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#96 少女は強く決意する

「俺は、たいていのことはやればできるような、クソガキだった」






 テストは教科書をちょっと読めば満点取れたし、スポーツもルールさえ教えてもらえれば人並み以上にできた。

 天才だの神童だのと周囲から褒められ、もてはやされ。それはとても嬉しいことで、心地の良いことで。

 そうして俺は「できる」ということが絶対的に正しいと思うようになり、自分はそうあるべきだと妄信するようになった。


 その結果、俺の周りから人は消えた。


 勉強のやり方を聞かれ、教科書を読んでるだけだと答えた。

 そのときの俺からすれば、それ以上でもそれ以下でもないことだったのだが、聞いた本人からすればこの上ない自慢のように聞こえたことだろう。


 体育の授業でテニスをやったときに、バスケをやったときに。……だいたいの種目で部活をやってるやつらにも勝てた。

 それらに真剣に打ち込んでるやつらからしたら、相当に悔しいことだったのだろう。


 これが、ひとつふたつ程度だったらまだよかったのだろう。ああ、あいつは頭が異様にいいから。あいつは運動神経がずば抜けていいから。まだ、そう納得できたことだろう。


 けれど、俺はたいていのことはやればできるような人間だった。たいていのことはやってしまうクソガキだった。


 そのうちに、俺に対する対応が素っ気ないものに変わっていき、更には陰口を聞いてしまうこともしばしばあった。


「あいつ、今度は斎藤さんのメンタル叩き折ったらしいよ」


「うわ、マジかよ。最低だな」


「どうせ俺らのことも下に見てるんだろうな」


「はあ、ほんとこれだから天才ってやつは」




「人の心とか、持ち合わせてないんだろうな」




 そのときに初めて、俺は「できる」ということが絶対的に正しいとは限らないと知った。

 けれど、喪ってしまった関係は、もうどうしようもないくらいになってしまっていて。


 結果、クラスの空気は最悪になった。


 わざと失敗してみせても、わざと間違えて見せても。どうやっておどけてみせても。ただただひたすらに空気が白けるだけで。

 ああ、もう、手遅れなんだ、と。そのときに確信した。


 俺がいる。ただそれだけのことが、クラスメイトたちにとってこの上なく望ましくないことになってしまっていた。






「……碧原。今のクラスは好きか?」


 途中まで話して、俺はそう尋ねた。突然の質問に戸惑った様子を見せた彼女だったが、すぐに答えてくれる。


「えっ? ……ええ。たしかに直してほしいこととかやめてほしいこととかが無いわけじゃないけど、好きよ」


「そうだよな。俺も好きだ。……そして、俺もあのときのクラスも好きだったんだ。――拒絶される前のクラスは」


 ちゃんと答えてくれた彼女に、軽く礼を言いながら俺は目を伏せ。


「そうしたところから、存在を望まれなくなる。集団から異物として認識され、排斥されようとする。これは思ってるよりもキツイものなんだ」






 けれど、それでも担任の先生は「成績がいいこと」を評価してくれていた。その当時の俺にとっては評価されること、認められることはこの上なく救われることであるように感じていて。

 周囲から拒まれようとも、たったそれだけで俺は自分を保つことができていた。


 けれど、それは教師としての本音であり、人間としての本音ではなかったんだ。

 そりゃそうだ。先生だって人間なんだ。


「――黒崎は、成績はいいんですがどうも協調性が」


「もう少しクラスメイトと協力というか、歩み寄ってくれればいいんですが」


 クラスの輪を乱す人間がいて、それに何も思わないなんて奇っ怪なやつは、そうそういない。


 職員室に、クラスの提出物を持っていったときだった。ドア越しに聞こえた担任の声に、ほんのちょっとで保っていた俺自身という存在が、ついに砕け散ったのを感じた。


 こみ上げてくる吐き気に、襲い来る目眩に。職員室前に設置されている棚に提出物を置いて、俺は逃げ出すようにその場から立ち去った。






「……さっきも言ったが、俺は今のクラスが好きなんだ」


 俺は念を押すように、そう言う。


「今のクラスは居心地はいいし――もちろんこの部室も。そして、俺はそういった俺の居場所を守りたい」


 碧原は、何も言わない。うつむいて、苦い顔をしている。


「碧原は、俺がお調子者のように振る舞ってるって言ってたな」


 俺がそう言うと、彼女は身体を少しビクつかせる。


「ああ、それはそのとおりだ。それでクラスの空気が良くなるのであれば、俺は喜んで道化になろう」


 その言葉に、碧原は顔を上げ、こちらを見つめる。

 ああ、本当に嫌いだ。おまえのその瞳が。


「でもっ!」


「碧原」


 俺は諭すように、小さな声でそう呼びかけて。


「いい、いいんだ。誰も不幸にならない。これで、いいんだ」


 俺の言葉に、碧原は何も言い返せなかった。

 ただただ苦しそうに、悲しそうに。けれどこちらを見つめていた。


「まあ、そういうことだから。碧原、俺のことは気にせずに、今までどおり接してくれると嬉しい。先輩たちも、牧坂も、黄乃ちゃんも。どうか、そうしてくれるとありがたいです」


