#83 少女は招集する
しばらくすると、すっかり深く眠ってしまったようだった。夢すら見ないほどに、ぐっすりと。
物音ひとつパッタリとしなくなった部屋は、なんかむしろ落ち着かなかった。
(……ったく、なんだってんだ、マジで)
こんなもん養護教諭の保証対象外だっつーの。カウンセラーとかそういうのが相手になるようなことだろう?
なんなんだよ、一体コイツは何にうなされてたんだよ。寝言もいっさいが止んじまったから何がなんだかわからずじまいだし。
あー、もう。イライラする。何もかもが中途半端に止まっちまってるから、中途半端に気になってイライラする。
「酒飲みてえ……なんでもいいから、酒……」
ふと、目に入った消毒用エタノールに手が伸びた。
チャイムが意識を叩き起こすまで、俺は本気でエタノールを飲もうとしていた。危ない。
「先生! 隆俊は!」
「ここは保健室だぞー、ちっとは静かにしろー」
「あ、ごめんなさい……」
保健室のドアが勢いよく開かれる。壊れてないよな? 壊れてても俺の責任とかにならないよな?
「えっとたしか灰原さんだったか」
「ん? 隆俊は蓬莱だぞ?」
「いや、お前さんの名前だよ」
…………しばらくの沈黙。
「すごっ、なんで知ってるの!?」
「そこかよ。んで、蓬莱だな。今はぐっすり眠ってるから、放っておいてやれ」
「んー、わかった。ありがとうございまーす」
灰原さんはそのまま出ていこうとした。
「あ、そうだ」
「どうかした? 先生」
ふと、言葉が口をついて飛び出した。
「なあ、蓬莱って昔になにかあったのか?」
「んー、わかんない。どうだろう。隆俊とはちっさい頃から一緒だけど…………あっ」
彼女はなにか思い出したらしかった。
「そういえば、昔にしばらくの間、隆俊が不登校だった時期があったよ。だいたい一、二週間くらい。それで、その後から隆俊がめちゃくちゃゲームするようになったの。そのときはなんにも思わなかったけど、学校休むくらい面白いゲームだったのかな……?」
「そ……うか、ありがとう」
「ううん、全然いいよー。それより隆俊が起きたら無理するなーって私が言ってたって伝えといて」
「おう、了解だ」
今度こそ、彼女は部屋から出ていった。
「……だそうだ」
「……………………」
返事はない。起きているのか、寝ているのか、判断はつかない。
まあ、俺の知ったことではないが。
…………。
…………いや、気にななるんだがな。興味の有無は別問題。
***
これは、問題だ。由々しき問題だ。
だからこそ、私、麻衣はここに緊急会議を招集する。
「第一回なんかよくわからないけどモブ太が最近詩織ばっかり見てる気がするんだけどこれは一体何なの!? を開催します!」
「お、おー……」
なんかとてつもなく微妙な表情の郷沢くん、あとキョトンとしている詩織。
この三人による会議が今、開かれた。
「えっと……とりあえず麻衣ちゃん、いろいろ聞きたいんだけど、まずなにこれ」
「会議だよ」
「うん、それはわかる」
……? 私は首をかしげる。
そもそも話し合いたいことがあるからちょっと私の家まで集まってとこの二人に招集をかけたのだから。
「あー、斎藤? たぶん雨宮はこの議題はなんなんだ? っていう意味だと思うぞ」
「なにって……なに、ふたりとも最近のモブ太の様子みてなんにも思わなかったの?」
「思わなかった」
「ごめん麻衣ちゃん、私も郷沢くんと一緒……」
そんな……バカな……。
「モブ太と仲のいい郷沢くんと、あと見られてる側の詩織なら気づいてると思ってたのに……ビックリだわ……」
「むしろ学校ではそこまで関わり合ってるイメージのない斎藤が、見られてる張本人でもない斎藤が気づいているという事実に俺は驚いてるんだが」
しかし、それならそれでとうしたものか……。対策の立てようがないじゃないか……。
「てか、待って麻衣ちゃん。今さっきはサラッと流したけど、もし仮に麻衣ちゃんの言ってることが本当だとしたら私はどういうリアクションを取ればいいの?」
「え、どういうこと?」
「最近信太くんが私のことを見てるってことについて」
「なに麻衣ちゃんまで自慢しないでよ! 悲しくなるじゃない!」
「自慢って……」
だって私だってモブ太に見られたいもん! じゃないとなんか寂しいじゃない! なんかよくわからなけど、
別に麻衣ちゃんじゃなければそこまでどうとも思わない……いや、思うけど、今までモブ太がそういう素振り見せたことなかったし、なんか寂しいの!
今までは一緒に過ごしてきたのに……急に……。
「とにかく! これは由々しき問題なの!」
「えー……」
目の前の二人が、半目でこちらを見てくる。
「んじゃ、聞くが。具体的に俺と雨宮はどう行動すればいいんだよ」
「えっ……。いや、それを考えよう? っていう意味で招集をかけたんだけど」
「えっ」
「えっ」
……えっ?
「だって詩織だって嫌でしょ? 男子からジロジロ見られるのとか」
「うーんと、私は別にいいかなーとか、気づいてなかったのもあるけど、あんまり気にならないし」
な……、な…………。
「ま、さか。まさか詩織もモブ太のことが……! モブ太のことが……!?」
「えっ、ちょっと待ってよ、なんでそうなるの?」
「だってそうでしょ? そういうことなんでしょ!?」
「ちょっと違うから、違うから! ……って郷沢くんも笑ってないで助けてよ!」
「あっはははは、悪い悪い。で、斎藤。お前の心配していることはないから大丈夫だ、安心していいぞ」
……どうしてそう言い切れるのよ。
「なんでそんなこと言い切れるのかって? そんな顔してるな。なら教えてやろう。雨宮の好きな人はな、モブ太ではなくとお――」
「だめえええええええええええええええ!」
今まで聞いたことがないくらい大きな声の詩織、その手は郷沢くんの口に勢いよく飛んでいく。「あがっ」という声が聞こえる。クリーンヒットしたな、痛いやつだ。
「あ、え、あ、ごめん。つい手が……」
「いや、大丈夫だ。俺も悪ふざけが過ぎた」
手でゴシゴシとこすりながら郷沢くんはそう言う。アワアワとしながら詩織はハンカチを取り出して、どうするかどうするかとしていた。
「んー、まあ、そういうこった。雨宮にはモブ太以外に好きなやつがいるから、お前が心配していることは少なくとも今のところは起きない」
「そう、なのね。ごめん早とちりして」
私は頭を下げた。ちょっと暴走しすぎてたみたいだ。
「まあ、いいんじゃね? これで斎藤がモブ太のことが好きってことがハッキリしたんだし」
「はっ! ちょ、なんでそうな――」
「違うのか?」
「…………違わなくはないけど」
そう言うと、目の前の二人はなんでかニヤニヤしていた。めちゃくちゃニヤニヤしていた。
「よーし、それじゃあ改めまして! 第一回どうやったらモブ太と斎藤をくっつけられるのか! を開催します!」
「おー!」
えっ、ちょっと待ってよふたりとも!
なんでそうなるの!?
「だって、もともとの会議だって要約するとそういうことなんだろ?」
「いや、別にそういうわけでは……」
「違うの? 麻衣ちゃん」
「いや別に違わないわけじゃ……はっ」
しまった、またも失言を。
ニヤニヤ、ニヤニヤ。
「よーし、それじゃあ始めるぞー!」
「いえっさー!」
「もうやめてえええええええええ!」




