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#94 少年は少女に見透かされる

 そのまま碧原の手を引き、3階へと向かう。

 構造上袋小路になっているここの廊下は、この階に用がある文芸部くらいしか来ることはない。


「……それで、俺になんの用だ、碧原」


「お礼をしたかったのと、それから聞きたいことがあって」


 そう言って、碧原はこちらを真っ直ぐに見つめてくる。


 ああ、やっぱり苦手だ。こいつのこの瞳、この表情。

 全部を見透かしているようで、他人の隠してるところまでズケズケと上がりこんでくるようで。


「と、いうか。それでわざわざこんなところまで探しに来たってわけか」


「だって黒崎くん。放課後になったらすぐどっか行っちゃうんだもん」


 まあ、ここに来るのを――どちらかというと、黄乃ちゃんを誰かに見られるのを警戒して終わり次第すぐにここに来てたが。


「休み時間とかじゃダメだったのか? 俺、別に休み時間はそんな外にでかけてないだろ」


「休み時間は他の男子に囲まれてること多いし、それに女子が休み時間に男子を呼び出したら何か言われそうでしょ」


 それはたしかにわからないでもない。


「すぐに帰っちゃってるのかと思ってたんだけど、聞いたところによると部活に行ってるらしいってのはわかって……でも、どこの部活なのかってのはみんな知らなくって」


 すごく大変だったんだからね! と、少し強めの語気で言われる。

 随分と熱心に探し回ってもらったらしい。ありがたいような、ありがたくないような。微妙な感情だ。


「まあいいや。それで、お礼って何の?」


 話を本題に戻す。すると、彼女は「そうだった。まずはそれからだね」と言い、続けた。


「文化祭。ずっと、ちゃんとお礼言えてなかったから」


「文化祭? 別に礼を言われるようなことをしてないと思うんだが」


 文化祭。たしかに、俺が彼女と一番関わり合いを持ったこととすれば文化祭だ。

 しかし、それで俺が彼女としたことといえば同じ仕事を担当して、一緒に仕事をこなした程度だ。

 それについてだったら別に仕事の終わり際に「お疲れ様、ありがとな」程度のねぎらいの言葉をかけあったろうし、それ以上は必要ないだろう。


「ううん。私は君にお礼を言わなきゃいけない。出来もしない仕事を選んで、その尻拭いをさせちゃった私は」


「尻拭いって……」


 たしかに、彼女は自身の苦手な仕事を文化祭の仕事として選んでしまい、そしてその結果として俺がかなり手伝ったというのも事実だ。けれど、


「別にそのくらい、礼を言う程じゃないだろ。自分の仕事を放り出して他人にすべてを任せっきりにしてるやつもいるだろうし、自分の仕事をなんとかやろうとしただけお前は偉いよ」


