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#93 少年はついに見つけられる

「そういえば黒崎、お前あの後のハンバーガー屋での精算額とかわかるか?」


「えっ? いや、先輩たちが買ってきてくれたからわかんねーっすけど、どうかしたんすか?」


「そうか……いや、鈍川や白石にも聞いたんだが、レシート無くしたって言って、だいたいの金額を聞いてもはぐらかすんだよ」


「そうなんすか、いやあ、力になれず申し訳ない」


「適当な金額を渡そうとしても拒否されるしなあ……」


 紫崎先輩は、そう言いながら困った様子で顎に手を当てる。


 あのとき運ばれてきた量のことを考えると、ある程度の推測はつくけど、それをするのは無粋だろう。


(後で自分が食べたぶんくらいは渡すかなぁ)


 先輩としてのカッコがつかないとか、そんなことを言われそうだが。


「そういえばその当の先輩たち、今日は休みなんです?」


 このままでは延々と悩んでいそうな紫崎先輩に。そう切り出して話を変える。


「教室に行ったときにはいたから、学校は休んでいない。まあ、この部室に来るかどうかは任意だからそのあたりはわからないが」


 事実上、活動を行っていないようなこの部活において、当然参加なんて強制されているわけもない。

 だから、学校に来ていたからと言って来るかどうかはわからないのだが、


「まあ、何も予定がなかったらそのうち来るだろう」


「それは、確かにそうっすね」


 強制されてはいなかったが、なんだかんだで全員集まることも多かった。


 ふと、牧坂に目をやるといつの間にやら黄乃ちゃんを腕に抱いていた。黄乃ちゃんは「やめてください……」と少しだけ抵抗するが、腕の骨折と、その負い目あってか、普段より相当におとなしい。


 すこし、助け舟を出そう。


「おいおい牧坂。たしかお前、今日の数学でわからないことがあって聞きたいんじゃなかったのか?」


「あっ、そうだった!」


 そう言って牧坂は黄乃を離し、カバンに手を伸ばす。その隙に彼女はトテテと逃げ出した。


 牧坂は、この通り苦手な数学を教えてもらうため。


 紫崎先輩と黄乃ちゃんは、そもそもここの主で。


 そして、そんな二人を気にかけてる鈍川先輩と白石先輩。


 そういう都合で、たいていいつも集まっている。


 そして、俺も。


「この部屋は、この場所は。……過ごしやすいっすね」


「……そうか。そう言われると、なんだ、うまく言葉にできないが」


 紫崎先輩の言葉で、自分の思っていたことが口から出ていたことに自覚する。

 言うつもりはなかった、会話的にもそういう流れではなかったし。

 ただ、その言葉は本心だった。最初はテイのいい隠れ蓑としてこの部活に入ろうと思っていたのだが、今ではすっかりここにいることが安心できる要素になっていた。

 自分自身を大仰に隠さなくてもいい、そう思える場所として、この場所が自分の中で大きなものになっていた。

 まあ、テイのいい隠れ場所なのに変わりはないのだが。わざわざこんな場所に来るなんて酔狂なやつはいないだろうし、そうそうこの部活に用があるなんてやつもいないだろうし。


「自分たちのためだけに作ったはずのこの場所が、誰かの役に立ったのなら、……少し、嬉しい気がする」


 紫崎先輩は気恥ずかしそうに爪先で頬を掻く。


「ノートあったー! そう! 紫崎先輩! 黄乃ちゃん! これ、教えてほしいの!」


 牧坂が、そう声をあげる。紫崎先輩が「どれどれ?」と立ち上がり、さっき逃げたばかりの黄乃ちゃんも、恐る恐る近づく。


 その時、


 コンコンッ、ドアからそんな音が聞こえた。


「お、先輩たちきたんですかね?」


 俺がそう言うと、紫崎先輩は立ち上がっていたこともありドアへと向かう。


(あれ、なにかおかしくないか?)


