういう見方は彼女に失礼か。とにかく、かなり悩んでいる様子だった。


「ねぇ。どうして隆俊は氷空がお姉さんを避けてるって思ったの? その逆もあり得るだろうし、そもそも愛姉弁当が無いのならそっちの筋のほうが強くない?」


「それに関しては、ほぼ俺の直感でしかない。が、おそらくはそうだと思ってる」


 そして俺は、昼間に氷空としたやり取りを要点だけ掻い摘んで説明をした。


「なにより、お姉さんの性格的に言えば、受験だからといって氷空に不自由をかけるわけにはいかない! って言い出しそうだな、というのもある」


「あー……それは少し納得」


 俺が乾いた笑い声を漏らすと、紀香も苦笑いをした。


「そういうことで俺は氷空がお姉さんを避けてるって思ってる。ほぼそうだと確信してる」


「まあ、そこまでは理解した。ただ、だからどうする? って話にはなるよね」


 紀香の言ったそれは、まさしく今俺が直面している問題そのものだった。


「正直、俺個人の意見としても必要以上の介入は御法度だと思ってる」


 重く、固い口をなんとか動かして、俺は言葉を紡ぐ。

 その言葉に、紀香も静かに頷いた。


「ただ、ものすごく身勝手で、とてつもなく自己満足的な自分自身の意見としては、あいつの気持ちに寄り添って、なんとか助けてやりたいと、そう思う」


 つい、先日。俺が助けてもらったように。

 その恩義を紀香(ほんにん)に返すのは癪だから、別の人を助けるという形で返すために。


「まあ、私は隆俊にいっつも言われてるとおりバカだからさ。何が正しいとかそういう難しいことはわからないんだけど」


 最初は、挑発をするような笑みで。しかし、すぐに優しい笑顔に変えて。


「私は、隆俊のことを信頼してるから。隆俊が正しいって思ったことを信じるよ。それで間違ってたら、ふたりで一緒に謝ろう」


 友達同士の談笑のように、軽く笑いながら。しかし、やはり真剣な声色で彼女は、言った。


「大丈夫だよ、隆俊。私は味方だから」


 その眼差しに、俺はとてつもない安心感を覚える。


「ああ、そうだな」


「そして、隆俊は私の味方だもんね!」


「さあ? それはどうかな」


 おどけるように、俺はそう言ってみた。


「ちょっと!? なんでそこでハシゴを外すの!」


「ははは! 別に否定もしてないだろう?」


「そこは肯定する場面でしょーが!」


 大丈夫。何があっても俺たちは味方同士だ。

 なにせ、斬っても斬っても斬り切れない腐れ縁だからな。






 一旦、紀香が部活に連絡を入れた。今日は私用で休むことにしたそうだ。


「すまんな。こんなことで」


「こんなこと、でもないでしょ。……それで、具体的にどうするの?」


「そうだなあ……」


 氷空のことを、どうやって後押しするか。少なくとも俺は既に軽く一手背を押した段階ではあるのだが、俺たちふたりでこれからどうやって背を押していくのかという話だ。


「まあ、手っ取り早いのは昼飯から追い出すのだろうなあ」


「言いたいことはなんとなくわかるけど、言い方酷いな」


 俺の意見に、紀香がそう難色を示す。


「お姉さんとこに行って食ってこいって言うのが手っ取り早いが、確実に嫌がるだろうな」


「まあ、そうだろうね。氷空だってちょっとやそっとの考えで今の行動を起こしたわけじゃないだろうし、そこに私や隆俊から行ってこいって言われてはい行ってきますとはならないよね」


「それに、厄介なのが多分これ氷空は何も言わずに避けてるからお姉さんの方にも割と心労がかかってそうなんだよなあ……」


 そこまで話して、お互いの言葉が詰まる。どうやら早々に相当に行き詰まったようだ。


「……ちょっと飲み物でも買いに行くか。話したいこともうひとつあるし」


「うん、そうだね」


 そう言って、ふたりで自動販売機に向かおうとしたとき。


 ダダダダダダダダッ! 突然に階段を駆け上がる音がした。

 ここは1階の階段下。話している間、誰かが近づいてきた様子はなかった。と、なると。


「誰かが上の階から来て、俺たちの話を聞いてた?」


「もしかして笹原姉弟のどっちかだったりしてー」


 冗談っぽく、紀香がそう言う。


「まさか、そんな奇跡……無い、よな?」


 同じ学校なのだから、ないとも言えないのが怖いところだ。それに、こっそり盗み聴いていたようだし。


「ないない。どうせ俺たちが人気(ひとけ)の少ないところで話してるから、色沙汰だと思ってこっそり聞いてたやつだろ。それか男女の密会だー! とかそんなところじゃないか?」


 そうに違いない、そうあってくれ。そんな気持ちもありながらに、軽く笑いながらそう言った。

 きっと、紀香も同じように笑いながら返してくれると、そう思いながらに。


 しかし、答えは返って来なかった。


「……紀香?」


 不安になり、紀香の顔を見る。その顔はどこか不安げで、真剣で。そして少し赤らんでいて。


「ねえ。隆俊は、私とそういうふうに見られるのは、迷惑?」


 そんなことを、聞かれた。

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