「でもっ」


「そういって、仕事を押し付けられたやつだって、別に仕事を投げ出したやつから礼を言われたいだなんて思ってないだろうし」


 俺はそう言って、反論しようとした碧原の口を止める。彼女は苦虫を噛み潰したかのように、苦しそうな表情をする。


「…………それでも、私はお礼を言いたい。そうするべきだと思うし、そうしなきゃいけない気がするの」


 絞り出すような声で、彼女はそう言った。


「オーケー、わかった。……だが、その前に聞きたいことがある」


 俺がそう言うと、少しの沈黙のあと、彼女は「何かしら?」と言った。


「礼を言わないといけない気がするってのは、手伝ってもらったからか? それとも――俺だからか?」


 3秒。彼女はうつむき、考えて。


「手伝ってもらった相手には、相応の何かがあって然るべき……だとは思う。けれど」


 顔を上げ、曇りのない瞳で、こちらを見つめて。


「黒崎くん。君だから、お礼を言いたい」


 ああ、やっぱり苦手だ。

 コイツの前だと、調子が狂う。


「それから、このこと関連することででもあるんだけど、最初に言ってた、聞きたいこと――」


「ちょっと待ってくれ、……もうひとつ聞きたい」


 俺がそう言うと、彼女は少しムッとした表情で、


「私は君の質問に先に答えた。なら、次は君が答える番よ」


「いいや、先に答えてもらう」


 互いが互いに目を細め、牽制し合う。そういえばなんだかんだでコイツ、強情な性格だったか。


「碧原」


「黒崎くん」


 声が、重なる。


「どうしておまえは、そんなにも俺を評価しようとする?」


「どうして君は、そんなにも自分のことを下げたがるの?」


 長い。長い、静寂だった。ふたりとも驚いた様子で。しかしながらどこかで少し察していたかのように納得した表情で。


「……そんなことを、気にしてどうする」


「それは、こっちのセリフだよ」


 先に、口火を切ったのは俺だった。


「そもそも俺がいつ、自分のことを下げようとしてるって?」


「教室にいるときはいつもだよ。自分のことを、バカで、変態で、お調子者のように見せかけてる」


「……ッ! そんなの。そんな……それが本当かどうかなんてわからないだろう!」


「わかるよ。黒崎くんは優しくて、賢くて。そして酷く繊細なんだ。傷つくことを酷く恐れてる」


 言葉に詰まる。心拍が速まる。冷たい汗が頬を伝う。


「おまえは……俺の何を知ってるっていうんだ」


「何も、何も知らないよ。だからこそ、今、聞いてるんだ」


 真っ直ぐな声が、突き刺さる。やめろ、やめてくれ。


「教えて。どうして自分に嘘をつくの」


 そこから先に、立ち入ろうとしないでくれ。


「……悪い。そいつはちょっと、答えられない」


 俺はそう言うと、彼女に背を向けた。


「俺のした質問は忘れてくれていい」


「黒崎くん、待って!」


「悪かったな、こんなところに付き合わせて。気をつけて帰れよ」


 呼び止める碧原の声から逃げるように、俺はこの場から立ち去った。






「ただいま戻りました」


「おかえりー……って、わあ。紫崎先輩と黄乃ちゃんの次は黒崎くんまで顔色悪くなってる。大丈夫?」


 部室に戻ると、心配した牧坂がこちらに駆け寄ってくる。ふたりのことを任せたことについて簡単に謝罪と感謝を伝えてから、


「大丈夫……ではないかもな。ちょっと今日は早くに帰ることにするよ」


「うん、そのほうがいいかもね」


「てなわけで、すみません先輩。今日は早退しますね」


 奥の席に座っていた紫崎先輩に、そう声をかける。さっきよりかは随分とマシだが、まだ少し調子が悪そうだ。


「ああ。そもそも参加も自由だからな。気にするな」


 少しの会話を挟みながら、俺は帰り支度をする。


「そんじゃ、お先に失礼しますね」


 鞄を肩に掛け、位置を調整する。


「おう。気をつけてな」


「また明日ね!」


 紫崎先輩と牧坂の声に送られ、俺は部室を出ようとする。

 扉を、開ける。


「あ」


「あ」


 目と目が合った。あまりにも唐突で、突然のことに驚き固まり、そんな素っ頓狂な声を出してしまう。


「黒崎くん、やっぱりここに帰ってきてたんだ」


「碧原、なんでここに?」


 言ってから、自分の頭が十分に回っていないことを理解する。ここに彼女が来る理由などひとつだろう。

 俺が彼女を残し、勝手に立ち去ったのだから。


「君が逃げるからだよ。まだキチンとありがとうって言えてないのに……って、あれ?」


 碧原の視線が、俺からだんだんとそれていく。具体的には俺の右側……更に言うなら、俺の後ろへと。


(まずいっ!)


 そういったミスは、そういった後悔は。つい十数分前にやったばっかりだろう。そのときに一度悔やんだはずだろう!


 そう気づいたが、もう遅い。慌てて扉を閉めようとしたが、既に彼女の身体は半分ほど部室に入ってしまっていた。


 疑問、違和感。そして、好奇心。そういった表情、そして、声色で。


「女の子っ!?」


 驚いた様子で、彼女はそう言った。

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