#97 ゲーマー少年は新入りふたりについて考える
「おはよう、黒崎くん」
「ああ、おはよう。碧原」
翌日。教室で会った彼はびっくりするほどいつも通りで。まるで昨日のことが夢であったかのように錯覚させられて。
けれど、あれは夢じゃない。私はしっかりと覚えている。
告げられた彼の本音を。
苦しそうな表情の上から、貼り付けた笑顔を。
私は、忘れていない。
* * *
昼ごはん。俺が復帰して、さらに雨宮が一緒に食べるようになってから2日が経った。
人が増えたからといって特に何が変わるわけでもなく、あえて言うならば若干会話の内容であるとかジャンルの傾向が変わったりもしたが、基本的には各々好きなように他愛もない話をしながら食事をしているだけではあった。
……しかし、氷空と雨宮が、ねえ。
関わり合いがないふたりではなかった。特に氷空なんかは俺や葵ともよく話すし、なんなら紀香や橘ともそれなりに話すような人物だから普通に考えればここにいることに疑問を持つことは無いだろう。
だが、氷空は重度のシスコンだ。ついでに言うならお姉さんのほうも重度のブラコンだ。
そういった都合もあってか、俺が休む前までは昼休みには弁当箱をもって「お姉ちゃんのところ行ってくる!」と言って駆け出していた。そのことを思うと、こいつがここにいるのは違和感とまではいかないが、何かしらがあったのかと思わざるを得ない。
とはいえ、喧嘩をしたとかそういうようにも見えない。
コンビニで買ったハムサンドを齧りながら、様子を伺い、考えを巡らせる。
こいつが、もしいま喧嘩をして、それが原因でここにいるのであれば、こんな普段通りのような接し方はしないだろう。なによりお姉さんの話題が出てこないのがその最たる理由だ。
とするならば、どちらかがどちらかを避けている? そういえば氷空の昼食も愛妻弁当ならぬ愛姉弁当から、コンビニで買ったコッペパンに変わっている。
「なるほどねえ……」
「隆俊、どうかしたの?」
氷空がそう言って、はじめて声が口を突いて出てしまっていたことに気づいた。
「あ、いや、なんでもない。会話の腰をおったな、すまん」
軽くそう謝ると、横から紀香が煽るようにちょっかいをかけてくる。ちょっとうるさい。
とはいえ、納得のいく結論には行き着いた。確信があるわけではないが、先ほど考えたように避けているのだろう。
どちらか、というのに関しても憶測でしかないが、おそらくは氷空が。理由はお姉さんの受験だろう。そういえば3年生だったはずだ。
そう考えてみれば、氷空にどことなく元気がなかったようにも思える。自分から離れようとして、しかし辛くて。なんとか気丈に振る舞おうとはしているのだろう。
しかし、難しい話だ。彼らは姉弟だ。最も近くで暮らして来て、最もゴールから遠い存在。
ゲームなんかじゃ攻略対象のメジャーなひとりとして姉や妹が居たりするものだが、得てしてそういう場合は義理であったり、あるいはフィクションだからというご都合的に処理されやすい。
しかし、現実はそんなに甘くない。外部の人間が義理かどうかなど知りはしないが、少なくとも氷空にはお姉さんとの血縁関係を感じさせるような面影がある。そう考えると義理ということは考えづらいだろう。
そして、ここはゲームじゃない。実の姉弟は、決して結ばれない。
それをわかっていないわけでないだろう。むしろそれは、外野の俺たちより、当事者の彼らが一番わかっていることだろう。
しかしそれでも、氷空は。……いや、姉弟は。
バッドエンドしか見えないルートを、たとえどれだけ悲しい展開しか考えられなくても。
それが幸せだと、選び、進んできた。
もしかしたら、今の状態が正しいのかもしれない。今のルートがハッピーエンドへの選択肢なのかもしれない。
けれど、
「なあ、紀香。不幸せなハッピーエンドと、幸せなバッドエンド。どっちのほうが幸せなのかな」
「なに、また今やってるゲームの話?」