 できる限りの笑顔を作って、俺はそう言った。

 笑えていると、いいが。


「……」


 重苦しい空気が流れる。


「さ、さてっ。俺の話も終わったことですし、せっかく全員揃って、碧原もいることですし、なにかしますか!」


 両手をパチンと叩き合わせ、そう言う。しかし、誰も、何も言わない。

 ああ、今日はダメそうだ。まあ、こんな話をされて、すぐに気持ちの整理をつけろという方が無理な話か。


「……と、言いたいところだったんですけど、ちょっと俺、今日は調子悪くて早退するところだったんすよね。すみません、先に失礼しますね」


 そう言い、荷物をまとめて部室から出る。


 引き止める人は、誰もいなかった。




   * * *




 黒崎くんが出ていった後も、部屋の中は静かなままだった。


(……とてつもなく、気まずい)


 もとよりこの部活に関係ない人間な上に、この騒動を引き込んだ人間として、申し訳なさが立つ。


 そんな中で口火を切ったのは、紫崎先輩と呼ばれていた男性だった。


「あー……とりあえず、なんだ」


 その言葉に、部屋の中にいた全員がそちらを向く。


「今日あいつが言ったことを忘れることはできねえとは思うし、それを知った上で今までどおり接するなんてことは無理だと思うが」


 右手で、頭を掻きながら、少しずつ言葉をこぼしていく。


「俺はあいつの気持ちがわからんでもない。……だからこそ、あいつが言った今までどおり接っしてくれってのが心からの願いなんだってことはわかる。だから」


「大丈夫、言われなくてもわかってるよ紫崎くん」


「ああ。うまくやれるかはわからんが、やれる限りは……いいや、うまくやるさ」


「黒崎くんは黒崎くん! 私たちの仲間で友達だってことは変わらないもんね!」


 ふたりの先輩、そして牧坂さんが彼の言葉が言い切られる前にそう答えた。


(紫崎先輩……と呼ばれていた。シザキ……2年生……)


 最初に入ったときに、顔を合わせたときから気になっていなかったわけではない。風の噂レベルだが聞いたことがある。

 詳しいことまでは聞いたことはないが、2年生にシザキというヤバい先輩がいるという話を。


(今日関わった限りでは、そうは思わないけど)


 普段の彼を知らない。特に噂になったという昨年のことを私は知らないから、なんとも言えないが。

 今日、彼と関わった限りでは。少なくともここにいる、黒崎くんを含めた人たちからは、随分と信頼されているように思える。


「そうか。それならよかった。……とはいえ、今は戸惑ってることも多いだろう。今日は帰って、各自いろいろと整理しておくことにしようか」


 彼がそう言うと、それぞれ「そういうことなら、それじゃ!」や「またねー!」と、それぞれ部屋から出ていった。


 そんな中、私は立てないままでいた。


「碧原、だったな。……当事者として、引き込んだものとして、責任感を感じているんだろう」


「あっ……」


 そう、声をかけられ。正鵠を射られ、私は思わず固まってしまう。


「だが、気にすることはない。いや、気にしてはいけないというべきか。……君はあいつのことを想ってあいつのためにやったのだろう」


 立ち上がった彼は、そう言って少しだけこちらに近づいてくる。

 噂の一端も、少しわかる気がする。たしかにこうやって見ると、少し威圧感のある見た目な気はする。


(見た目や雰囲気で判断するのは、愚かしいことなのだろうけど)


 彼から感ぜられる考え方や、声色が、噂を否定してくれている。


「あれでもあいつは、なんだ。なかなかに脆いやつでな。……だからこそ、いつもどおり関わってやってほしいというのはあいつの意思を尊重した願いだ」


「……はい」


 彼の言葉に、私は目を伏せ、下を向くしかなかった。

 自分の引き起こしたことに、後悔を感じようとしていたとき「しかし」という声が聞こえた。


「どうか、あいつのことをしっかりと見てやっていてほしい。……あいつの行動は最悪でないだけで善いやり方でない。だから」


 そう、優しい声で。


「知っている者として、あいつのことを気にかけてやってほしい。それが俺個人としての、俺からの頼みだ」


「はいっ!」


 強く、決意を抱いた声で私はそう応えた。


「いい答えだ。いろいろと落ち着いたら帰るといい。俺たちは下校時刻になるくらいまではここにいるから」


 見ると、彼の後ろにいる黄乃ちゃんも、隠れながら小さく頷いてくれる。


「とりあえず、拭いておきな。お互い、何か勘繰られるのも嫌だろう」


 ハンカチを差し出され、初めて気づく。

 頬を、涙が伝っていた。


「ありがとう……ございます」


 そう言って受け取ると、彼は少しどぎまぎとしている。

 そういえば初めてのときも、対応が苦手そうで、黒崎くんがすぐに割って入っていたな。

 少しだけ、噂がひとり歩きしている理由に合点がいった気がする。


 けれど、今はそれはいい。


 彼から受け取ったハンカチで、涙を拭き取る。

 一緒に、後悔も。


 今は助けられてばっかりの、私だけれど。


(……まだ、お礼も言えてないしね)


 黒崎くん。絶対に君のことを、助けてみせる。

とりあえず曜日外の連続投稿は今日までのつもりです。

来週からの水曜日の定期の更新はやれると思うので、よければこれからもよろしくお願いします。

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