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#88 少女はゲーマー少年を訪ねる

「氷空」


「うん? どうしたの?」


 教室、ひとり座って授業終わりの黒板をボーッと見つめていると、突然その視界が遮られる。

 目の前に、葵が現れた。


「行くぞ」


「行くって、どこに?」


「どこってお前……一緒に食べないのか?」


 葵がそう言うと、彼の後ろからぴょこりと小さな女の子が現れる。橘さんだ。


「食べる……食べ……あっ、お昼ごはんか!」


「そうだ。一緒に行かないのか?」


「行く! 行きます! 行かせてください!」


 俺はそう言いながらカバンの中を急いで漁る。朝、コンビニで買ってきたパンをレジ袋ごと取り出す。


「別にそんなに慌てなくてもよかったんだけど」


「いやいや、待たせるのもどうかって思ったしね」


「そうか。じゃあ行くか」


 彼はそう言って歩きだした。その後ろにピッタリつくようにして橘さんも歩く。俺もその後に続く。


 教室を出るその直前、言葉がふと口をついて出る。


「……静かだね。すごく」


「そうだな」


 葵が、そう返してくれた。




   ***




「やっちゃったよ、ズル休みしちゃったよ」


 ついにやってしまったその行為に、わなわなと震えてしまう。


「い、いや、これはズル休みじゃないし。……そ、そう! 隆俊! 隆俊がいないのが悪いんだもん! 私が別にズル休みしたわけじゃない! ……たぶん」


 そうやって、なんとか自分に言い聞かせつつ、罪悪感をごまかそうとする。そうじゃないと、わかってはいても、そうせずにはいられなかった。


「すう、はあ、すう、はあ」


 少し大きめに呼吸をとる。そうやって無理やりに鼓動を抑えようとする。


「……よし、よーし、やれる」


 ふるふると震える腕をなんとか動かし、前へ。


 目の前には、家。お隣さん。要するに隆俊の家。


 インターホンに、指を伸ばす。


「ピーンポーン……」


 音がなった。押してしまった。

 つい数日前に、お姉さんには「ちょっとそっとしておいてあげて」と言われてしまったけど、また来てしまった。

 ……でも、私だってもう、待つのは辛いんだもん。私だって十分待った。はず。

 学校だって、暇だし、暇だし、うん、暇だし。


 とにかく、隆俊がいないと、何も回らない気がする。だから、来たんだ。


 しばらくすると、家の中から「はーい」という声が聞こえて、扉が開かれる。


「はい、どちらさまでしょ……あら、紀香ちゃん……」


「こんにちは、お姉さん」


「今日って平日よね? 今は学校なんじゃないの?」


「それを言うなら、お姉さんだってお仕事なんでは?」


「痛いところをつくねえ。意外と鋭いのね。まあ、私は有給とってるんだけど……まあ、その理由を聞かれると」


 チラ、チラ、とこちらを見たり見なかったり、お姉さんは言葉を続けた。


「たぶん、紀香ちゃんと一緒なのよね」


「…………」


 私は黙ったままでお姉さんを見つめた。


「そうね。いいわ、とりあえずここで話すのもなんだし、一度上がって。リビングで、一旦話しましょ」


 お姉さんは、そう言って私を招いた。私はそれにしたがう。


 一歩、隆俊の家に足を踏み入れる。ちょっと、ちょっとだけだけど、進んだ。進めた。






「さて、と。とりあえず座って」


 誘導された先で、ソファーに座るよう言われる。ふかふかのソファーだった。斜め前のひとりがけの椅子にお姉さんは座る。


「じゃあ、ちょっと聞きたいんだけど、いいかな?」


「は、はい」


「そんな強張らなくてもいいから。ちょっとした確認だけだから」


 クスクスとお姉さんは笑った。少しだけ恥ずかしかった。

 そんなにガチガチに緊張していたのか、私。


「じゃあ、聞きたいんだけど、紀香ちゃんは隆俊の……隆俊が、ゲーム依存症だってことは、知ってるよね?」


「はい」


「それが始まった頃のことって、覚えてる?」


「……いえ、気づいたときにはずっとゲームしてた、みたいな記憶が」


「うーん、まあ、それであながち間違いじゃないんだけどね」


 お姉さんはくるくると自身の髪を指に巻きつけながら会話を続ける。


「それじゃあ、その原因って知ってる?」


「――っ! い、いえ」


 知らない。知らない。気になって、何度か尋ねたけど、隆俊は一度も教えてくれなかった。


「そっか、やっぱりそうだよね」


 うんうんと、お姉さんは頷いてる。いったいこれは、なんの確認なんだろうか。


「じゃあ、最後に」


 今まで髪の毛を巻きつけていた指を自由にして、唇へと持っていった。


「もし、隆俊のゲーム依存症の原因が私で、なんなら、私が意図して隆俊をゲーム依存症にしたって言ったら、どう思う?」


「……は?」


 ……は?


「まあ、そうなるよね。それが普通の反応だよね」


 いや、待って。目の前の女性……隆俊のお姉さんは、いったいなにを言っているんだ?

 隆俊のゲーム依存症の原因がお姉さんで、むしろお姉さんが隆俊のことをゲーム依存症にした……?


 いったい、どういうことなの? どういう目的があったの?


「どういうこと? って顔してるね。それに、理由も欲しそう」


 お姉さんは不敵に笑い、言葉を続ける。


「どういうことなのか、についてはこう答えるしかない。そのまま、言葉の意味、そのままよ。私が、隆俊を、ゲーム依存症にしたの」


「なん……でなんですか?」


「行動があったら、そこに理由が存在する。まあ、普通の考え方よね。……まあ、もちろん理由はあるんだけど、でも」


 お姉さんは、私の様子を伺い、かと思えば廊下の方に視線をやった。

 廊下の方に、というよりかは、少しだけ目線が上、二階……?


「その理由については、私から話すわけにはいかない」


 神妙な顔つきだった。ふざけてるとか、私になにか嫌がらせをしたいだとか、そういうわけではなさそうだった。


「その理由は、隆俊本人に聞いてもらえないかな。まあ、それほどにはヤバイ理由なんだ」


 ゴクリ。ツバを飲み込む。


「っていうことは、隆俊に会って……」


「いいよ。むしろ会ってやって。そして、できたら助けてやってほしい」


「助ける……?」


「そう、数年前、私が助けられなかった、彼を」


 それは、どこか含みのある言い方で、何かを示唆しているようにも感じ取れた。でも、バカな私にはそれがなんなのか、さっぱりだった。

 バカじゃなかったら、わかったかもしれない。自分がバカであることが、初めて悔やまれた。


「それじゃ、頼んでいいかな?」


「はい」


 私は、真っ直ぐな声色でそう答えた。

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