「まあ、そんなところだ。ルート分岐の直前なんだが、選択肢に困っててな」
俺がそう言うと、紀香はあっけらかんと決断を出した。
「そんなの、幸せなバッドエンドなんじゃないの? 不幸せなハッピーエンドって、それもうバッドエンドじゃん。なら、幸せなバッドエンドのほうがよくない?」
「……ああ、そうだな。俺もそう思う」
もちろん、最終的な決断を下すのは彼らであるべきだ。しかし、友達として。
「氷空、なんというか、俺がどうこう言えるようなタチではないとは思うんだけどさ」
「……? うん」
己が正しいと思う方向へと、道がたしかにあるということを示してやることは、間違ってはいないだろう。
「他人のことを想って自分を押し殺すことが悪いとは言わんが、自分のことを少しは大切にしてやってもいいと思うぞ」
「ッ!」
その言葉に、氷空の顔が一瞬引き攣る。憶測が、確信に変わっていく。
他の四人はなんの話をしているのかとわからない様子だったが、氷空だけは俺の言いたいことをしっかりと理解してくれているようだった。
「あり、がとう、忠告。うん、気を付けるよ」
「そうか」
まだすこし動揺があるのか、拙い口調で彼はそう言った。
やっぱり、苦しいんじゃねえか。……やっぱり、一緒に居たいんじゃないか。
本当にこれでよかったのかという不安はよぎるが、とりあえずの一段落に俺はため息をついた。
とかく、氷空は解決……はしていないにせよ理由はわかった。しかし、新入りはもうひとりいる。
葵の隣。橘さんを挟んで反対側にいる少女。
雨宮さん、彼女だ。
彼女は俺や紀香。更に氷空や橘さんとはほとんど関わりがない。そもそも、普段関わっているグループが全くの別グループで、それこそイベント事で何かの仕事をするときにでもない限り、会話すらしたことが無い。
しかし、いるのだ。ここに。
遠野 葵。雨宮さんと一緒に文化祭の実行委員を担ったやつが。
そして、そのお礼と称して共に遊園地に行ったやつが。
そうなると、葵絡みだろうなあ。そう思い、昨日一昨日と2日の間、観察をしてみたが。
やっぱり、雨宮さんは葵のことが好きということで間違いないだろう。
遊園地のときかららもしかしたらそうなのではないかと、そう考えてはいたが。
葵の言葉に声を裏返しながら、ちょっと過剰気味に反応してるし、しれっと3日連続で葵の隣を取りに行ってるし。
それに、ちょっと頬を赤く染めてるし。
昼休みが終わって、教室に帰ったあとは彼女がいつも関わっている女子のところに行って何か話している。
どちらかというと引っ込み思案な雨宮さんが、ここまで強引な行動をとっていることを考えると、おそらく彼女に発破をかけられ、頑張ってアタックしているのだろう。
とはいえ、こればっかりは相手が悪い。
なにせ、葵だからなあ。
他人の気持ちがわかってるのかわかってないのか。他者への気が回るようで、自分への気持ちについては鈍感そのもの。
それに、こっちについては本人たち両者ともにが無自覚だろうが。
俺はそのまま横に視線をずらす。捉えるのは橘さん。
彼女も、本人は気づいてはいないだろうが、おそらく葵に気を寄せている……と思う。こっちに関しては雨宮さんのときほど確信があるわけではないが。
個人的な感情を優先させるなら、橘さんを応援したい。関わり合いの深い友達同士だからこそ、そこがくっついて幸せになるのならそれ以上なことはないだろう。
しかし、現状雨宮さんは自覚があり、橘さんは無自覚。で、あるならば雨宮さんを応援するほうが全てが丸く収まるような気がしないでもない。
「どうしてこうも、選択肢ってのは難しいものなんだろうなあ」
「隆俊がこうもゲームの選択肢で悩んでるのは珍しいな。普段はセーブ&ロードで後から変更できるしって割とすぐに決めてるじゃん」
俺が悩んでいると、紀香がそう言った。
「そうなんだけどなあ……」
ゲームなら、と。俺は小さくつぶやいた。