 直後、何か違和感を感じる。


 先輩たちが、わざわざノックして入ってくるか? いや、いつもそのままドアを開けて入ってくるはず。


 ドアの鍵は? ……開いている。そもそもドアの鍵の開閉を確認するような音も聞こえていない。

 なんなら閉まっていたとしてもノックなんかせずに普通に俺たちのことを呼ぶだろう。


 ふと、よくない考え方頭をよぎる。


 なんで、今、俺自身がドアを開けに行かなかったんだ! と、


「先輩、待っ」


 しかし、もう遅かった。すでに紫崎先輩はドアノブに手をかけ、今にも開けようとしていた。


 がチャリ、そんな音を立ててドアが開く。


「あのー……」


 紫崎先輩の動きが固まる。同時、黄乃ちゃんがサッと牧坂の後ろに隠れる。

 数研の誰の声でもない声が、聞こえた。


 俺は咄嗟に紫崎先輩と、ドアとの間に入ろうとする。

 そうやって慌てていたからだろう。俺自身、その声について細かくは考えていなかった。


「はい、どうしま……」


 割って入り、顔をあげようとしたその時。ふと冷静になった。

 そして、やっと気づく。


 ……俺は、この声を、知っている。


「み、碧原。どうしてここに……」


「黒崎くん、やっと見つけた……!」


 碧原はそう言うと、さも嬉しそうに顔を明るくする。


「いったい、どれだけ探したことか。クラスのみんなに聞いても知らないって言うし、ホームルームが終わったかと思うといつもいつの間にかいなくなってるし」


 話し始めた碧原は、まるでマシンガンのようにいかに俺を見つけるのかが大変だったかを話し始める。

 数秒待ってみたが、弾丸はまだまだ尽きそうにない。そして困ったことに、その弾丸は俺を通り過ぎて後ろに被弾している。


 紫崎先輩の顔色が少しずつ悪くなっていく。牧坂が黄乃ちゃんを気にかけてるのがわかる。


 さすがに、止めないと。


「あー、碧原? ストップ、ストーップ! とりあえず俺を探してたってのはわかった。……それで、結局用事ってのは俺に関することなんだよな? この部屋は特に関係ないんだよな?」


「んー……興味がないといえば嘘になるわね」


「オーケーオーケーとりあえず俺のことを話そうかー、うん、そうしよう。それじゃあ外に行こうなー、そうしよう!」


「ちょっ、黒崎くん! ちょっと待っ」


「さあ行くぞー! あっ、それじゃあ部長、ちょっと席外しますねー」


 無理矢理に碧原を押して外に出る。とりあえずすでに限界のふたりからは、そうそうに離さないといけない。ケアは……牧坂に頼もう。


 牧坂に目配せだけすると、彼女は察してくれたのか頷いてくれる。それを確認して、俺は扉を閉める。


「よし、とりあえず別の階に行こうか」


「いい加減ちょっと待ちなさいよ黒崎くん!」


 碧原の手を取って階段の方へ連れて行こうとすると、サッと振り払われる。


「悪い、触られたくなかったか」


「いや、別にそういうわけじゃないけど。ただ、さっきからどうも私のことをここから遠ざけようとしてるから」


「あー……、どうしてもここじゃないとだめか?」


 上手い理由を考えようとしたが、思いつかない。……どうもやはりというか、碧原といると色々と調子が狂う。

 いつもなら、はぐらかして、言いくるめて、そういえばって感じで話題をそらせるのに、コイツにはそれが通用しない。


「別にそういうわけじゃないけど。黒崎くんこそ、ここじゃだめな理由があるの?」


 ジッと、真っ直ぐな瞳でこちらを見てくる。……碧原の、この視線は、苦手だ。

 まるで嘘を許さないような。まるですべてを見通しているような。そんな瞳だ。


「俺自身には、ない。だが、ちょっと事情があってここじゃ不都合なんだ」


 嘘は、ついてない。安易に伝えるべきではない事柄を伏せているだけだ。問題はない。


「……わかった。じゃあ移動しましょう」


 どこか不服そうな感じは抜けていないが、碧原はそう言ってくれた。

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